1話「ありふれた追放」


 家の扉が音を立てて開いた。


 外は澄んで綺麗な空になっていた。


 しかしこんな景色を見ても何も思わなかった。普通の人間ならこの景色を見て、何か思う事があるかもしれない。

 周りにはいつも見ていた街が広がっている。自分の後ろには沢山の山があった。別に登りたい訳では無いが……現に運動が好きかと聞かれると好きではない。

 

 後ろからは母親が自分の事を見送ってくれている。笑顔で自分の事を見送っていてくれている。それに対して自分も同じ様に手を振った。

 母親の笑顔は美しい。普段の姿も美しいが、いつも見送ってくれる時に見せてくれる笑顔は綺麗で仕方なかった。それに先に家を出た姉や妹の姿も美しかった記憶がある。




 その景色が綺麗だなーとか。


 美しいからスケッチブックに絵に書いてみようとか。

 そんな事は一切思わない。


 今の人生はつまらない以外の何者でも無い。缶詰の中に入れられた窮屈でむさ苦しい人生だ。


 何故生きているのか。


 生き甲斐なんてあんまりない。




「ちっ……またあんな地獄に行かなきゃならんのか…完全な無理矢理スケジュールだよ…」



 持っている鞄がまるで鉄球の様に重く感じる。所詮鞄の中には教科書やノート、スマホやイヤホンとかしか入っていないのだが、異常な程まで重く感じる。


 もう学校には恐怖と嫌気しか持てない。


 それでも行かなければならない理由も多々ある。休み過ぎてしまったら留年するかもしれないし、単位だって落とす可能性だってある。


 それに親や姉達を心配させたくはない。ある程度は耐えられるが、耐え難いと感じる時もあるが凱亜は現実を受け入れ、忍苦するしかなかったのだ。


 門の前に着けばいつもの様に教師が立っている。

 他の生徒に対して、作った様な笑顔を見せている所に嫌気が刺す。


 その顔を見るのもいい加減飽きてくる。違う顔の1つか2つぐらいは見せられないのか?と感じる。母親の笑顔とはかけ離れている。


 そんな事しか出来ない奴は無視する事が得策だと思った。






 校舎の中に入るとまずは靴を履き替える必要がある。凱亜はそそくさと靴を履き替え、教室へと向かっていく。






 下駄箱で靴を履き替えて階段を登る。

 しかしその先には入る事を拒絶している事に近い場所が現れる。


 嫌だった。

 嫌だった…

 嫌だった……!




 ◇◇




 このクラスに教室に入るのが!

 既に額には僅かに汗をかき、心臓がいつもよりも早く動いている。


 それでも勇気を少し振り絞りドアを横に開ける。





「何だよ!またてめぇ来たのか?」



「来て悪いか?」



 入っていきなり悪口を言われる。まだ誰にも挨拶すらしていないと言うのにこのザマだ。勿論挨拶なんかしても返してくれるのは数人だけだ。


 周りの人間はそれを見て嘲笑い、スマートフォンを使い彼らの動画を撮影する人間まで居た。


 撮っている奴はスマホごと破壊すれば良いかもしれないが破壊すればこっちが咎められる可能性があるので掴みかかる事は出来なかった。



「何故お前に学校に来るなと言われる筋合いがあるんだ?お前は王様のつもりか?勝手にそんな事言わないでほしいね」



「……!その態度が気に入らねぇんだよ!」



 いつもの様に殴りかかるこいつは僕がこのクラスに入った時からずっと僕に対して虐めをしてくるリーダー。

『坂見達哉』

 僕は人間でも無い弱い下等生物だと思う。


 一応武術には心得があるのでいつもお返しパンチやキックを喰らわせて黙らしていたが…

 この日は1人ではなく複数人だった。



「今日はいつもみてーに殺られねーぜ!仁!悠真!殺っちまうぞ!」



 後ろの二人も僕を虐める生徒…

『佐藤仁』

『小杉悠真』

 何故彼らが僕を虐めるのか?






 それは一人の少女のせいでもあった。



「あんた達!やめなさい!」



「ち!違うよ!『美亜』さん。こいつが俺達に…」



「嘘ね!さっきからあなた達の事、見てたよ。『凱亜』が私と仲良くするのが気に食わないんでしょ?後凱亜って言う名前も…何であんた達は異端な存在を迫害するの?」



 彼女は『関原美亜』この高校に入ってから……いや嘘だ。中学生時代から何かと僕に接近して来た人だ。中学生時代から仲良くしている人でもある。


 凱亜は彼女の事を下等生物などとは思わない。何故か自分も仲良くしようとするからだ。


 しかし彼女は僕みたいな陰キャと違ってクラスのアイドル的ポジションでもある。



 勿論だが僕とばかり仲良くすれば周りの男子からは嫉妬の目を集めてしまう。


 何故陰キャのアイツがアイドルポジションの美亜とあんなに仲良くしているのか!?と。


 実際に周りからの男子は自分を睨みつけている。しかし凱亜自身は気にしてなどいなかった。気にしたら負けだと思っている。


 正直そんな事はもう慣れっ子だ。


 言われた所で気にしない。それが彼だった。

 

