2話「不条理の塊」


「………は?」



 誰でも、こんな風に口を情けなくぽっかりと開けて困惑の表情を浮かべるのが普通だろう。


 凱亜は気の抜けた声で、ただその一言しか発する事が出来なかった。


 追放?


 何で、僕は何かしただろうか。



 簡単だ、答えは絶対にノーだ。

 第一、凱亜は追放される様な事は何もしていない。


 誰を殺した訳でもない、誰かの物を奪った訳でもない。

 ただ荷物を持って帰って来ただけだ。



 しかし、目の前で豪勢な椅子に座る王やその王達を警護する兵士、そしてクラスメイトの人間は真っ直ぐと、こちらを睨み付けている。


 まるで親でも殺されたかの様な程に嫌悪し、ゴミを見る様な軽蔑の視線を自分に対して向けている。


 無論、そんな目で見られる様な覚えは一切なかった。

 記憶の何処を探しても、追放をされる様な覚えは一切ない。



「まさか、世界を救う者だと思っていたが…とんだ人災を呼んでしまった様だな…」



「な!何を言っているんですか?」



「不知火、まさかお前…!」



「もう良い。話を聞く分、腹立たしいわ!兵士達よ、この者をつまみ出せ!」



「な、おい!」



 気が付いたら、自分の背後に数人の兵士が自分を囲っていた。

 すっ、とまるで影に潜んで気配を消しているかの様に凱亜は背後を取られていた。



「大人しくしろ!」



「野郎…!」



 珍しく、凱亜の感情が顕となる。歯を噛み締め、怒りの表情が顔に浮かぶ。


 凱亜は後ろに体ごと勢い良く振り返ると同時に右手の拳を石の如く握り締め、自分の背後を取っていた兵士の顔面に向けて、躊躇いなくその拳を放つ。


 ムシャクシャとした自分の心と、何処に矛先を向ければ良いのか分からない怒りをその拳に込めながら。


 勿論、今殴られようとしている兵士に対して別に何か特別恨みがある訳ではない。


 こんなの、ただの自分の腹いせ。下らない憂さ晴らしに過ぎない。



 突然の追放、転移させられてからの扱いの酷さ、今になっても続くクラスメイト達の暴言。



 ここまでされれば怒りが溜まるのは最早、必然と言っても良い事であった。



「ふざ、けるなぁ!」



「ぐぁぁ!」



 思わず自分に掴みかかろうとしてきた兵士の1人を、凱亜は躊躇いなく殴り飛ばした。


 彼の握られた拳は真っ直ぐ、兵士の1人の頬を直撃する。


 鈍い打撃音が鳴り、怯んだまま兵士の1人は床に倒れ込んだ。



「まさか!兵士にまで危害を!」



「き、貴様ァ!」



「五月蝿い!」



 そして二人目も、躊躇もなく、何の慈悲もなく、ただがむしゃらに怒りだけに任せて凱亜は自分の周囲を取り囲む兵士達を容赦なく殴り倒して行く。


 しかし、こんな行動。返って自分の印象を悪くするだけだった。



 自分は何もしていないつもりかもしれないが、向こうは完全に自分がやったと思い込んでいるのだ。



 これでは余計に、自分の印象は悪くなる一方であった。



「な、何て恐ろしい奴だ!」



「まさか、悪魔だとでも言うのか!?」



 遂には黙って見ていた王の側近達まで、自分の事を罵り、心無い言葉を自分に投げてきた。



(はぁ、これが現実かよ…)



 己の心の中で密かに、少しは憧れた異世界への転移。




 そして、その憧れは届いたかの様にして現実になった。


 しかし待っていたのは、無能と約立たずの烙印と不条理の塊に呑まれた追放だった。



 これが現実、所詮自分の考えなんて下らない妄想だった。


 もしかしたら、最初からこうなる運命だったのかもしれない。


 上げておいて、気分が上がった所で、奈落にでも突き落とす勢いで下へと落としてしまう。



 下らない、下らない、下らないよ。


 クソ喰らえだ。



「クソ、こんな所。さっさと出てってやる…!」



 こんな所にいるなんて、こっちから願い下げだ。


 凱亜はこれ以上こんな場所に居る気にはなれなかった。


 なれないし、居る価値も無かった。

 所詮は邪魔者、紛い者、罪を犯した情けない人間でしか無いのだ。



「不知火、二度とここに来るな!」



「その面見せてみろ、次はてめぇをぶっ飛ばしてやる!」



(言ってろ、言ってろ言ってろ言ってろ!)



 反論?


 そんな言葉は、彼の脳内には存在していなかった。


 反論して何になる。


 今、奴らの方向に自ら向き直して言葉の刃を放った所で自分が勝てる可能性は存在しているのだろうか。


 言い勝って、奴らに頭を下げさせて謝罪させる事は出来るのだろうか。



 答えは出来ない、それだけだ。



 何も反論なんて出来ない、ただ背後から迫ってくる言葉の刃をその背中で受けるしか出来なかった。



「へ、負け犬らしいな。乙!」



「最悪な奴だ、まぁ元からか…姉の方は良いと思っていたが…」



「くっ、くっ…っっ!」



 怒りは今にも沸点を突破しようとしていた。


 拳は震えながら、爪が食い込んで血が滲む程までに強く握り締められ、強く歯ぎしりをさせる。


 言葉にならない言葉が口から僅かに漏れ、自分でも見た事の無い様な目付きを見せる。



 今なら、刺し違えてでも持っている護身用のナイフで奴らを突き刺す事も出来るかもしれない。



 自分に行動力があれば、の話ではあるが。


 勿論、そんな行動力なんて自分にある訳なかった。



 何も出来ないまま、冤罪を晴らす事も出来ないまま、観衆達が自分を笑いながら見ている中、凱亜は1人城を去った。

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