4話「偶然の出会い」
「奴隷が欲しいのかね?」
謎の声に対して、凱亜は首を縦に振った。
声の気配は後ろから聞こえてくる。
声の質はやや低め。初老の男性ぐらいの声だと凱亜は感じた。
――――ゴロツキか?
念の為と言う事もあり、凱亜はナイフを逆手で持ち、敢えて背後を振り返る様な事はしなかった。
敵に正面から姿を晒すぐらいなら、掴みかかってきた所を奇襲して刺す方が効率的だ。
大丈夫だ、人を刺した事なんてないが自信はあるつもりだ。
凱亜は後ろを振り返らず、敢えて背筋を整えたまま前を向き続ける。
安全が確認出来るまで決して、後ろを振り返る事はない。
目を見開いて、敵が掴みかかってくるタイミングを凱亜は探る。
「いや、別に怪しい者ではない。お前さんの話をこっそり聞いただけじゃ」
と、後ろにいるであろう人物は言っているが、男の言葉が本当と言う確証は存在していない。
少し前の出来事の事もあって、凱亜は今人間不信に近い状態になっていた。
下手に誰かを信用すれば、また嵌められるかもしれない。
ほっ、と安堵して心を許した瞬間にその希望を刈り取って絶望へと変えてくるかもしれない。
凱亜は警戒心を決して解く事なく、足に力を込めて身構える。
「まぁ、そう気張らんと。わしは怪しい者でも、盗賊でも無い…」
「じゃあ、何なんだ?」
初対面の人間にも関わらず、凱亜はややキツめの口調で謎の男に声をかける。
しかし、先程嵌められた挙句追放された凱亜の心情を考えると、この様な口調になるのは仕方ない事かもしれない。
「わしの名は「ドクトル」研究者であり、武器商人であり、奴隷商でもある者じゃ」
兼用し過ぎだろ、そう凱亜は少し呆れた様な口調で心の中で呟いた。
流石に正体を明かしてきたんだ。
怪しい人物では無いだろう、と凱亜は心の中で思う。
自ら名を明かし、職業についても自ら口を開いて言ってくれたので流石に怪しい人物ではないだろうと感じた。
しかし、まだ完全に警戒心を解いた訳では無い。
ゆっくりと、恐る恐る凱亜は視点を後ろの方へとずらしていく。
最初は首を動かし、そして体も徐々に後ろを向いていく。
「あ、貴方は…」
「はっはっはっ、気軽にドクトルとでも呼んでくれたまえ」
「さっきの話、聞いてたんだな?」
「勿論、奴隷が欲しいのだろ?」
正解だ、凱亜の今の目的は欠員補充の為に何でも言う事の聞く奴隷を買って仲間にすると言う事だ。
もし本当なら、自分の目の前に立つ人物はその大きな手助けとなるだろうと凱亜は確信する。
ドクトル、そう男は名乗った。
ハット風の汚れた薄茶色の羽根付き帽子に、袖を僅かに捲った服、肌を露出しない長ズボンにガスマスク?風のマスクを顔に取り付けている。
お陰でその素顔が一切見える事はない。
第一印象は、正に不気味の一言だった。
夜道でこんな人とバッタリ会ってしまったら、普通に逃げ出す自信があるぐらいだ。
不気味、意味不明。
そんな言葉の数々が脳内を巡る。
しかし、本人は自らの口で奴隷商と言っていた。
それが本当なら、奴隷を手に入れられるかもしれない。
「あぁ、僕は奴隷が欲しい。成る可く安いの…」
そう凱亜は、最後の方だけか細い感じの声で言った。
持っている所持金もそう多くはない。買うなら、成る可く安く買える奴隷が良かったのだ。
「任せなさい、わしの取り揃えている奴隷は他の所と比べても安いからの。ささ、着いてくるがいい、案内してやろう」
ドクトルはそう言って、自分の後ろの方向を指差した。
指を指すと同時に、ドクトルは凱亜より先に歩き出してしまった。
暗がりで、全く人気を感じず、まるで死んでいるかの様な程の静寂に包まれた道。
そんな道をドクトルは1人進んでいく。
そして、そんなドクトルの背中を躊躇う事なく、凱亜は追った…。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、暫く歩いてドクトルは足を一度止めた。
場所は王都の中心からはかなり離れている街の一角であった。
正に不気味で、陰気な場所。人通りは少なく、物好きでもない限りは近付いてこなさそうな世界であった。
路地裏?スラム街?
