9話「新しい服を…」


「はい!確かに依頼達成です。こちらが報酬金になります!」



 よっしゃあ!凱亜は心の中で強くガッツポーズを取る。


 初クエスト達成。

 正に記念と呼べる様な事だろう。凱亜は一応人目を気にして、軽く笑みを見せる。


 しかし人目を気にするとは言っても、シルヴァしか隣にいないんだけど。



「嬉しそうだな、マスター」



「ああ、こう言うの憧れてたんだ」



 まるで子供の様にして、幼稚な感じで凱亜は小さな喜びを見せた。


 しかし少しぐらい余韻に浸っても悪い事はないだろう。

 最近、不幸続きだったからいつも以上に喜びを感じる様になっているんだよ。



「それじゃ、次は新しい服。だが……取り敢えず何処の店行く?」



 残念な事に、凱亜はこの街に正直な所あまり詳しいとは言えない。

 召喚されて、何も知らないままに暫く経っていたら追放食らってしまったので、この街に詳しいとは言えないのだ。



 勿論何処に何の店があるのか、どんな物が売っているのか何て殆ど理解していない。



「ふぅーむ…誰かに聞くべきか…?」



「どうする?………一応、私の売主の所はそう言う物も売ってたと思うが…?」



 そう言う事は早く言ってくれ、そうでもしないとマジで変な策を取っていたかもしれなかったではないか。


 それにドクトルが日用品等も取り扱っていると言うのなら、そこを当たるしかない。



 と言うか、他の所に宛がないので仕方ないのだが。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「と、言う訳なのだが。何か見繕ってもらえるか?」



