第8話 星渡りの竜
黒が。
水平線の彼方まで覆い尽くす、黒が。
海すら作り出さんばかりの水量を含み、巨大隕石の数百倍ものエネルギー量を有する黒き嵐。それは天のみならず、地表には竜巻として根を下ろし、巻き上げる土砂すら取り込みさらに巨大化していた。
おとぎ話の中で語られる、天と地、二つがまだ分かたれていなかった時代。
原初の地獄とは、きっとこのような光景であったのだろう。
その中で、吹き荒れる暴風の中に浮かび上がり、黒を一身にて受け取る超人と。
それと相対する、黒き嵐すら跳ね除け己を世界に誇示し続ける超人がいる。
ブレイド・エル。
ブレイド・エース。
エルは力場を『吸収』の力で以て無力化し、風を取り込み続けることで天高くに浮き続けていた。
そしてエースもまた、限界以上に出力を高めたプラクトを足場として形成することで浮き続ける。
地より天へ。
遥かな高みへ。
想像を絶する二つの力が、今、再びぶつかり。
天に、星が生まれた。
ぶつかり合う埒外のプラクトが発散され、収束された雷雲に稲妻を走らせる。
刃と刃。
力と力。
赤と紫。
今、この星はたった二人によって神話の景色を再現している。
近隣の都市では観測史上最大級の突風と大雨に見舞われ、逆に遠く離れた地では雲が遠ざけられたことで稀に見る大日照りが発生する。
探索者たちの聖地である六千メートルを超える山脈からは地上のたった一点に収束するために流れる雲海の絶景が見られ、偶々登頂していた多くの探索者から超常現象だと騒がれた。
そして戦いはさらに高度を増していく。比較的濃い大気を持つ惑星スラウトの豊かな大気ですら守り切れない、宇宙線が容赦なく降り注ぐ、人体では存在できない場所へと、さらに、さらに。
超巨大積乱雲のさらに上へと移ったエルに追従するように、地上に降りていた竜巻がエルを追う。
それは実際に目にしていなければ信じられない光景であったが___地上に降り立った竜巻が、大きさをさらに増した状態で、上空へと伸びていったのだ。
空気が薄まり、風など吹くはずもない高度に至ってもなお、竜巻は一層に勢いを増し、エルに力を供給し続ける。
音を伝えるに足る空気もない中、それでもなおエースは歓楽に身を染め、歓喜の言葉を言祝ぐ。
「ああ、ああ! 美しい、美しい! 天をも喰らう力を持ちながらも、力を掲げるのではなく、あくまで振るうために俺に向けるか! 良い、良い! そうだ、力とは振るうためにある!」
「…………」
「お前は望みのために力を使うのだろう。望みのために己を捨てるのだろう。ああ、そんなお前だからこそ、俺はこう言わなければならない」
ともすれば音速にすら匹敵する速度で飛び回り、激しい空中戦を繰り広げる中ですら、エースは言葉を紡ぎ続ける。互いの拳を受け止め、背面から噴出する推進力で押し合う最中、エースは口にする。
「___なぜ偽る?」
一瞬だけ、エルの力が和らいだ。
その隙を見逃さず、エースは前のめりにエルを押し込んだ。
「なぜ己すらも騙す? なぜ迷う? なぜ___躊躇う?」
「……黙れ」
「言葉が弱いな。何度でも言う、何度でも問うぞ」
エルのヴェイルスーツが、流れ込み中和するエースのプラクトと、絶えず取り込まれ続ける嵐のエネルギーのぶつかり合いによって火花を散らす。
「何が、お前を止めようとしている?」