 女子は面白くて笑う顔とは違った。


 まるで下の人間を踏み付けて非道に笑う様な顔をししている。



「凱亜、放っておいて何処か行こう!」



「あの…僕まだ用意が………てか、何処に?」



 また適当に何処かに連れ出されてしまうのか。前もこんな事があったが、これも慣れている。今までは屋上に連れてかれたり、別のクラスの所に連れていかれた事もある。


 それもはっきり言って嫌ではなかった。話せる人が近くに立っているのは悪い事ではないし、自分の本音を話したりする事が出来るし、友達が少ない自分にとっては少しばかり嬉しい事でもあった。


 そして凱亜は美亜に手を掴まれてしまう。友達がいて嬉しいのは本音だが、凱亜は焦り、どうすればいいのか分からなくなった。




 しかし2人の行動は良くも悪くも妨害される。



「美亜!そんな奴と一緒に居ないで、俺達と一緒に行こうぜ!」



「え?ちょっと!」

 


「そうよ美亜。こんな陰キャと居ないでさ!」



「早く銀河と一緒に行こう!」



(……何だろう……この気持ち……)



 表では「そうですか」と言っていたが裏では何故に嫉妬の様な気持ちと解放された様な気分になって仕方なかった。

 そして一人の男は周りに何人も女を取り巻き、そこにまた一人加える。

 美亜を加えた所で銀河は凱亜を避ける様にして、何処かへと行ってしまった。

 銀河達が何処かに行く時、銀河は後ろを振り向き、鎧亜をまるで下等生物を見るかの様な目で睨んでいた。女子達に見せる表情とは全く違う顔だった。凱亜はその顔に対して、強い睨みを見せた。


 こいつはこのクラスのリーダー的存在の『天野銀河』


 女からの人気者で彼を見てる時はだいたいクラスの女子三四人程周りに絡ませている。


 見ていて吐き気を催す。あんなに女の子を取り巻いて何が楽しいんだか。


 リアルハーレムなんてリアルでやる様な事じゃないだろ?


 普通ハーレムなんて漫画かアニメの中でやれよ。


 意味不明だ。


 理解出来ない。


 でも楽な所もある。


 これで何も言われなくなる。



 独り身は辛くはない。


 嬉しいのか嫉妬しているのか、何か矛盾している様な気もするが、下手に気にしすぎると疲れてしまいそうなのでこれ以上は考えずにその場を離れる事にした。

 多少の怒りを持ちながらも楽になった凱亜は教室に入り、机に座った。

 周りの目が辛いが、鞄の中からいつも好きで読んでいる本を取り出した。



 ◇◇



 それは…

 銃のマニュアル本と構造説明本だ!構造説明本、マニュアル本とは言ってもこれは正規の本ではない。

 自分が学んだ知識を書き記しただけの自分が作った本だ。そもそも銃の構造が書いてある本なんて見た事ないので、自分が知っている限りの事を書き記しているだけの本だ。字なども全て自分で書いたものなので一部汚くて読めない所もあるが気にしない。