そんな言葉が似合うかもしれない、と凱亜は冗談げに心の中で思った。
「さ、お入りください」
夕日が沈み掛けて、今にも世界は夜の世界へと変貌を遂げそうになった頃、凱亜はドクトルが用意していたと思われる建物に足を運ぶ。
革素材か布素材で作られた雑な作りの建物だ。
出店の様な感じなのだろうか。片付けるのもそう難しそうでもない。
間に合わせの様な感じで作られている建物には汚れ等が目立っていたが、立ち止まっていても仕方がなかった。
凱亜は僅かに勇気を出して、ドクトルが入った時と同じ様に、入口をくぐった。
◇◇
(これは中々…)
鼻に着く様な匂いが己を刺す。
かなり環境は不衛生と言えるだろう。
入口をくぐって中に入った瞬間、アンモニア臭の様に鼻を刺激する匂いが自分の鼻の中に入りこむ。
残念な事に、あまり掃除はされていない様だ。
完全に不衛生だ。こんな所に長居したら鼻が曲がりそうだ。
また、外と比べると風通しが絶望的な為か、妙に体が熱くなっている。
匂いも酷い、温度も湿度も高い。
僕にとっては最悪の環境だ。
「さぁ、自由に見ていってくれたまえ。奴隷の他にも、骨董品の武器やその他のアイテムもあるからな」
至れり尽くせりだと凱亜は思わず感じる。
奴隷だけでも嬉しい限りだが、武器まで取り扱っているのは嬉しい誤算だった。
こんなナイフ1本じゃ、いつ怪物に無惨に食い殺されるか分かったものではない。
備えあれば憂いなし。揃えられる内に揃えておく事にしようと凱亜は考えた。
「武器…武器…武器………棺桶!?」
思わず、強い驚きの声が口から漏れた。
武器を探し回って店の中を物色している時、凱亜はまさかの物を発見してしまった。
確かに武器を凱亜は探していた。正直、使えるのなら何でも良かった。
普通の剣でも良いし、二刀流の双剣でもいい。
何なら槍や戦斧でも良かった程だ。
何でも良い、とにかく安定して戦う事が出来るのなら凱亜はどんな武器でも受け入れるつもりだった。
しかし見つけたのは……棺桶だった。
「これも……武器なのか?」
棺桶は本来、死者が最後に横たわる場所。死者が入れられれば最後は土の中で眠る。
棺桶とは本来、そう言う役割のはずだ。
しかし、自分の目の前に置かれた1つのこの棺桶は、妙に異質なオーラを放っていた。
棺桶だが、棺桶ではない。
死人を寝かせる為に作られた様には全く見えない。
まるで、中から異形が飛び出す様な…。
「まるで、使ってくれと言ってるみたいだ」
気が付いたら、凱亜は無意識のままにその棺桶に触れていた。
しかし、改めて見ると本当に歪だと言える。
棺桶と言うのは死者を寝かせる箱の様な物だと思っていた。
だが、この異常に黒く、まるで変形機構を備えている様で、そして銃のトリガーの様な引き金とリコイルを安定させる為のフォアグリップの様なものが取り付けられている。
更には自身の体に固定するのか、それとも移動の際に背負う用なのかは分からないが、棺桶には長い鎖が取り付けてあった。
「おや、お前さん。それに目を付けるとは…」
じっくりと卑しく舐め回す勢いで、まるで見惚れたかの様にして、その棺桶見つめていると後ろからドクトルに声を掛けられた。
声を掛けられた事で、凱亜は思わず我に返る。
どうやら、その棺桶に見惚れている間。
完全に自分の世界へと向かってしまっていた様であった。
「ドクトルさん。これは…?」
疑問に思ったので、凱亜は素直に問いを投げる。
この棺桶の様な何かは一体何だと言うのか。
もしかしたら、アーティファクト的な何かかもしれない。
「これは、少し前にわしの所に流れてきたジャンク品じゃよ。何もなしにわしの前に現れて、前の持ち主もどんな力を持っているのかも不明。多分武器なんじゃろうけど…詳しい事はわしにも分からん」
「ふぅ~む。一応買う候補に入れておくか…。これいくらだ?」
あまり高くならない事を凱亜は切に願う。
「価値が分からない以上、あまり高い値段でも売れんからな。……利益分も考えて、400Gぐらいでどうじゃ?」
「分かった。それじゃ、奴隷の方も見させてもらうよ」
「それなら、こちらの方へ…」
普通に檻に入れられて売られていると凱亜は思っていたが、意外な事に違う様だ。
狭苦しい檻に直接放り込まれて、拙い格好をさせられたまま鎖に繋がれて生気を失った様な顔をしているのかと思っていたのだが。
「こちらの部屋の中でお待ちください」
ドクトルによって通されたのは、小さな小部屋だった。
机が1つ、机を挟んで三つの机が並んでいる。
先程の汚れが目立っていた空間とは違い、この場所はまるで客人を持て成す様にして、それなりに清潔感がある。
ドクトルは部屋の中で待っていろ、と伝えてくれたので凱亜は素直に椅子に腰掛けると同時に、ドクトルがこの小部屋に戻ってくるのを待つ事にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
数分程経った頃だろうか。
小部屋の扉が開くと同時に、ドクトルが小部屋の中に現れた。
無論、それは1人だけではなく。
ある1人の人物を連れて…。
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