過剰な負荷は処理能力に負荷をかけ、エルの脳が限界以上の稼働に悲鳴をあげる。
強制的なシャットアウトを戦闘の興奮状態によって無理矢理防ぎ、眩暈と吐き気を精神力で抑えつけている状況である。
限界に近いエルの精神に、エースはそれでもメスを入れ続ける。
「なぜ、あの女を殺す覚悟ができない?」
「黙れ!」
無理矢理エースを押し返し、エルは力任せにエネルギーを放出する。
取り込んだ嵐をそのままに放つかのような力技。半径数百メートルにもなるプラクトの竜巻が、エースを倒す、ただそのためだけに放たれた。
これが地上で炸裂すれば、一つの都市を地上から消滅せしめるほどの威力を持つ。
それを一身に受けてもなお___
エースは遥かな高み、青空のない宇宙空間との境目にて、悠然とエルを見下ろす。
星の重力の影響すら薄い世界。星の丸みすら見える大気なき世界に、嵐はそれでもなお挑みかかる。
「惜しい、実に惜しいなエル。願わくば、全てを受け入れ、覚悟を決めたお前と戦いたかったものだ」
「…………お前に、何が分かる」
「分かるとも。俺を誰だと思っている。心を捨て、同胞を捨て……何かを捨てることで強くなれるなどと考えている愚か者に、俺は倒せん。ましてや、捨て切ることもできず立ち止まった者になど」
エルはエースが嫌いだ。
殺意を抑え得る感情を消し去り、凡そ他者と関係を築くための感情を削ってなお、エースに対する嫌悪感は拭えない。
何もかも分かった風な態度も。意味もなく戦いを挑もうとすることも。
『星渡りの竜』という二つ名のような、その在り方の全てが。
「お前の望みは叶わん。さっさと諦めてしまえ」
「黙れと___言っている!!!」
超人が怒る。
エルの怒りが、嵐を変質させた。
元より、ヴェイルスーツに負荷をかけ続ける削り合いを続けるつもりはない。
初めから、狙いは一つ。この星の嵐を収束させ___いざという時のエネルギー源とするため。
直径数十キロメートルの超巨大積乱雲はエルが能力を行使した途端に急激にその半径をしぼめる。
無論、雲そのものが消え去ったわけではない。水蒸気の塊である黒き雲は荒野地帯に滞留し、灰色の雨を降らせた。
収束したのは、純然たるその『力』。
嵐を生み出していたエネルギー、風や雷といったエネルギーのみが収束され、エルの身一つに流れ込む。
先刻放ったプラクトの竜巻の数十倍、ともすれば数百倍に至らんばかりの膨大なエネルギーが押し固められる。
火花として漏れ出たエネルギーは雷となり、星と宇宙の境目を彩った。
さぁ、咲かせ。力の華を。
証明せよ、かの者の怒りを。
刻むがいい、我が待望を果たす力よ。
これが、魔人の一撃である。
(良いのか?)
耳朶の内に直接響いたエースの声が、一瞬だけエルの敵意を留まらせた。
(以前のお前は、このような戦い方をしなかった)
(例え怨敵を前にしても、星に住まう者たちを巻き込むような戦いはしなかった)
(俺と相対してなお、どこの馬とも知れん他者に思いを馳せる、恐ろしいほどの馬鹿だった)
(だからこそ、強かった)
(それが……なんだ、今の体たらくは)
(殺意に呑まれ、俺しか見えんとは)
(その力を放った先に何があるか、よく見てみろ)
回避も防御もさせない、極大のエネルギーの塊。撃ち放てば最後、流星のごとく宇宙空間を駆け抜け、やがて小惑星に激突するなり、どこかの星の大気圏に衝突して消えるなりするだろう。