 はっきり言ってこんなのただのオタクに見えるが僕の銃推しは結構高い。

 それに実際に撃った事もある。

 ハンドガン。ショットガン。マグナム。アサルトライフルやスナイパーライフルも経験済みだ。他にも手榴弾なども使用した事がある。


 何故ここまで銃が好きなのか、それはかなり前の話に遡る。



 ◇◇



 原因は母親の祖父が猟師だったので昔から猟銃を近くでよく見せてもらった。


 僕も歳を重ねるに連れて少し猟銃を触らせてもらった時もあった。

 そこから他の銃を見て、触って、撃ってみたいと思った。


 仕事の都合で海外によく行っていた父に連れられて何度か自分も海外に行った事があった。


 その時に父に銃を撃ってみたいと頼んだら、父は外国に在住している友人に凱亜に銃を教えて欲しいと頼んだらしい。


 そのまま外国に連れられると父の友人に一ヶ月の間銃の使い方をを教えてもらえたのだ。


 大量の銃の使い方を学び、更にはロケットランチャーや手榴弾の使い方まで伝授された。しかしこの能力は日本で役に立つ事はまず無い。

 逆に役立つ事があったら、怖いぐらいだ。


 そしてその力は今でも根付いていて、将来は海外で銃に関する仕事をしようと思っていた。



 しかしこの学校では銃の話が分かる奴何て誰一人として居なかった。


 異端な存在を排除するのが普通な人間は、僕の事を馬鹿にするばかりだった。


 そんな人間しか居ない中でも美亜は多少僕の話を理解してくれた。凱亜に対して、理解すると言うより、彼に着いていく様に無理に理解する様にも見えてくる。


 しかし嬉しかった。


 でも今は奴の妨害も入るせいで色々変わってしまった。


 そのせいで今の生活は楽しくない。どうせなら異世界にでも転生されたい気分だ。


 アニメや漫画を大量に見て、読んできた僕にとって異世界に召喚されたりするのは夢の一つでもある。


 しかしそんな事は空想の話。

 リアルで起こるなんて考える分無駄。

 今は目の前の侵害をどうするか考える方が先決だと思った。



 そして朝の会が始まるチャイムが校内に鳴り響いた。



 ◇◇



 耳障りだ。耳の鼓膜に始まりの音が響く。こんな音楽よりももっと派手で人生がクソッタレだと感じさせない様なロック音楽を流して欲しいものだ。


 凱亜と違い美亜や銀河は何食わぬ元気そうな顔で座っている。


 僕は前で何か話す先生の言葉を聞き流しながら銃の構造説明本を黙々と読んでいた。

 時折外の景色を見ていた。


 田舎なこの街は好きになれなかった。


 アニメなどのイベントがある時はかなりの移動が必要となるし、第一この街にはあんまり楽しい所がない。

 強いて言うなら、ゲーセンが数軒とカラオケボックスが2軒ネカフェが1軒あるだけだ。


 まぁ、行ってはいたけど。やっぱりはインパクト足りなくね?もう少し何かあってもいいと思うんだけど……


 なので凱亜はただ広がる山が見ていた。

 凱亜はその景色を見て…(面白くない)と思った。

 見たくて見ている訳ではない。暇潰しだ。




 後ろ向きな考えをしていると……。


 一瞬でカッ!と眩しすぎる光が目を睨みつける。

 閃光手榴弾が音を立てて爆発した感じだった。音は鳴らなかったがその閃光は目を焼く勢いだった。


 初めてその爆発を見たが目が焼け爛れてこぼれ落ちそうな激しい光に反射的に目を手で覆った。

 周りの人間は何も出来なかった。それは自分も同じ事だったが、今彼は何も出来ずに輝く光に包まれてしまったのだった



「な!これは…」



 今までゲームをして来て何度もそれを目撃してきたもの。

 それは間違いなく魔法陣だった。

 ゲームなどではよくワープや転移などに使われるが何かこの魔法陣には何故だか分からないが嫌な気を感じる。



 持っていたマニュアル本を強く握り締める。


 まさか…異世界に召喚?

 と、思った。しかし何かのドッキリだと信じたい。こんな事本当にあったら、洒落にならない。



「皆さん!すぐ教室から出て下さい!」



 担任の「信条明菜」が悲鳴の様な声で叫ぶが、その発言は少し遅かった。つまりそれが意味すると言う事は……




 まるで全方位から高出力のスポットライトを当てられた様な眩しさを感じた。

 そのまま光に僕はただ呑まれるしか出来なかった。それは僕だけでなく、クラスの人間も同じだった。

 抵抗する事も抗う事も出来ず、ただ眩い光に呑まれるしかなかった…………。





 凱亜を含むクラスの人間は教室から消えてしまった。それはクラスメイトの人間と同じ様に消えていったのだった………。


 教室はもぬけの殻。

 それに他の人が気付くのはもう少し後の事だった…………。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 どれぐらいの間目を閉じていなかったかは分からなかったが、恐る恐るも凱亜少しづつ目を開ける。


 しかし周りは光に包まれてはいなかった。

 そこはまるで教会だった。



 神が踊る様な絵が天井に描かれて、まるでイエス・キリストの様に貼り付けにはされていなかったが、それはまるでこの世界の神の様に崇められていそうな存在が自分からやや斜め上の部分に祀られていた。

 崇められる存在の下にある絵はそれを崇拝するかの様な動きをした人が描かれている。


 崇められる存在は両手を広げて何かを見ている目をしていた。



「ここは?」



 少し震える小声で話すが、銀河がその声を破壊して話をする。銀河は戸惑いの感情を一切見せなかった。

 寧ろ好戦的にも思える。

 いきなり目の前に立つ神官の服を着た老人に話しかける。



「貴方ですか?ここに俺達を召喚したのは?何が目的俺達を召喚したんですか?」



 まるで嬉しがっている様な口調だ。

 こいつも異世界に召喚されたかったのか?



 険しい表情で前の老神官を見る銀河。すると老神官は一度咳き込んで話し始めた。



「その通りです。貴方達をここに召喚したのは私です。貴方達はこの世界を救う戦士です。今この世界では魔族、そして魔王との戦争が絶えず起こっています。これに対して神は現在起っている戦いを終止符を打つ為に、私は貴方達を神の命によりこの世界に召喚致しました。君達はこの世界ではかなり上の存在なので、能力もかなり高いと思われます。こんな老いぼれてしまった私達の変わりに魔王をどうかその手で討って下さいませんか?勇者方?」



 周りの奴も多少驚きながらもある程度召喚された事を割り切った様な表情になっていた。

 何でだよ。何で全員もう状況飲み込んでんだよ。まだドッキリか何かと勘違いしているのか?これはドッキリではない。


 本当の異世界召喚だ。


 嘘、偽りのない本当の事なのだ。


 周りの人間は銀河に流される様にして同情する表情を見せている。


 僕はそんな事無視してこの世界に誤って持ってきてしまった銃構造説明本を暇潰しに開いていた。どうやら召喚時に持っていたせいでこっちの世界に一緒に来てしまったのだろう。



「成程、だいたいの事情は分かりました。それが今の俺達に出来る事なら…全力で協力します!それに今は出来る事それぐらいしかないんだから、協力しようぜ!だよな皆!」



 クラスではリーダー格な彼の言葉に周りはあっさりと流される。特に女子は絶対着いていきます!と言わんばかりな表情だ。


 そして喧嘩に強い噂もある銀河に対して逆らう事を恐れてしまっている男子達も首を縦に振る。


 女達は全力で協力したそうな顔をしていた。



「ねぇ凱亜。これって一方的に決められてない?」



「そうですよ。リーダー格とイケメンの言葉には女性は雑魚敵と同じだ。そして自分よりも強く、立場が上の人間にああやって男は着いていく。人間ってそんなもんだよ。まぁ…個人的に僕は少し嬉しいけど、何か嫌だ。美亜、お前はどうする?協力するのか?」