 まだ出店は残っていた様だったので、凱亜はすぐにドクトルの元へと向かい、素直に今の事情をドクトルに説明した。


 凱亜の言葉に、ドクトルは素直に首を縦に振って答えてくれた。



「そう言う事なら、おまかせあれ。お嬢さん、こちらへ」



 答えは素直に受け入れてくれる様であった。


 まぁ断られる様な事は多分ないだろうと心の中の片隅で思っていたのであるが。


「それじゃ、マスター。少し行ってくる」



 ドクトルに連れられ、シルヴァはドクトルと共に部屋の中へと消えていった。

 これで服で困る様な事もないだろう。



 ◇◇



「で、何で僕まで!?」



 どうしてこうなった、凱亜はお笑いのツッコミの様にして軽く叫ぶ。

 表情は変に歪み、あまり見せない様な焦っている表情を浮かべてしまう。



「お嬢さんだけと言う訳にもいかんだろう、お前さんの服も傷んでいるし、良いのを見繕ってやろうと思ってな」



「しかしだからと言って、黒コートと黒長ズボンって!」



 ドクトルの手によって勝手に着させらた男物の上質な服を見て、凱亜は思わず狼狽の声を上げ、身をブルリと震わせた。



「お前さんみたいな人には似合ってると思ってな。サービスサービス」



 と言っているのだが、どうにも凱亜には狙っている様にして言っているとしか思えなかった。


 ほらね、こう言う異世界に来たら大体の確率で主人公は黒か白のコートを着さされる羽目になると言うのはよく知っているけども。



 それに仲間入りを果たすと言うのも如何なものかと、と凱亜は思った。


 しかし世紀末ファションやデスメタル風ファションを着たいと言う訳でも無い。

 あっちはあっちで、変な人間に思われてしまう可能性があるのでやめておきたい。



「まぁ、シルヴァの方は良しとして…これは…」



 シルヴァの方は特に問題はないだろうと凱亜は素直に思った。

 これと言って、変でもなく特質した点もこれと言って存在しない。


 胸部周りは、それなりには防御出来そうな革素材のプレートを普通のワイシャツ風の服の上から身に付けている。

 下は生足出しのスカートだが、別にこれと言ってツッコむ様な事もないだろう。


 別に動きにくそう、と印象づけられる様な事もないし。



「マスター!似合ってるぞ、その格好!ほら、見てみろよ!」



 そう言って、彼女は凱亜の全身を映せる程の大きく若干古びた鏡を持ち上げると凱亜の前に躊躇無くその鏡を置いた。



 その鏡には……凱亜が映っていた。


 間違ってはいないが、凱亜は自分の姿に対して強い絶望と情けなさを覚えた。


 追放された時並みの深い絶望を感じると同時に、凱亜は膝から崩れ落ちて、危うく四つん這い状態になる所だ。



「これが……僕か…」



 こんな格好はコスプレの時だけにしてほしいものだ、凱亜は諦めが少し籠った様な言葉を吐いた。


 ワイシャツ風の服の上に漆黒の黒コート。


 そしてホルスターの様なポケットがある黒い長ズボン。


 更に鎖を取り付けた棺桶型の殴打用武器。



 何だよこれ、何かの無双ゲーに出てくる主人公か何かかよ。


 この状態で棺桶が変形して機関砲やらミサイル砲やら撃ってたらマジの無双ゲーの主人公か何かにされてしまうのではないだろうか。



「はっはっはっ、悪くはないと思うぞ!それとお嬢さんの装備合わせて、350Gと言った所じゃ。買うか?」



 買わない、と言う選択肢は取る必要性が無いだろうと凱亜は感じた。

 別に値段は特別悪いとは言えず、寧ろ良い値だろうと感じられる。


 それに2人揃って、しかも良い値で装備を揃えられるチャンスなんてそうそう無い。



 黒コートを着なければならないと言う制約はあるが、別に他人が自分の事をジロジロ見ているとも考えにくい話だ。

 それに、シルヴァは満面の笑みで親指を立てながら、悪くないと断言する様にして言ってくれているので、大丈夫だろう。



「買おう、これで装備は整った。またクエストに迎える…」



 ◇◇



 その後、ドクトルにGを払って新たな装備を整えた2人は再び冒険者ギルドに足を運んでいた。


 時間は夕方、本来の冒険者達なら一日の仕事を終えて、それぞれの時間を過ごしている時間のはずなのだが…。



「ふぅ~む」



 凱亜とシルヴァはクエストに向かおうとしていた。


 何故かって?


 理由は簡単だ、凱亜は改まって表情を真剣にして答える。


(金!!)



 と言う事だ。何事も、解決するにはお金が必要と言う訳だ。


 飯を食うにも、宿に泊まって休むにも金が必要と言う事だ。



 出来るのなら、成る可く報酬金の高い依頼をこなす様にしたい。

 運が良かったのか、この世界での冒険者システムには所謂のシステムが存在していない。


 あの最初はFとかEのランクで始まるあれね。俗に言う階級ってヤツ。


 大体はランクに見合った依頼しか受ける事は出来ない。

 例をFランクで上げるのなら、軽くスライムの討伐だったり薬草の採集だったりする。



 しかし、この異世界には冒険者のランクもゲーム等でよく見るレベルの概念も存在しない。


 実力を知る事が出来るのは自分だけ、正にリアル路線を突き進んでいる異世界だと言える。

 なので、冒険者ギルドで何の依頼を受けるかは全て冒険者個人に委ねられている。


 大体はランクのシステム等で初心者の冒険者が変に難しいクエストを受けて、怪我等を負わない様に配慮されている事が殆どだが、この世界にはそんなシステムは存在しない様だ。



 何を受けるかは自由、しかしどんな被害を身に受けようと責任は全て自分に返ってくる。


 ミスして死のうと、再起不能になる程の大怪我を負おうとも、責任は全て自分にと言う訳だ。



「なら、これにするか…」



 数多くある中で、凱亜が選んだ依頼書。



『廃古城の謎の騎士の討伐』



 何回"の"を使っているのかは置いておいて、古城に潜む謎の騎士。


 何ともそそられる様な内容だ。



 補足:三度失敗有り



 三組か三人かは知らないが、先客は全て失敗に終わっている様であった。


 騎士と一丁前に書いているだけあって、やはり普通の魔物とは格が違うのだろうか。



「よし、これにするか」



 しかし、ここで逃げてしまえば明後日ぐらいの飯代と宿代は稼げない!


 時には、逃げると言う選択ではなく挑戦と言う選択を取る必要もある。



 多少なりとも、嫌になる程に湧き上がってくる恐怖を凱亜は押し殺し、依頼書を受付嬢の元へと持っていく。



「シルヴァ、行くぞ」



「言われなくとも!」



 拳を握り締め、やる気な姿勢を見せたシルヴァと共に凱亜は夜の世界へと変わりつつある外へと繰り出して行った。

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