だが、惑星スラウトは非常に多くの探索者が訪れる、旅の星。
居住者よりも、外からやってきた一時滞在者の方が数は多い星である。
故に宇宙船の往来も非常に多く___
今もなお、地平線の先で多くの乗客を乗せた船が、大気圏に突入しかかったところを航行している。
放とうとするエネルギーの、その先の射線上に。
「______っ」
溜められたエネルギーはエルの制御能力を上回るほどに蓄積されていた。
今更、これを放たずに霧散させることはできない。
指向性もなく放つだけで、小惑星の衝突並みの爆発が起きることが確定している。
その爆発ですら、衝撃によって宇宙船を揺らし、墜落させてしまうかもしれない。
別の方向にエネルギーを向けようにも、既に定まった指向性を変えようと思えば、肉体の内部で荒れ狂うエネルギーに呑まれ自爆は避けられない。
やはり、エースをこのまま狙うべきか。
どんな道であっても、あの宇宙船の犠牲が避けられないなら___いっそのこと、エースを巻き添えにしてしまえば効率がいいのではないか。
冷たい衝動が指先を動かす、その寸前にて。
声がした。
『私の元に、帰ってきて』
そして、思い出した。
彼女の___悲しい顔を。
「ぐ______おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
咄嗟に、視線をエースから逸らした。
内なるエネルギーが遂に制御の限界を迎え、ヴェイルスーツを突き破り漏れ始める。
残り数秒の刻にて、エルを中心とした大爆発が起きる。
抑えなければ。
抑えなければ。
抑えなければ。
______なぜ?
「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
内側にて爆ぜ、そして外に漏れ出るエネルギー。
絶え間ない負荷がヴェイルスーツの回路を荒れ狂い、スーツそのものに深刻なダメージが加わっていく。
だが、爆散するエネルギーは少ない。
外に漏れ出る爆ぜたエネルギーを吸収し、スーツ内に生じた負荷にぶつけ相殺するという常識外の対処をしたことで、爆発の被害を最小限に抑え、溜め込んだエネルギーを徐々に消化していく。
だが、その量は膨大。直径数十キロメートルにも及ぶ超巨大積乱雲のエネルギー全てを、人の身にて消化し切るなど、できようはずもない。
それでも、なお。
どれだけ時間がかかろうとも。
この身が、どれだけ擦り切れようとも。
今この瞬間、ここで踏ん張らねば。
彼女の元に、帰れない。
犠牲など出さず、君を助けるために敵を倒したのだと、誇らしく在ることができない。
否。こんな感情は持ち合わせていない。全て、切り捨てている。
なぜ、こんな感情を持っている?
なぜ、こんなことを考えている?
なぜ、今更、彼女の元に帰ろうなどと、考えている?
体の中を雷が走るかのような激烈な痛みと、気絶することすらできない苦痛の最中、エルは突き付けられた疑問に思い悩む。
(俺は……いったい)
(いつから、壊れていた?)
* * * *
「…………エル?」
空を覆う積乱雲が突如としてしぼみ、風を失った嵐は分厚い雨雲と化し、雨が少なかった荒野に凄まじい大雨を降らせた。
わずか数分で膝元まで水に浸かる勢いの雨の中、それでもセーナは上を見上げることをやめない。
既にプラクトの痕跡すら追えなくなっても、彼を見ることはやめない。
やめたくない。
巻き上げられた瓦礫が雨と共に落下し、大穴に雨水が溜まり新たな湖を作り出していた。雲は以前としてそこにあり、遥か彼方にて戦うエルとエースの様子は何ら確認できない。
だが、結果としてエルの姿を追い続けようと懸命に空を見上げ続けたことが幸いした。
分厚い雲の中、そこから落ちる雨粒よりも大きな塊。
巻き上げられた岩ではなく___確かなる、プラクトの反応。
「____っ!
一声で状況を察し、OSがセーナの脳波を読み取りすぐに飛び出す。いかなる機能なのか、OSは丸い小さな体を衝撃波が出るほどに加速させた。セーナもOSが出した小さな腕に捕まり、突風を浴びながらも大雨降りしきる荒野をかける。
間一髪、残り時間など一秒なかっただろう。
それほどの瀬戸際にて、落下物をOSが受け止めた。電磁障壁の機能を利用した衝撃吸収クッションを展開し、落下の衝撃を抑えて無事に地面に着地させる。
落下した存在は、ひどく壊れていた。
未だ、人の形をしていることが、不思議なほどに。
「エル……⁉ エル、しっかりして、エル!」