「今は私達に出来る事をした方が良いと思うの…それに今帰る方法を探しても、意味が無いと思う」



 その言葉は凱亜の耳に刺さる。

 確かに今帰る方法を探しても仕方のない事だ。凱亜はその言葉に便乗する事にした。



「確かにそれが今の僕達に出来る精一杯の事なのかもね。ならやるからには徹底的にやらせてもらうよ。異世界召喚は夢の一つでもあったからな」



 凱亜も銀河の意見に賛同する。しかし先生の意見は違う。

 先生は生徒を守る事が役目でもある。

 急に世界を救う。それは戦うと言う事でもあるのだ。先生である彼女はその意見に従う事は出来なかったのだ。



「待ってください!勝手に戦う事を決めないで下さい!私の生徒に戦えって言うんですか?そんな一方的な考えを押し付ける何て最低です。私の生徒を戦いには参加させません!早く私達を元の世界に戻して下さい!」



 女子生徒が「まぁまぁ」と肩を叩くが、先生はそれを押しのけて反論を続ける。

 それに対して老神官は悲しそうな表情を見せる。



「申し訳ありませんが、戻る事は出来ません…『世界転移魔法』は現在存在しているか分からない魔法です。他の世界から召喚する『召喚魔法』はまだ使えるのですが…………なので今は戻る事は出来ません。しかしいずれかはこの世界転移魔法を使える様にして貴方達が暮らしていた世界に戻れる様にします。きっとそう遠い事でも無いでしょう。安心してください」



「そ…そうなんですか…分かりました。少し感情的になってすみません。少し気は引けますが、特別に許可します。でも!私の生徒を死なせる無茶はしないと約束して下さい!絶対にです!」



 この言葉に生徒思いだと分かる言葉を挟んでいたと凱亜は思っていた。


 優しく何処か誰かを思い続ける言葉に聞こえる。さっきまで針が刺さった様な耳から少し針が抜け落ちた感じがする。



「わ、分かりました。生徒様を死なせる様な事はしないと神に誓ってお守りしたします………では皆さん、戦いに出向く前に一つ受け取って貰う物があります」



 さっきまで慌てていた顔が急に険しい顔になった。

 すると後ろから何人もの牧師が出てきた。全員何か箱?らしき物を手に抱えていた。しかし箱の大きさはあまり大きくはない。



「開けてもらえるかな?」



 神官の言葉と同時に箱が開き、中身を曝けだす。


 そこにはクレジットカードの様な手の掌ぐらいの大きさの四角形のカードの様な物が何個も入っていた。


 ここでクレジットカードをプレゼント?的な展開ははっきり言って嬉しくない。

 しかしそれはただのプラスチックのカードとは違うカードだった。



「これは『職業カード』と言う物です。これは貴方達冒険者、そして勇者としての身分証みたいな物です。ここにはレベル、職業の他に全六個のステータスが表示されます。それがこの職業カードと言う物です」



 いかにもゲームで出てきそうなアイテムだった。こんな物生きる中でお目にかかる何て無いと思っていたが、まさか見る事が出来るとは意外だった。



「皆さんには貴方達の能力で決められる職業があります。貴方達は上級の人間なので、職業は必ず何か得られると思います。ステータスも恐らく、高いと思われます」



 言われるがまま職業カードを渡される凱亜達。すると直ぐに銀河が自分の職業を発表する。



「天野銀河職業は『勇者』です!」



『天野銀河』

 職業―勇者



「まさか!勇者が来たのか!?これなら魔王討伐の日も近いか…」



「勇者と言う分類の中で本当の職業の『勇者』が現れるとは、これは凄い!」



「まさか、まさかこんな事が………!」



 周りからは歓喜の声が聞こえる。凱亜も確認しようとすると後ろから達哉が絡んで来た。後ろから首に腕を回して、逃げられない様にしている風に見える。



「お前、職業何だったんだ?見せろよ!ちなみに俺は『軽装兵士』だ。早く見せろ!』



 職業カードを取られてしまった。そのまま達哉が大声で凱亜の事を暴露してしまった。必死で取り返そうとするが、手が届かない。周りの人間は不信な笑いながら立っている。



「えっーと。『不知火凱亜』職業…何だこれ?職業の部分が黒く塗り潰されてる。これって……無職って事!?キモッ!」



不知火凱亜しらぬいがいあ

 職業▄▄

 



