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アラスターは淡々と説明をはじめた。
「この国から魔法が消えて数代経っているけどね。魔法がまだ使えた時代に、我らが先祖は王宮魔術師として、国王に仕えていたんだよ。だから我が家には爵位があるんだね。今はパッとしないイチ貴族だけれど」
「でも……それならもう魔道具って使えないはずでしょう? どうしてうちの倉庫にたくさんしまい込んでいたの?」
「使えないんじゃなくって、封印していたんだよ。我が家の人間だったら、魔法こそ使えないものの魔力に耐久力があるから、ちょっとの魔法に当てられてもなんともならないんだけれどね、魔法に抵抗力のない人間は、魔力に当てられてしまって人格が変わってしまうことがある。だから封印していたのさ。それが……」
「ねえ……王都中に魔道具がばら撒かれちゃったけど……これどうなったの?」
イヴリルは不安げに倉庫の壁を見る。外に散らばってしまったものを見たら、大騒ぎになってしまわないんだろうか。それに対して、アラスターは冷静に告げる。
「おそらくだけれど、魔力のない人間には、魔道具が飛び散ってもなにか光っているなくらいにしかわからないはずだよ。ただ、魔道具は人の大切にしているものに成り代わってしまう」
「成り代わるって?」
「たとえばその家が大切にしている鏡を取り込んでしまうんだ」
それだけだと、どうにもイヴリルではなにがどう大変なのかがわからない。
「鏡に入ってしまった魔道具を、どうにか分裂させて取るってことは……」
「一度魔道具に取り込まれてしまったものは、元に戻すことは今はできないんだよ。昔はそんな魔法があったらしいけれど、今じゃその魔法を使えるだけの魔力も失われてしまったからね」
「それって……まずいんじゃないかしら?」
「そう、まずいんだよ。魔道具は人の大切なものに成り代わり、どんどん持ち主の人格を変貌させるくらいに影響力を与えてしまう……近い内に騒動が起こるだろうね」
だんだん、どうしてアラスターがそこまで慌てふためいていたのかがわかってきて、イヴリルも慌てはじめた。
「ご、ごめんなさい……! 私、本当に知らなくって……っ!」
たまりかねて、とうとうイヴリルは泣き出してしまった。彼女にとって王都は故郷であり、大切な場所だ。もし自分のせいで王都が大変なことになったらと思うと、いても経ってもいられなかった。
それにアラスターは息を吐いた。
「一応魔道具には全て魔力が宿っている。大きな魔力の場所を確認できる地図があるはずだから、それを捜そう。その地図に書かれている場所に表示された場所に、魔道具があるのだから」
「えっ、ええ……」
ふたりでスカスカになってしまった棚から、かろうじて残っていた箱をしらみつぶしに探し回り、やっとのことで地図を捜し出した。あと、鳥籠を発見した。
「あのう、おじい様。鳥籠なんてどうすればよろしいんですか?」
「これは魔道具が悪さをしないように、一旦閉じ込めるためのものだよ。落ち着いたら、そのまま倉庫に戻せばいいのだからね」
「なるほど……」
ふたりで地図を広げて、魔力を測るために水晶を削った粉を振りかける。すると、水晶の粉が地図のあちこちで点滅をはじめた。それにはアラスターも「ううむ……」と声を上げてしまった。
「……人の多いところに魔道具が寄っていくとは踏んでいたが……よりによって全て貴族邸じゃないか」
「き、貴族の方々だったら、魔法のことを知っている方もいらっしゃるでしょう? その方々に交渉して、魔道具を返却してもらうってことは、できないのかしら?」
「先程も言っただろう? 魔道具は大切なものに成り代わる。それがただの展示品だったら、言えば譲渡してくれるかもわからないが……それが家宝だったらどうする? 形見の品は?」
「それは……でも……魔力に当てられ過ぎると、人格まで変わってしまうのでしょう? 放置していたら、大変なことになるんじゃないかしら……でも……」
魔法の存在は、この時代ではほぼおとぎ話だ。素直に言えば最後、可哀想なものを見る目で見られて終わってしまう。
アラスターは溜息をついた。
「……最悪の場合、盗み出すしかないだろうね」
「ええっ……!」
「私たちアリンガム家の人間ならば、魔力に当てられて暴走することもないけれど、魔力に対抗力のない人間はそうではないから……」
「で、でも……そんなことできるんですか?」
たしかに探偵小説の中には、探偵や騎士団すら出し抜いてしまう華麗な怪盗が活躍し、主人公たちを差し置いて一躍人気者になってしまうことだってあるが。それは小説なのだ。