顔の半分が内側から爆ぜたかのように焼け、削げ落ちた肉は僅かたりとも動かない。
スーツのあちこちから火花が散り、破けた箇所からはとめどなく血が溢れる。
右腕の先は、それが手であることが確認できないほどに損傷し、足に至っては指が存在しなかった。
閉じられた瞼___否、焼けたことで固められてしまった瞼は開くことなく、その胸の上下は止まっていた。
咄嗟に心臓マッサージによる蘇生を試みるが、すぐにそれが必要ない行為であると気づく。
穿たれた体の穴から這い出る、おぞましき塊が。
血を吸い、傷を縫い、動かす必要のある臓器を巡り、強制的にエルの心臓を動かす。
欠損した肉を補い、割れた骨を補い、そして臓器機能すらも補修していく。
そこには一切、他者が介在する余地がない。
「これ……は……」
「ヴェイルスーツの修復機能だ。死なないから安心しろ」
音もなく降り立つ、赤と黒の竜。
傷一つなく、エースは帰還を果たす。
セーナは震える手でエルの手を握りながらも、もう片方の手を腰の拳銃に手をかける。
「殺しはせん。そしてお前さんにも興味はない」
「……ここを去る、と?」
「あぁ。つまらないことに、勝ってしまったからな」
エースはエルの状況に何ら表情を変えることなく、大雨の中をバシャバシャと豪快に歩いていく。
「ああ……敗者には、罰が必要だな」
ふと振り返り、エースはセーナと目を合わせた。
涙と雨水に濡れ、虚ろな目をした少女。
エルを、迷わせる少女。
「セーナ・クリストロフ、お前さんは旅を続けたいのだろう? 死んでいいと思っているようだが、死にたいわけではあるまい」
「…………ええ」
生きる意味をエースに話した覚えはないのだが、まるで見知ったことを当然かのようにエースは続ける。
「その思いに偽りがないのなら、今すぐエルの元を去れ」
「何が言いたいの?」
「こいつの目的を教えてやろう」
OSは何も喋らない。
ただのロボットだからか、今はセーナにしか興味がないからなのか分からないが___エースは、一切OSに視線を向けることはない。
ただセーナを真っすぐに見つめ、真実を告げる。
「エルはお前をシステムから逃がしたいわけではない。お前をサイクロンベルトの贄にしようと考えているのは、システムだけではない」
「エルもまた、その一人」
「エルの目的は、システムを壊滅させるためにサイクロンベルトを起動することだ」
___。
______。
____________。
「………………………………」
「薄々気づいていたのだろう。エルにシステムを滅ぼす策があることを。そんなことが可能な存在は、
セーナに向けた言葉を、まるでエルに向けるかのように。奥深く冷徹な視線はエルに注がれる。
これが、敗者の罰であると。
愚かにも自分との戦いから逃げ出し、迷い果てた者の末路であると。
勝者たる竜は、高らかに告げる。
「現に、お前たちの航路はサイクロンベルトに向かうための道であった。宇宙空間を彷徨うサイクロンベルトに行きつくためには、この星からが最も近い。些かの補給が必要だが、エルが持つ宇宙船であれば到達可能な領域だ」
「…………待って」
「サイクロンベルトは、星々を繋ぐダイソンネットワークに干渉し、全人類を対象にした異能の行使を可能とする巨大機構。使いようによっては、システムに属するものだけを悉く消滅させることも、まぁ可能だろうな」
「待って」
「巧妙なことだ。助けるフリをして、明日を生きようとする者を騙すとはな」
「待って!!!」
雨音は、声を響かせてくれない。
この叫びが、目の前の男にしか響かないことが、今は、悔しい。
「なんで…………それを言ったの」
「何故、とな?」
「私が真実を知ったところで、あなたには何の得もないでしょう」
「あぁ、そんなことが疑問か。愚鈍だな」
用を終えたとばかりに、竜は背を向ける。
エルとの激戦を終えたばかりだというのに、その背姿には何の消耗も見られない。平然とプラクトを足場に浮き、その場から飛び去ろうとしていた。
「俺は、迷う者に道を示しただけだ」
「道……?」
「エル、そしてお前にだ、セーナ・クリストロフ。迷いを抱え、この先に進めなくなった者たちよ。お前たちに時間をやろう」
「互いに、真実を伝えよ。このまま進み続けても、来た道を後戻りしても構わん。だが___立ち止まることは許さん」
「迷い、悩み、苦しみ______それでもなお歩み続けた時、またお前たちを祝しに来てやろう」