 周りからは笑いが絶えない。職業無しって、他のラノベでもあんま無いぞ。


 神官も悲しそうな表情を浮かべる。



「職業の所が黒色…職業は無しか…」



「凱亜、お前ニートかよ(笑)」



 銀河にも鼻で笑われた。美亜はそれを止めようと前に出ようとするが数の暴力と言うもので足が震えてロボットの様に固まっていた。


 しかし職業カードを取った凱亜の目にはまた違うものが見えてくる。



「でも、まるで何か出てきそうな感じですけど?」



 その言葉にさっきまで悲しそうな顔をしていた神官が目を丸くする。



「ほぅ…確かに、一理ありますな。今まで、職業部分が黒塗りだった者の話は数回程聞いた事があります、まだ無職業であると決めつけるのは早いか……」



 神官は安心と、少しだけの期待の目を凱亜に向ける。


 しかし、そんな神官とは対照的に達哉が神官に無責任な言葉を投げる。



「神官さん。こんな奴役に立たないよ。さっさとこの国から追放…」



 達哉が神官に向かって言った。追放されるのか?と、ふと思った。しかし別に追放されても良かった。こんな奴の顔を拝まなくて済むのも悪くない。



「そんな事言わないで!同じクラスの仲間をそんな風に言わないでよ!」



 とうとう我慢出来なくなり、美亜が叫んだ。

 周りの視線が一気に僕と美亜に集まる。


 あえて僕は何も言わずにその場に裾に手を入れたまま虚ろな目で突っ立っていた。別に僕は困っていない。


 そんな事言ってだなんて頼んでもいなかった。



「美亜、今は感情的になるのはやめよう。凱亜君色々ごめんね」



 美亜の親友である『平田静流』が苦笑いしながら美亜を連れて少し彼らと距離を置く。その光景に凱亜の表情は何一つ変わらなかった。



 そしてまた神官が話し出す。凱亜は半分聞いていないかったが…




「では、明日から六日間の間貴方達には自分達の能力を引き出してもらいます。剣の使い方や魔法の学び方等を学んでもらいます。何をするかは自由なので貴方達で決めてください。では今日はもう解散です、今から専用の宿舎に移ってもらうので」



 すると一人の神父が宿舎まで案内してくれた。




 しばらく歩いていると宿舎が見えた。ホテルみたいに豪華そうではなかったが普通に生活はしていける場所だった。

 ここでずっとタダで住めるのは嬉しい限りだった。まぁ召喚された者だから普通かもしれなかった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 その後、一通り風呂や食堂の場所を教えられて、凱亜も自分専用の部屋に案内された。

 全て個室で中には机と椅子、ベッドもあった。


 ベッドでしか寝た事の無い僕には良い待遇だ。



 すると凱亜はずっと椅子に座り、石の様に固まっていた。

 この世界で魔王を討つ、それに何の意味があるのだろう??話し合いじゃダメなのか?


 しかしもう戦いが始まっている事を考えたら話し合いでの解決は現段階では難しいと思ってしまう。



「クソ!何も思い付かない。一体今からどうすれば良いんだ?どうやって戦えば良いんだ?」



 凱亜は職業の部分が黒く塗りつぶされている為、自分の職業が分からない。

 普通に戦士とか魔術師とか武道家とか分かりやすくて戦える職業なら良かったのに、職業がないんじゃどうしようもない。



 これでは情けなく戦力外だ。



 凱亜は頭が真っ白になり頭を掻き回す。

 しかし頭を掻き回しても考えられるのは虐殺、破壊、等と言った無謀で危険な事ばかりだった。



 馬鹿みたいに机に額を押し付ける。何か考える度に反吐が出る。

 なので気分転換する為に銃構造説明本を再び取り出して閲覧を始める。


 これを読んでいる間は僕は自分だけの世界に居る。

 銃を使うのは楽しい。いつ銃を見てもワクワクが止まらない。



「やっぱカッコイイな、銃って」



 頭の中で自分が好きな銃を持って無双する姿を想像するのはいつぶりだっただろうか?

 最高に楽しい時間だった。



 しばらく頭の中で無双してしまい、完全に少年に戻っていた。

 すると扉をノックする音が聞こえる。



「ヴェ!?誰?」



 緊急で妄想世界から脱出した凱亜は少し冷や汗を垂らしながらも椅子に座り込んだ。



「凱亜。今いい?」



「美亜?どうしたこんな遅くに」



 扉を開けると部屋の目の前に美亜が立っていた。服装は前の世界で来ていた制服で、可愛らしい表情をしている。美亜は恋愛な感じのつもりはないみたいなのだが………


 しかし周りから見ればこれは単純に恋愛現場だ。高校生の男女が自身の個室の前に立つなんて…この後大変な事が起きる様にしか見えない。



「ちょっと話したい事があるの」



「…分かった。入ってくれ」



 場のノリで美亜を部屋に入れてしまった。

 取り敢えず予備の椅子に凱亜は座り、美亜は元から部屋にあった椅子に座った。


 別にお茶とかはないので普通に椅子に座って雑談だ。

 美亜は少し不安そうな表情で凱亜を見つめている。



「明日からの訓練。私上手く出来るかな?皆の足を引っ張ってしまうのかな?」



「それは僕が言う事だと思うよ。美亜の職業は妖術師ソーサラー何だから魔法の特訓でもしておけば良いと思うよ。これが僕の今に出来る最大のアドバイスだよ。て言うか絶対僕の方が足でまといだよ」



