餅配りの親子
列車内には私以外にも、10人か20人くらいの傷痍軍人が乗っているようだった。そこに幼い少年と父親が今日も乗ってきた。少年は綿入れで、父親は国民服姿だった。二人はリュックを背負っていた。そうやって、一週間に一度乗ってくる。
それから二人は決まって、リュックからいっぱいに詰めた餅を取り出して一つずつ乗客に配っていく。彼らはどうも、と会釈する傷痍軍人達に決まって笑いかけた。それは仕事で作る笑顔とは違って、無垢で、心からの幸せの笑顔であるように見えた。
前の人から順々に配っていって、私のところにもやってきた。
「どうぞ」
少年が餅を差し出した。私は相当酷い顔になってしまって、子供からすれば恐ろしいだろうに、彼は物怖じしなかった。
「私は……怖くないか?」
「こわくないよ」
「酷い顔だろう」
「いたそう。でも、お母ちゃんとみっちゃんはもっとかわいそうだったの。こわくないよ」
「そうかい」
「うん。じゃあね」
屈託のない笑顔を見せて次の列に行こうと身体を向きなおした。そこに私は「少年」と声を掛けた。
「なあに?」
「ええと、その、餅、ありがとう」
「うん」
「お金を貰ってやっているのか」
失礼な質問であるとは分かっていたが、つい、口をついて出た。きっと無意識に皮肉を言ったのだろうと思う。
子供に向かって大人げない。幼稚な。
そうは思ったが、長い間戦ってきたんだから、という何だかわざとらしくて悪い心持ちになっていた。
そんな私に、少年は嫌な顔一つせず、むしろ喜色満面で「ちがうよ」と答えた。
「損なことを。売ったらどうだ」
「売らないよ。お父ちゃんがお仕事してるからいいの」
「生活は苦しくないのか」
「分かんないけど、でも、買うのは大変って分かってるから」
得意気に言って、他の人に配りに行ってしまった。
買うのは大変。
確かにそうだ。でも、それをひとに言って自分のものを分け与えられる者など、今の時代にいくらいようか。彼らも貧しい思いをしてきたろう。今だってきっとそうだ。大して働けなくなった我々に見返りは望めない。それは明々白々であるというのに。与えないことは悪ではないのに。物乞いに施さなかったところで誰も責めやしない。皆苦しんでいるからだ。なのに、あの親子は何と無垢なのか。
あの親子の純粋な笑顔を見ると、涙が溢れて仕方がなかった。
終
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