6話「それぞれの思考」


「ほら、立ってないで座れよ」



 用意されていた蝋燭に火を付けて、凱亜とシルヴァは部屋に入った。


 何処でも良かったので、近くの手頃そうな宿に凱亜とシルヴァはその宿に入る事とした。



 店の看板や、店の名前等は外が暗かった事やそもそも見る気がなかったのであまり確認していないが、異世界系にありがちな下で飯が食えて、上が宿になっている。


 と言った感じの場所の様だ。



 人がそれなりに食事をしながら盛り上がっている中、2人はその群衆の中に混ざる事はせず受付の女性に声を掛ける。



「一晩、部屋空いてるか?」



「はい、勿論です。一部屋にしますか、それともお二人様様に二部屋にしますか?」



 まずは、最初のイベントだ。


 奴隷の女の子を買ったとするのなら、最早これは避けられないイベントだとは薄々感じてはいたが、本当に来るとは…。



 凱亜は表に表情こそ出さなかったものの、本当に来てしまった事で思わず息を飲んだ。


 手は僅かに震え、表情筋は強ばり始めている。


 この、所謂「同室」イベントと言うのが今から起ころうとしていたのだ。


 同室イベント、それは女の子の奴隷を買った主人公は大体そのまま宿に行くのがお約束と言った所だ。



 そして金が無いだとか、二人分借りるのは出費がかさむ等と言った理由で一部屋だけ借りて、年頃の男女が相部屋になる。


 と言う異世界系お決まりな展開だ。


 大体の場合は。


 それなりに長めの純愛を目指すのなら、そのまま体の関係を迫られても拒否して添い寝するだけに収まる事が多い。


 肌色シーン多めの道を拒否する事なく進むのなら、まだお互いそんなに知らないのにそのままゴールインしてしまう事だってある。



 僕の場合、可能なら前者を選びたいものだ。


 シルヴァは確かに美しい、こんな女の子を自分の彼女に出来るのなら、それは本望と言って差し違えない。


 しかし、彼女も僕もまだ互いの事を全く知らない。

 知っているのは、顔と名前だけだ。



 互いに何の過去の話の一つも話していない。


 自身が好きな事が何なのかも。


 ゲームは何をしているか等。



 それに、もう一度言うがまだ会って2人は浅かった。

 奴隷、彼女の身分は確かにそうだ。



 しかし、奴隷と言う身分が彼女を好き勝手にして良い理由にはならない様に凱亜は感じていた。


 確かに奴隷をどうするかは、全て購入者に委ねられている。



 やろうと思えば、買ったその日の夜に肉体関係を結ぶ事だって出来る。

 その日にクエストに駆り出させて、永遠に終わらない仕事をさせる事だって出来る。

 何なら、買った奴隷をすぐに更に高値にして他の人間に売り付ける事だって出来るのだ。


 しかし、凱亜はすぐに彼女の肉体を貪る事も延々に仕事をさせる事も、はたまた誰かに速攻で売り払うつもりもなかった。



 普通にただの仲間の様に、ただの友達の様な感じで接していこうと思っていた。


 そして仲良くなって行った果てに、互いが恋愛感情を抱いて肉体関係に陥ったのなら、それはそう言う結果なのだ。



 それに、言わせてもらうと金があんまり無い。


 シルヴァと武器を買ったお陰で、手持ちの資金は後、数日も生活していれば普通に尽きそうな程だ。


 凱亜はGの入った布袋の中身を見ながら、軽い溜め息を着いた。



 明日からは、最早異世界の定例となった冒険者となりクエストをこなしていかなければならない。


 勿論、それはシルヴァも同じだ。



「ふぅ~何か、色々あって疲れたな…」



 考え過ぎるのも癪なので、凱亜は疲れた様子を見せながら部屋に置かれた唯一のベットに寝転がった。


 表情は薄暗く、その双眸には明らかに疲労の色が見えていた。



 先程までは、あまり気にも止めていなかったが、気にした瞬間。


 目も開けていられなくなってしまった。


 瞼が重くなり、全身からは力が抜けていく様な感覚に落ちる。


 凱亜は思わず、右腕を使って両目を覆った。


 誰も今は自分に話し掛けないで欲しかった。

 このベットと蝋燭、机と椅子、簡易的なクローゼットだけの簡易的な宿。


 しかし今の彼にとってはこれで良かった。

 決して、多くは望むつもりはない。ただ自らの体を安全に休められるのであれば、何の問題もなかった。



「ほら、マスター。何て情けない姿を晒している?」



「放っておいてくれ。僕はもう疲れてんだ」



 シルヴァの言葉に凱亜はぶっきらぼうに答えた。


 彼女の目を見る事もなく、腕を使って両目を覆ったまま疲れた姿を晒したままそう言葉を投げる。


 いい加減で気持ちの篭っていない回答に、シルヴァは眉を寄せて、頬を膨らませる。



「マ・ス・タ・ー!ゲンナリし過ぎだ!」



 うるさいなぁ、放っておいてくれよ。


 ぶっきらぼうに、凱亜は心の中でボヤいた。


 何で主の僕よりも奴隷のこの子の方が元気なんだよ。



 何か話しないと気が済まないのか?