「そうよね。物事をやる前から悩んでててもしょうが無いよね。私が馬鹿だったみたい。後凱亜、自虐はやめよう。凱亜の悪い癖なんだから」



「すいません…」



 自虐は凱亜の昔からの癖だ。自分の事を悪く言ったり、自分で自分を傷付けたりなどしてしまった時もあった。


 美亜には止める様に言われていたが、止められない時もあった。


 そして自分なりに結構いい助言を差し伸べる事が出来たと思う。美亜の笑顔が綺麗な花の様に見える。

 その景色は美しかった。



「で?他に用はあるのか?」



「いや、これだけだよ。後最後に…」



「…え!?」



 美亜が顔を耳の近くに近づけてきた。美亜の綺麗な唇が凱亜の耳に当たりそうになり、鎧亜の耳が熱くなる。



「お願い、死なないで…」



 それだけ言って美亜は頬を真っ赤にして部屋を出て行ってしまった。

 他にも何か言いたい顔をしていたが、凱亜が声をかける前に美亜は部屋から消えていた。



「美亜…」



 それ以上考えても何も思い付かない。仕方無く凱亜はベッドに寝転がった。しかし頭のモヤモヤが消えない。


 まだこの世界に来た自覚が無い。

 はっきり言って何で僕達が戦うのかさっぱりだ。



「やっぱダメだ。考える分無駄だ…今は自分の力を上げよう。明日からの訓練に備えて今日はもう寝よう」



 凱亜はそのまま目を閉じて深い眠りについた。






 訓練一日目


 まずは魔法の訓練を受ける事にした。


 しかし全くと言っていい程上手く出来なかった。皆が数回で撃ち出した魔法も凱亜は一時間経っても撃ち出す事は出来なかった。



「凱亜ダッサ!まだ魔法も使えねーのかよ。この無才能!」



「そうだぞ!無才能。何か出来るならやって見せろ!犬の芸とかな!ハハハ!」



「使えない奴はここに来るな!役立たず!」



 達哉率いる虐めメンバーに悪口を言われまくられた挙句……

 講師に「魔法の適性は無いね。魔法とは無縁の所で訓練しなさい」と言われてしまい、一日目から屈辱と情けなさに浸り醜態を晒す羽目になってしまった。


 


