5話「突然に」


 思わず、目を見開いて見つめてしまった。


 瞬きすらもせず、ただ無心に一点を見つめる様にして凱亜は目の前に立つ女性をただ見つめていた。



「お待たせ、この子が今店にいる良い値の奴隷だ。2人でゆっくり話すといい」



 そう言い残すと同時に、ドクトルは首輪を取り付けられた1人の女性と自分の事を取り残したまま部屋から先に立ち去っていった。


 それと同時に、女性は自分の向かいの椅子に座り込んだ。


 表情はどこか強ばっており、まるで睨む様な少し鋭めの目付きでこちらを見つめている。



 そんな高圧的な目で見ないでほしいのだが。



「えぇ、っと…取り敢えず初めまして。僕は不知火…「不知火凱亜」だ」



「…シルヴァだ。宜しくお願いします」



 鮮やかな金色が基調の髪に、対照的な銀色のメッシュを入れている。


 髪型はポニーテール風に纏めており、何処かスポーツ系女子っぽい印象を受ける。

 ポニーテールの毛先は銀色で前髪等の一部は金色と言った所だ。


 少し目付きは鋭く、まるで獣の様に相手を威圧する様な目をしているが、その姿は可憐であり妖艶だ。



 身に付けている古びた布越しでも、その体付きの良さは十分な程に理解出来る。


 華奢な肩、少なからずとも大きいと自信を持って言える大きな胸、細い腰周り、すらりと伸びた美しい脚。


 思わず見惚れる様にして見つめていると同時に場には沈黙が流れた。


 そして、十程数えていると凱亜は思わずハッとして言葉を発する。



「まぁ、色々とあって。君を購入しようと検討している」



 凱亜は、僅かにたどたどしくもシルヴァに話し掛ける。

 しかし、そんなたどたどしい言葉を投げる凱亜に対してシルヴァは、まるで皮肉混じりに言葉を投げた。



「ハッ、私を買う…か。面白い奴だな。こんな私をご所望とは…」



 おかしいな、凱亜は疑問の声を心の中で呟く。


 本来の奴隷キャラは、こんな風に主人公キャラに対して対等、もしくは格上な口調で話す事はあまりない。


 大体の場合は、陰気で暗く、生や世界に対して深い絶望や恐怖を抱いている事が多い。



 しかし、このシルヴァと言う名の女性はそう言った弱々しく、絶望している様な雰囲気をこれと言って見せていない。


 目付きを変える事なく、まるで自分の事を観察する様にして見つめている。



「兎にも角にも、こちらはさっさと戦力増強したいんでね。シルヴァ、戦闘方法は?」



 そっちがその気なら、こちらもその気で行く事にしよう。


 目には目を歯には歯を、凱亜は弱気な目付きから、鋭い目付きへと切り替え、対等な口調で話す事にした。



「殴りと蹴り、それと爆発系の魔法なら少しイけるぞ?」



「ほぅ…喧嘩殺法か。面白い…」



 会話が弾んできた様に思える。


 凱亜の考えは間違っていなかった。若干強気で、対等な口調で凱亜が話し出した途端。


 シルヴァもそれに応える様にして話してくれた。



「そう言う貴方も、中々な実力を持っていそうだ…」



「それは、どうかな?」



 軽い笑いを見せながら、敢えて回答を凱亜ははぐらかした。


 まだ手の内を晒すには早い。晒すのなら、買ってからだ。



「それで、私を買ってくれるのか?」



「買ってから暴れ回って、僕を殺す様な事はしないか?」



「主従関係にある内は、しっかりとやるつもりだ。主を殺せば、奴隷身分の私は生きていく事すら儘ならん」



「なら購入だ」



「えぇ!?決断はや!」



 シルヴァは驚きと困惑の表情と、目を見開いて凱亜を好機の目で見つめる。


 急過ぎた選択に、先程までのクールで気高い印象とは打って変わって、驚いた様子を見せるシルヴァに凱亜は僅かに頬を赤くした。


 こう言う風な可愛い反応も見せられるんだ、と感じた。


 てっきり、クール系に全振りしているのかと思っていたのだがそうでも無い様だ。


 やっぱり、内面は可愛い女の子なのだろうか?



「ここで買わなかったら、後悔しそうだ。時には思い切る事も大事だ」



「それでは、購入手続きの方を」



 凱亜は突然の声に、思わず身を震わせた。



 この小部屋から先に1人で出ていったはずのドクトルが、買うと凱亜は快く言った瞬間に小部屋に戻ってきたのだ。


 もしかして狙っていたのだろうか。



 部屋に入るなり、ドクトルはシルヴァの横に置いてあったもう1つの椅子にそのまま腰掛ける。



「よいしょ、シルヴァの値段は800G。先程見ていた武器と合わせて……1100Gでいかがでしょうか?」



 即決断、それだけだ。



 ここで逃してしまえば、こんなチャンスにはもう巡り会えない様に凱亜は感じていた。


 シルヴァもここで買わなかったら、何処かで知らない奴に買われる事となってしまう。



 正直、シルヴァはかなりの美人だ。目鼻立ちも非常に整っている。



 劣情と下心が顕になるかもしれないが、こんな可愛い女の子と共に生きていけるなんて嬉し過ぎる事だ。


 運が良ければ、そのまま恋に落ちる的な事になっても良いぐらい。


 そう言った事も加味して、シルヴァを自分の奴隷にしようと思ったのだ。



「分かった、成立だな」



「お買い上げ、ありがとうございます」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 結果として、凱亜は奴隷であるシルヴァ。


 そして棺桶の形をしたよく分からない武器の2つを購入する事となった。



 欠員補充の為に、シルヴァを購入出来たのは嬉しい事だ。


 これで、今後の戦闘が困る事は恐らくないだろう。



 ◇◇



 そして、凱亜はシルヴァを連れてドクトルの店を2人で後にした。



 店を出た時、外はもう夜となっていた。


 空からは月明かりの様な光が差し、夜道は何処か薄暗く、僅かに恐怖を連想させる。



「改めまして、マスター。このシルヴァ、好きに使うといい」



 シルヴァは胸に広げた手を置き、主である凱亜の前に立つ。


 その、自信に溢れた表情。そしてニヤリと笑う表情。

 まるで鎖から開放された戦士の様だった。


 あんな狭苦しい世界からの脱却、彼女にとっては清々しく嬉しい出来事だった。



「マスターとして、全力を付くそう…。よし、宿探すか」



「あぁ、そうだな」



 横並びになって凱亜とシルヴァは歩き出し、2人は夜の街に消えた。

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