実際問題、厳重な警備の貴族邸に押し入って盗み出すのには骨が折れそうだが。
アラスターは倉庫にかろうじて残っているものをガサガサと集め出した。
「幸いにも、魔道具の中でも、無理に飛び出してしまわなかったものがあるから、それらを使えば盗み出すことも難しくないだろうさ。ただ。この辺りは他の家族にも言わなければならないね」
「皆、信じてくれるのかしら……」
いきなり自分たちが王宮魔術師の末裔で、先祖の残していた魔道具を倉庫に入れていたら間違って散らばってしまった。改宗しないといけないから協力して欲しいなんて。それを馬鹿正直に言ってもいいのかと、イヴリルは迷っていたのだが。
家族全員が家に戻り、使用人たちに一旦席を外してもらった上でアラスターが語ったことに、一同は「ああ……」と納得されてしまった。
「そんな……私おじい様に聞かされて、現物を見てもなおも疑っているのに、どうしてすぐに信用するの!?」
「とは言っても、私も絶対に倉庫に入るなと言われていたし、近くに行くと寒気がして近付けなかったのよ?」
そう言うのはアリンガム家に嫁入りした母のウィルマであった。父のアロイスも頷く。
「私も使用人なしで掃除するのに嫌気が差していたけれど、たしかにあそこに近付いた我が家の血筋以外の人間はなにかしら様子がおかしくなるから、これはただ事ではないと思っていたけれど……もっと悪いものを想像していたから、そこまでじゃなくってよかった」
「それよかったのかしら……」
「でも盗み出すんでしょう? 盗み出すってどうすればいいの?」
姉も兄も、なぜか盗難活動に乗り気だ。それにイヴリルは頭を抱えた。
(うちの家族……どうして皆こうなのかしら……)
そうは言っても、全ての元凶は末娘のイヴリルなため、彼女には発言権はない。アラスターが嬉々として家族に説明するのを聞くしかなかった。
「まあ、今が怪盗小説人気の時代でちょうどよかった。予告状を出して騎士団を呼び寄せ、堂々と盗みを働こう」
「……隠れてこっそりと盗み出すのじゃ駄目なの……?」
「ひとつは、隠れてこっそりとだと、もしも盗み出すときに失敗した際、失敗した誰かを助け出すことが難しい。私有地で起こったことは、さすがに王都の騎士団もどうこうできないからね」
王都にある貴族邸内の全ての権限は、その家の主にある。いくら騎士団であったとしても、それが王都に関連することでない限りは介入ができない。
「あとひとつは、魔道具で暴走してしまった人たちを、騎士団にお出しすることで保護してもらわないといけない。さすがに魔道具の存在をそのまま認知させるのは難しいけれど、怪盗が盗みを働くことで人が助けられるという物語を知らしめたほうが、盗難活動を行うにしても民衆が味方になるからね」
「たしかにそうかもしれないけど……」
イヴリルが考え込んでいる間に、姉兄たちは好き勝手に言う。
「ねえねえ、怪盗の服とかってあるの? 可愛い?」
「黒い燕尾服にマスクって格好いいよね」
「ええ、そこはタキシードじゃない?」
「むしろドレスで」
「盗みにくそう」
姉兄がキャッキャとしゃべっている中、アラスターが用意したのは、バレリーナが着ているようなクラッシックチュチュであった。ダンサーであったら申し分ない雰囲気だが。バレリーナ衣装なため、当然ながら首から肩のラインは露骨に出る。なによりも脚が大きく出る。
「……イヴリルが一番似合うわね!」
「えっ」
「男がさすがにこれを着たら、怪盗じゃなくって不審者として騎士団に追われるからな。イヴリルが着よう」
「待って」
「可愛い可愛い。イヴリルが着たらいいわ」
「私だって着たくないよ?」
「でも、魔道具を王都中にばら撒いたの、イヴリルだよね?」
「ううっ……!」
怪盗衣装を着たくないというもっともな理由により、元凶のイヴリルが強制的に怪盗として差し出されてしまったのである。
イヴリルは泣きそうになりながら、衣装に袖を通す。
(たしかに私、痩せっぽっちだけど、どうしてこんなことに……そもそもこんな派手な格好で盗難活動行ったら目立つんじゃないかしら。私だって学校に行っているのに、学校の子たちに見つかったらどうしよう……)
自身の部屋に戻って着替え、そのまま家族にお披露目に行こうとする。廊下に出たら、寝る前の準備として、順番にシーツを変えているメイドたちとすれ違う。
「ありがとう……」
もし格好のせいで不審者だと思われたら嫌だからと、先制して挨拶をするが。なぜかメイドは振り返ることすらしない。それにイヴリルは涙目になる。
(恥ずかしい格好をしているから話しかけたくないっていうの!? ひどい……!)