 その日は食事も喉を通らないぐらい落ち込んでしまった。

 花が咲いても一瞬で枯れる様に…


 食事もろくに摂らずにベッドに倒れ込む。



「やっぱ僕。ダメだな…」




 枕に顔を埋めてめちゃくちゃ悲しい気持ちで眠ってしまった…

 その日の夜は泣きたくなった。






「凱亜…上手くやってるかな?」



「美亜。凱亜君なら大丈夫だよ。きっと上手くやってるよ。って言うか、美亜って凱亜の事、よく気にするよね?」



「う、うるさいわね!心配なだけよ!」



 凱亜の事が美亜は心配で仕方無かった。上手く出来ているのか、他者に皮肉を言われていないか心配で仕方無い美亜を静流が慰める。



「それなら良いんだけど…」



「美亜。どんな事があっても、凱亜君が何かしても、それでも彼を信じるんでょ?なら彼を信じてあげよう」



「そうだね静流。どんな時も凱亜を信じるって決めたのは私なんだから!」



 何とか元気を取り戻せた美亜に静流は微笑みを見せる。

 そして2人は互いの部屋にやや早足で戻って行った。






 訓練二日目




 夜。ベッドに転がる凱亜。銃の構造説明本を暇潰しに読んでいた。 暇潰しには適しているし、銃についても学ぶ事が出来る。


 今日は特に何も無くて静かに眠る事が出来た。






 訓練三~四日目


 三日目は特に何も無かった。


 動く気にもなれなかったし、何かする気にもなれなかった。


 所詮何かやった所で無駄なのだ。僕は無能、何の取り柄もないモブなんだ。




 しかし四日目、少しばかりではあるが嬉しい出来事があった。


 暇潰しにこっそり街を歩いていた時の出来事であった。



 ◇◇



 時間は昼過ぎ、場所は街の一角。



 凱亜は特にやる事もなく、普通に街を闊歩していた。


 街中は相変わらず、強い賑わいを見せている。僕の心とはまるで大違いだな。



 物を売っている人や世間話をして盛り上がっている人等、探せばキリがないぐらいだ。



 しかし人はまるで雑兵の様な程にいる。


 一々気にしている程、暇では無かった。



 僕は探検気分で来ているのだ、興味なんて無い……。



「あ、あの落としましたよ」



 凱亜は視線を地面の方に向ける。そこには一枚のハンカチの様な布が落ちていた。



 そして自分の前には歩いている人がいる。



 凱亜は徐に地面に落ちてしまった布を手に取ると、前を歩いていた女性を呼び止めた。



「あ、すいません!ありがとうございます!」



 どうやら、合っていた様だ。



 声的に女性だろうか、高い声だった。



 だが僕はその女性の顔を見る事はしなかった。顔を合わせるなんて事、したくなかった。



 服はまるで巫女の様なデザインの服だった様な気がするが、気にしない。



 どうせすぐに忘れる事だ。



 まぁ、お礼を言われたのは少し嬉しかったけど。



 そして顔を合わせる事なく、女性は凱亜に会釈をしてその場から去っていった。



 訓練五日目


 この日は弓矢を練習する事にした。


 弓は撃った事は無いが、ボウガンなら使った事はある。それぐらいは出来ると思って、思い切ってこの訓練を受ける事にした。




 だが、弓はボウガンの完全劣化版なので使い心地も全く違った。弓は矢なども自分で調整してセットしなければならない。


 ゲームでよく見るボウガンやバリスタの様にはいかなかった。


 そのお陰か予想よりも圧倒的に酷い結果になってしまった。


 この時凱亜は「僕に使えるのは銃だけなのかな?」と思っていたが、この世界で銃を作るのは異世界の雰囲気をぶち壊す事になると思うのであえて作る事はしなかった。



 しかし自分から銃を取り上げてしまったら空っぽの箱の様に何も残らない。



 その為に何か出来る事をするしか無かったが、自分に出来る事何て何も無かった事実を叩き付けられた時の気持ちは辛く、悔しさが立ち込めて来た。



 その日は何もする気は無かった。どうせ自分何て何も出来ない役立たず。

 他人の荷物を持つ事ぐらいしか今の自分に出来る事が見つからなかった。







 訓練六日目



 この日は訓練ではなく、ダンジョン攻略のパーティーを決める日だった。


 当然だが、銀河は勇者なので彼がこの勇者チーム(全体)リーダーとなり、同じパーティーになりたがる輩が群がっていた。



 凱亜にはまるで餌に集まる蟻の様に見えた。

 一人の人間に大きな蟻が何匹も何十匹も何万匹も群がり、食らっている様に…



「凱亜!誰も仲間いねーなら俺達がパーティー組んでやるよ!有難く思え!」



 後ろから『坂見達哉』が肩に手を掛けてきた。

 最初は何か企んでる様な顔をしている事がバレバレだったが、ここで断ればソロでダンジョンに行く羽目になり、能力も全然発揮出来ないのでここは達哉に賛同する事にした。


 逆に賛同しなかったら、こちらの不注意で死ぬ可能性もあるからだ。



「分かった。今回だけは共に戦うよ」



「あんがとな…」



 その後凱亜達は訓練所の広場に行く指示が出たのでその広場に行く事になった。そこには召喚初日に出会った神官が立っていた。


 後ろには強者の風格を漂わせる騎士と言わんばかりの鎧を着た大柄の男が腕を組んで立っていた。



「皆さん。訓練は上手く出来ましたか?明日からは実戦を行います。ですが貴方達だけで実戦は厳しいと思います。なのでこの国の強い騎士を連れてまいりました。貴方達は彼らと一緒にダンジョンを攻略してもらいます。では自己紹介をお願いします」



「私の名は『アルバン・イクセ』今回君達のダンジョン攻略を手助けする者だ。分からん事は何でも聞いてくれて構わん。後、私の事は『団長』とでも呼んでくれ。では明日にまた会おう」


 手短な紹介をして、すぐにその場から姿を消してしまった。

 非常に淡白な自己紹介だった。








 すぐにその場から解散されられた凱亜達も、仕方なく自室に戻る事にした。



 帰る間際に美亜に話し掛けられた。



「凱亜。明日は私とはチーム組まないのね…」



「ごめん。僕は達哉達と組む事になったんだ。美亜は銀河達のハーレムチームに入れられたんだろ?無理矢理に。またこれが終わったら話そう。じゃあ」



 今は逃げる様にその場を去る事にした。


 風の様に素早く、消えてしまう様に……




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 翌日


 先生達は訓練に耐えられない四人と共に遠方に疎開したと聞いた。神官は彼女達を追う事はしなかった。


 神官は逃げるも一つの手だと言い、追っ手を出す事はなかった。


 無理に戦う必要は無いと思った。しかし達哉達はそれを小馬鹿にして、まるで弱虫の様に貶す言葉を発していた。


 戦うか戦わないかを選ぶのは個人の自由だ。それを何故馬鹿にするのか分からなかった。

 逃げたければ逃げればいい。自分だって逃げたい時は何度も嫌な事から逃げていた。

 しかし今はその事を気にする暇がなかった。


 小物だと思った。

 そんな事を言う奴の方が弱虫。

 弱い人間…所詮はただの弱者だと凱亜心の中で思い続けていた。




 そしてダンジョンの入口に辿り着いた。


 最初にチームを発表する事になった。




 第一チーム

『天野銀河』職業―勇者

『関原美亜』職業―妖術師

『河下比奈田ひなた』職業―弓使い

『平田静流』職業―治癒士

『石嶺万里花まりか』職業―剣士


 第二チーム

『岩下真太郎』職業―重格闘家

裂罅れっか悠介』職業―暗殺者

『田村咲』職業―調合師

『相川雫』職業―召喚士


 第三チーム

『坂見達哉』職業―軽装兵士

『佐藤仁』職業―魔術師

『小杉悠真』職業―修復技師

『不知火凱亜』職業―▅▅




 話の最中、立ちっぱなしで疲れたが、この後更にこの国の王である人物に会いに行かなければいけない事になり、更に歩く事になってしまった。


 城の前にはとても大きな扉がそびえ立っていた。


 ゲームとかでもよく見た光景だ。最初、始まりの場所で良く見ていた場面だった。

 大体、こう言う場面では王様が何か言う場面だ。



 すると豪華な椅子に座っていた老いた王が立ち上がった。凱亜の予想は当たっていた。



「勇者諸君!今この世界は魔族との戦争で滅びかけてしまっている!今ここから君達の伝説が始まっていくのだ。魔族を殺し、モンスターを倒して経験を積んで、この世界をこの国を救ってくれ!王の頼みだ、頼んだぞ!」



(あ~演技感半端ねぇ。完全に魔族は悪だと、信じ込ませてきているな。ゲームじゃ魔族だって仲間に出来るのに…)



 周りからは「魔族を滅ぼせ!」「我々人間に勝利を!」等と聞こえてきた。


 何故だろうか、凱亜には周りの人間は完全に洗脳されている様に聞こえる。「これが洗脳教育と言う奴なのか?」と思ってしまった。

 どうも何か引っかかってしまう。




 ◇◇




 凱亜達はダンジョンの前に辿り着いた。


 今回のダンジョンはこの国でも難易度が高いダンジョンらしい。

 ダンジョンの最下層ぐらいまで行くと、大型のドラゴンや多の魔法の適正を持ったゴーレム。毒や炎を使うマンティコアもいるらしい。


 しかしそんな所に行くのは当分先の話なので、今は気にする必要は無いと思っていた。



「それではダンジョンに突入する。チームのメンバーとはぐれない様に気を付ける事。モンスターに苦戦した時は近くのチームに助けを求める等の行動を起こす様に。もしもそれを怠れば…死ぬぞ」