「明日から、冒険者として活動をする。休める内に休んでおけ…」



 それだけ告げると同時に、凱亜は部屋に備え付けられていた2枚の布団の内の1枚を剥ぎ取る様にして拝借する。



 そして、拝借した布団を体に被ると同時に凱亜はベットにもたれ掛かりながら目を閉じようとする。



「マスター?何で床で寝ている?」



「お前はベットで寝ろ。僕が床で寝る」



「え?奴隷の私が床で寝るものではないのか?」



 知ってるよ、大体の奴隷の女の子はそうやって疑問を述べる。

 この世界では奴隷は床で寝るのが普通、それが当たり前。


 しかし、普段地球の日本と言う国で暮らしてきた転移系主人公は必ずその考えを否定する。


 そして主人公の優しさに奴隷は気が付いていくと言う事だ。


 早く気が付いてほしいのだが。



「な、なら……添い寝でもする…か?」



(何故そっちの思考に行った?)



 凱亜は思わず、脳内でシルヴァに対して鋭いツッコミを入れる。


 一応凱亜は脳内で、確かに。


 とも呟いたが、そんな流暢な事を言っていられる場合ではなかった。

 仮にもこれは現実の話だ、フィクションでもなく紛れもなく自分の身に対して起こっている出来事なのだ。



 添い寝か、まるで苦笑いをする様な形で呟き、凱亜は僅かな動揺を見せる。

 思わず心臓の鼓動は僅かに素早くなり、身は僅かながら震える。


 添い寝なんて姉と意外経験した事が無い話だ。

 今の今まで、彼女なんて出来た事がなかったので初めての様な経験で思わず身構えてしまう。



「な、何でそうなる?」



 凱亜はベットにもたれ掛かりながら、彼女と目を合わせる事なく、シルヴァに背を向けたまま話す。


 今間違いなく、彼の頬は赤く染まっていて恥ずかしい表情を見せてしまっている。

 それは彼女の同様であった。



「だ、だって。私は……ほら、奴隷だから?一緒に寝て……その、私を……んだろ?」



「…!違う!僕はそう言うんじゃ!」



 断じて違う。まるで怒鳴る様にして凱亜は自分に対して言った。


 僕はそう言う事の為に、彼女を性のはけ口の為に買った訳では無い。


 ただ仲間が欲しい為に、新たなる力を欲したが為に彼女を買ったのだ。

 性のはけ口にして、使い潰れるまで犯し続ける為に買った訳では無い。



 しかし、決して違うと主張し続ける凱亜とは裏腹に、シルヴァはまるで覚悟を決め、腹を括った様にして思いを口にする。



「いいんだ、奴隷に落ちた時から覚悟は出来ていた。…マスターと、その…所謂、交合う事も……。ほら、来れば良い。私を今押し倒して、服を捲れば!」



「違う!違うんだ!」



 思わず、彼女の方を振り向くと同時に凱凱はシルヴァが座っているベットの上に乗り上がり、彼女の右肩を強く掴んでいた。



「……!」



「……」



 シルヴァは急な凱亜の行動に絶句して、何も話せなくなり、凱亜も肩を掴んだまでは良かったものの何と言えば良いのか分からず、場は沈黙に包まれた。


 まるで誰もいない、空っぽな箱の中の様にして静寂に部屋は包まれた。



「い、いいんだぞ?このまま、キスしたって…」



 シルヴァは頻りに凱亜を誘惑する様な甘い言葉を掛けると同時に、頬を赤らめて正面から凱亜を見つめる。



 薄暗く明かりが部屋を照らす中、凱亜は今からどうすれば良いのか分からなくなった。


 彼女は今、唇を差し出している。

 このまま自分の唇を前に出して、そのまま彼女と口付けをしても彼女は恨まないだろう。



 何なら、そのまま押し倒してしまうのも一つの手であった。



 しかし、シルヴァは絶対に強がっている。

 それを凱亜は理解していた。


 押し倒してしまえば良い、キスをしても良い、とシルヴァは何度も言っているが彼女の顔にはまだそれに対する恐怖がある様に見えた。


 奴隷だから当然の事、やられてしまっても奴隷だから仕方がない。


 そう自分に言い聞かせて恐怖を紛らわせようとしている。

 異性と性的な接触をする事に対する恐怖を、これは当然の行為だと言い聞かせて恐怖から逃げているのだと。



 しかし、そんな考えはあくまで凱亜の勝手な考えに過ぎない。


 彼女の怯える様な瞳、僅かに愛らしく震えている手と体から勝手に判断したに過ぎない。



 しかし、目を閉じて唇を差し出す彼女の姿を見ていて、凱亜はあまり良い気にはなれなかった。


 寧ろ何か情けない様な、義務感である様な、奪い取っている様な、気がしていた。



 凱亜は結局、肩を掴むその手を素直に離すと同時に、再びベットを1人降りた。



「……え?」



「僕は構わない、ベットで寝ろ」



「……マスターは、強引ではないのだな…」



「無理矢理なんて勘弁。さ、早く寝ろ」



「あぁ…そうさせてもらうよ」



 凱亜は蝋燭を消して、部屋の明かりと落とす。


 部屋の明かりが落ちて、部屋の中が何も見えないぐらいの暗闇に落ちた時シルヴァはベットの上に寝転がり、布団を被る。


 そして凱亜も同じ様にして、ベットにもたれ掛かりながら座り込み、薄い布団を被って眠りに着いた。

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