王立学園の探偵貴族

 その日もさんざんエルマーと張り合っている中、クラスメイトたちは新聞を持ち込んでは話をしている。


「昨日も怪盗トリッカーが出たらしいわね。また護衛銃騎士団を出し抜いたらしいわ」

「怪盗も成功したの?」

「したみたい! すごい!」


 怪盗トリッカーは意外なことに、女子人気が高かった。それにイヴリルは思わずヒヤヒヤとする。


(あれかな……大きな貴族だったら、既に遠くに嫁入りの話とか決まっているから、自由に王都を駆け回っているように見える怪盗トリッカーが輝いて見えるのかな……)


 親が決めた縁談のせいで王都を離れ、二度と王都での華々しい生活が送れないような貴族令嬢なんて、珍しくもなんともない。王都で蝶よ花よと育てられた令嬢たちからしてみれば、心を病んでしまうことなんてしょっちゅうだ。

 この辺りはイヴリルも姉たちのお見合いや婚約の話を耳にしているために、ある程度は把握している。父の過保護のおかげで、どの姉たちもどうにか王都住まいの貴族に元に嫁ぐことができそうだが。

 しかしそんな令嬢の事情など、騎士の家系であり、自分自身も定期的に騎士見習いとして、作戦に参加したりもしているエルマーからしてみればたまったもんじゃないだろう。


「あのなあ……女子が思うほど、怪盗がいい訳ないだろう?」


 エルマーはできる限りヒクヒクと引きつる唇の端を手で押さえながら言うが、声をかけた女子たちはすげない。


「あら、騎士団が怪盗トリッカーを捕まえられないから、彼女の人気に嫉妬してるの?」

「あのなあ! 訳のわからない手品を使ってくる相手、こっちだって作戦と大人数投下できたら、いつだって捕まえることができるんだからな!」

「でも捕まえられてないじゃない」

「ううっ……!」


 だんだんエルマーの顔が怒りで真っ赤になってきた。幼馴染のその顔色には、さすがにイヴリルも申し訳なくなって、思わず肩を叩いた。


「ちょっとエルマー……その辺にしなさいってば。別にあの子たちだって悪気はないんだしさ……」

「あのなあ! 大事にしてるもんを踏みつけられて、それを『悪気ないから』で見過ごせっていうのかよ?」

「そこまで言ってないじゃない……」

「イヴリルが言っていることって、結局はそういうことだろう!?」


 だんだんエルマーの怒りがエスカレートしていく。それにイヴリルは困る。


(どうしよう……これ以上言ったら、余計にエルマーも怒りそうだし)


 彼を宥める方法について悩んでいたら、突然こちらにカツカツと足音が響いてくることに気付いた。


「やあやあやあ、お困りかな、悩める青少年」


 やけに芝居じみた口調の青年が現れた。癖がついているものの、艶のある金髪に、碧い瞳。麗しい少年であった。

 彼を見た途端に、エルマーは心底嫌そうな顔をしたのに、イヴリルは「あれ」と首を捻った。


「エルマー知ってるの? この人」

「……同じ騎士コースの奴だよ」

「残念ながら、家督は兄上が継ぐからね。僕は身を立てるべく、探偵稼業に準じるつもりさ。お嬢さん」


 そう言ってイヴリルの手を取る。イヴリルはその取られた手にドギマギしつつも、彼の手にぴくんと肩を跳ねさせる。手がボコボコしているのは、真面目に訓練をした結果だろう。


(今や銃騎士の時代だっていうのに……練習量はエルマーとほとんど変わらないんじゃないかしら)


 どうも彼はただの気障な人物ではないのだろうと、人物評を少しだけ修正させながら、イヴリルは首を傾げた。


「あなたは誰? 今私たち、怪盗トリッカーのことでちょっと言い合いになっちゃったんだけれど」

「僕はクリフォード・ヘイウッド。騎士コースの生徒であり、エルマーとは友人さ」


 そう自己紹介してくるクリフォードに、エルマーは本当に嫌そうな顔で「誰が友人だ、誰が」とのたまっていたが、クリフォードの自己紹介にイヴリルは思わず口元に手を当てる。


「ヘイウッドって……女王直轄騎士団の……!?」


 女王直轄騎士団となったら、護衛銃騎士団の中でもひと際、格が高いことは、王都の住民だったら貴族から平民まで知っていることである。女王直轄騎士団の面子は、女王の外遊の際には常に傍にいるため、ファンになる女性陣や憧れる男性陣は多いため、顔も名前も知られている。

 ヘイウッドと呼ばれる騎士は、それはそれは女性陣から黄色い声を上げられてファンが多いし、イヴリルも姉がファンなために知っていた。

 そう言ったら、一瞬だけクリフォードの顔が曇ったような気がしたが、それも一瞬。すぐににこやかに返答が来た。


「それは兄だね。我が家の自慢の出世頭さ。ヘイウッド家は兄のおかげで、王家にも名を遺す名門騎士の一族となるだろうさ」

「そ、そうなの……」

「それにしても、エルマー。君も目の上のたんこぶだからと言って、お嬢さんたちに怪盗トリッカーの捕縛ができないことを当たるのはよくないよ」


 いきなり話が替わり、再びエルマーは顔をしかめた。


「……ただでさえ、探偵小説流行りのせいで、怪盗トリッカーの出現は新聞で持てはやされるんだよ。そのおかげで治安悪化したら困るだろう?」

「そうだね。でもそれは騎士団側の意見であって、女性陣には関係ないんじゃないかな?」

「あのなあ……王都で起こっていることが、王都の人間に関係ない訳ないだろ」

「自分の身に降りかからないことなんて、誰も気にしないと思うよ?」


 ふたりのやり取りを聞いて、イヴリルはふたりの話を黙って聞いていた。


(エルマーの考え方は、一見頭が固く見えてストレートなのよね。クリフォードの考え方は、人それぞれだって言い方で、優しく聞こえるけれど少し突き放している感じ)


 そうイヴリルが分析している中、クリフォードは快活にエルマーに笑いかけた。


「それに安心したまえよ。護衛銃騎士団から正式に依頼があってね。次回の予告状から、なんと僕も怪盗トリッカーの捜査に参加することになったよ。君に勝ちどきを上げてあげるから、期待してくれていいんだよ?」


 言いたいことを言うだけ言って、そのままひらひらと手を振ってクリフォードは去っていった。彼の言葉に、イヴリルはポカンとした顔で見送る。


「あのう……クリフォード、騎士コースの人だけれど、騎士見習いとして銃騎士団に参加してなかったんだね?」

「あそこ、長兄が既に家督を継いでいる上に女王直轄騎士団所属だし、次兄がさっさと家に見切りを付けて探偵局を開いて、今や貴族から騎士団にまで依頼が殺到している有名探偵だよ……クリフォードからしてみれば、上ふたりがすご過ぎるから、怪盗トリッカーの件で手柄を立てたら、ちょっとは家族から見直されるって思ってんじゃないの?」

「なるほど……」


 イヴリルはその言葉には、少なからずクリフォードに同情した。特に期待もされていない末っ子の肩身の狭さというものは、よくわかるからだ。


(でも……私だって全然捕まる気はないけれど)


 一番暇だからという理由で押し付けられた怪盗稼業ではあるものの、放っておいて魔道具のせいで心身を壊して寝込んでいる人たちにはいくらでも立ち会っているのだ。怪盗トリッカーがへまして捕まり、怪盗稼業を中断という最悪の形で終わらせたくはない。

 王都の治安を心配しているエルマーにも、期待されていない末っ子を引きずっているクリフォードにも、本当に申し訳ないが負ける訳にはいかない。

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