 その言葉に足が少し震える。


 死んだらそこで終わり、もう何も出来ない。


 銃をまた握る事も出来ない。


 死ぬ様な事は絶対にしないと心に刻んだ。





 そしてダンジョンに突入した。

 第三チームの凱亜達は後ろを見るだけと言う、雑用の様な事をやる事になった。


 しかし不満を言う事は無い。自分には能力なんてほぼ無いのだ。持っている物は支給された護身用のナイフとそれなりに物の入るリュックだけなのだ。


 役立たずに私的に持つ物等存在しない。




 ◇◇




「神の刃よ…来たれ!」


 ゲームとかでもある詠唱を使う魔法を使う銀河。美亜や達哉も魔法を使っていた。


「氷よ!」


「風よ!」


 達哉も後ろの見張りながらもそれなりに活躍は出来ていた。美亜は魔法を自由自在に使いこなしていた。空を舞う鳥の様に自由に楽しそうに戦っていた。


 なのに自分は何もしていなかった。地べたを這うミミズの様に、空を自由に舞う鳥とは全く違った。


 ただ周りにある素材やドロップアイテムを拾う事しか出来なかった。






 自分には何も出来ない。魔法や武器を使う才能も無い。そんな自分が情けなくて仕方無かった。



「まぁ凱亜。そんなに落ち込むなよ」



 前から来ていたのに気が付かなかった。


 悠介が前に立っていた。かなり影の薄い奴でクラスに居る事を分かっていない時もあった。他にも日陰と同化して姿が視認出来ない事もある。


 職業もこんな彼らしい「暗殺者」だった。でも誰かを慰める事をする事もあった。



 実際元の世界に居た時も何度か話をした人物でもあった。

 そして家で共にゲームをしていた時もある。鎧亜と数少ない面識がある人物でもある。



「悠介。別に僕は…」



「顔で分かるよ。俺の顔は見えないけど他人の顔で気持ちを察する事は得意だからな」

 


 低い声で呟く様に言っていた。その感じで言われても少しだけ説得力がないが……


 凱亜も後ろの髪は整えてるけど首より少し下。前髪も目の前にあるぐらい伸びているが悠介は凱亜よりももう少し長かった。

 クラスで髪をショートカットにしている比奈田さんよりも髪が長い。



「ま、何かあったら言えよ。困った時はお互い様だ」



「すまないな悠介…何かあったら……すぐに言うよ」



「我慢は良くねぇぞ。じゃ、俺は行くからな。また後で会おうぜ!」



 そう言ったらすぐに悠介の姿は影に溶け込む様に消えてしまっていた。凱亜は悠介に対して手だけ振っていた。

 



 ◇◇




「あれ…皆?」



 悠介と話している内に達哉達の姿は無く、薄暗いダンジョンの道に一人立っていた。もしかしたらモンスターが待ち伏せをしているかもしれないと思うと背中に寒気が走る。


 周りからも何かと戦っている音は何一つ聞こえない。静寂な空間だが、その空間には見えない恐怖が走る。


 ただ静寂と暗闇が凱亜の目と耳に入り込む。近くにあるのは彼らが置いていってしまった荷物だけだった。



「てか…達哉達自分の荷物置いていってるじゃないか。戦いに夢中で忘れたのか?仕方無い、どうせ荷物持ちだから持っていってやるか」



 荷物運びである凱亜は達哉、仁、悠真の持ち物を持って歩き出した。


 所詮約立たずの僕にはこれぐらいしかやれる事はない。



 しかしどれだけ探しても誰も見つからない。

 もしかしたらもう帰ってしまったのかもしれないと思う。


 虐められている僕は誰かに置き去りにされる事もあると思った。置き去りにされた?

 冗談でもやめてほしい。


 少しの不満をブツブツと呟きながら、自分の勘を信じて通った道を辿って行った。





 何時間かぐらい歩いたか分からない内に最初に入ってきたダンジョンの入口を見つけた。


 扉を肩を使って開けた。両手は塞がっていたからだ。


 空には綺麗な夕日の様な光が輝いていた。突然と目に入る光に咄嗟に手で顔を覆った。


 荷物が重く感じながらも再度集合する予定の城に凱亜は一人で向かった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 元の世界で好きだったロックな音楽を口ずさみながら、城の前に辿り着いた。


 



 すると勝手に扉が音を立てて開いた。何だ?歓迎でもしてくれるのか?

 荷物運びお疲れ様ってみたいな感じで?



 



 そこで彼はこの世界は歌の様には優しく、美しいものでは無いと実感する事になった。

 歓迎でもない。誰も凄いともお疲れ様とも言ってはくれなかった。



 ◇◇



 そこには剣、槍を構えた兵士達。こちらを睨みつける達哉達。美亜の体を腕で隠す銀河。


 まるで親でも殺されたかの様な程の怒りの表情を浮かべる王が居た。



 何があったのか分からなかったが次の言葉に凱亜の全身は震え上がった。しかしこの後何を言われるかは何となく察してしまった。




「不知火凱亜!貴様を…勇者の名を剥奪し、この城及び勇者パーティーから完全に追放する!」







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