しかしおかしなことに、皆の元に向かっていても、使用人たちは誰ひとりイヴリルに会釈ひとつしないのだ。日頃からそこそこイヴリルは使用人たちと話をしていたと思ったから、これだけ無視されたことはなく、さすがになにかあったんじゃと心配になってくる。
イヴリルが家族の待つ部屋に辿り着くと、皆がぱっと顔を上げた。
「まあ、似合うじゃない!」
「私たちが着たら露出し過ぎて似合わないけど、イヴリルにはよく似合うわねえ!」
姉たちにもみくちゃにされ、イヴリルが膨れているが。その様子をウィルマは困った様子で見ていた。
「あのう……イヴリルはどこ? 私にはどこにいるかがわからないんだけれど」
「えっ! お母様には、私の姿が見えてないの?」
こんな派手にバレリーナの格好をしていたら、誰だって視線を向けるというのに。なぜかイヴリルとウィルマの視線が噛み合うことがない。
それにアラスターは告げる。
「そりゃそうだろうね。ウィルマさんはアリンガム家の血を引いていないから。怪盗の衣装には魔力を持たない者には気配を察知させない魔法がかかっているんだよ」
「まあ……それなら安全に盗み出せるのね?」
「でも、最初にも言ったけれど、予告状は出すよ。騎士団に魔力に当てられてしまった人たちを保護してもらわないといけないんだから。それにこの衣装だって万能じゃない。魔力をわずかに持っている人だったら、察知してしまうからね」
「うん……わかったわ」
ウィルマは頷いた。
それに兄が言う。
「でも怪盗が予告状を出したんだったら、名前もないのは変じゃないか? まさが怪盗アリンガムだなんて名乗らせる訳にもいかないし」
それに皆も「うーんと」「うーんと」と考えはじめた。これから怪盗稼業をしなければいけないイヴリルからしてみれば、心底どうでもいいが。
「怪盗マジカル!」
「絶妙にダサい」
「怪盗アレクサンダー三世!」
「アレクサンダーだけでもお腹いっぱいなのに、三世がついた時点でもう駄目!」
「じゃあ怪盗トリック! 怪盗の盗難活動と手品の種をかけて!」
「怪盗トリックスターだったらちょっと格好いいけど……いっそのこと、怪盗トリッカーは?」
途端に家族から一斉に手を叩かれた。
「決まり、今日からあなたは怪盗トリッカーね!」
「ええ…………?」
ほとんどイヴリルが決めることなく、なにもかもが決められてしまい、イヴリルはげんなりとする。
(皆、格好の話のタネができたくらいの勢いだけれど……盗難活動するのは私なんだよ?)
しかし全ての元凶も自分自身なため、とてもじゃないけど「嫌だやめたい」とも言えなかった。そもそもアリンガム家の血が全く入っていないウィルマが魔道具である怪盗装束を着たイヴリルを見えていないのだ。こんなもの、放置しておいたら大変なことになる。
この家族会議により、怪盗トリッカーは誕生した。
王都を騒がす怪盗が、まさか家族ぐるみの存在だなんて、誰も思うまい。
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