* * * *
大雨は、続いている。
冠水した荒野地帯から移動し、小規模の集落の外れにある小屋を借りてエルの看病を続けるセーナの表情は暗い。
エースから告げられた真実。受け入れるにはあまりにも重い事実。
これまでの宇宙船の移動ルートを辿り、システムのデータベースを漁りサイクロンベルトの位置を突き止め、その移動ルートが被っていることに気付いたのはつい先ほどのことだ。
そして、サイクロンベルトを使えばエルの望みが叶うことも事実。残り僅かな時間を使い臨みを達するには、現状これしか方法がない。
あらゆる情報が、エースの言葉を真実へと昇華させる。
もはや、自分がどんな表情をしているかも分からない。
どんな感情を抱いているのかすら分からない。
一つだけ分かっていることがあるとすれば___今の自分はエースが言った通り、立ち止まっている。
決断することを。
エルと共にいるべきか。
エルから離れるべきか。
それすらも決められず、今日も目を覚まさないエルの傍に居続ける。
OSは今日も、喋らない。
だがロボットにも沈黙を気まずいと思う機能があるのか、単眼のカメラが僅かに動いた。
『…………セーナ』
OSはエルのサポートプログラム。つまり、エルと共にシステム壊滅の望みのために活動する機構ということになる。
使命を果たすのであれば、今この場でセーナの意識を刈り取り、エルが起きるまで拘束するくらいのことは可能だろう。
電磁障壁を長時間張り続け、超高速で移動する機能は、もはや個人が所有するロボットの域を超えた性能だ。恐らくはシステムで開発された、ブレイドをサポートする機能をもたされた特殊ロボット。
その気になれば___いや、人間のような気分の浮き沈みがないのであれば、少しでも早くセーナをここで拘束すべきだ。
だというのに、OSはそれをしない。
ただひたすらに、ふわふわと浮かんだまま。
『君は、逃げないのか』
「…………どうしてあなたが、それを訊くの?」
単眼のカメラが、僅かに動く。
このロボットに命はない。だが、そこには確かに視線というものがある。
OSは確実に、意識を誰かに向けている。
『僕はエルのサポートプログラムだけど、それだけじゃない。人間らしい考え方ができる、自律型の人工知能だ』
「…………」
『普通に考えれば、君はここから逃げるか、あるいはこの場でエルを殺すべきだ』
その通りだ。
白星としての能力を使えば、プラクトの防御が弱まった今のエルを殺すことは容易い。ヴェイルスーツによる肉体の修復より早く、エルを構成するプラクトを解き壊せばいい。
そんなことに、ここまでの数日間を過ごしていながらも気づいていなかったことに、ようやく気付いた。
『エルは君をサイクロンベルトの材料として使い潰すつもりだった。君を殺そうとしたと言っていい。だから、君が殺そうとしてくるのは正当な反撃だ』
「あなたは、エルを守るんじゃないの?」
『ああ』
驚くほど、冷徹に。一切余分な情報を挟むことなく。
OSは、真っすぐにセーナを見つめる。
『僕が介入する問題じゃない。これは君とエルの問題だ。君がどんな結論を出そうとも、エルは全ての責任を負うべきだ。君の命を背負う者として』
OSはやがてふわふわと部屋を去っていく。街の外に隠してある宇宙船を守るのはOSの役目であるため、長く目を離すわけにはいかない。
後のことは全て委ねる、そんな意思表示にセーナは感じていた。
今なら、エルを守る者はいない。
逃げるも殺すも、セーナ次第。
エルの傷は大半が塞がり、焼け爛れていた顔は元通り、欠損した指先も見事に生え変わっていた。ヴェイルスーツを構成するナノマシン、ヴェイルセルは元より生物の細胞であるため、栄養を吸って増殖する機能を持ち合わせている。OSがエルに注射した高栄養液は戦闘と傷の修復によって消耗したヴェイルセルを増殖させ、元のスーツに戻すためのものらしい。
尤もそれは外見上の話であり、一時的とはいえ心停止していたことによる脳へのダメージ、そして異能の過剰行使によるプラクトの消耗は未だエルを意識の底に沈めたままだ。
大きく、ため息を吐いた。
「…………私って」
大雨が止み、やっとのことで日の光が差し込む。
窓の外から見えた光は、あまりにも綺麗で。
ガラスに反射した酷い表情を、これでもかと際立たせる。
「意外と、意思が弱かったんだ」
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