北の星

 父ちゃんは、母ちゃんと出会う前、シベリアで働かされてたらしい。父ちゃんが何かの時に教えてくれたけど、それ以上のことは教えてくれたことがない。だから母ちゃんに訊いてみたことがある。

「父ちゃんは中国さ行っでたか?だがらソ連さ捕まった?」

「多分なぁ。ンだども、そっだらこと直接訊いたら駄目だべよ?」

「分がってら―」

 でもほんとは分かってない。ソ連は父ちゃんを連れてって、酷いことをした悪い奴だ。それっくらいしか知らない。ソ連は今でもミサイルがどうだとか言ってるし、映画やアニメで見る東?左?はいつも敵役だし。何だかよく分からない国だ。


 父ちゃんは休みの日はよく、縁側に出て本を読んでる。ロシアの作家の本らしいけど僕は読まない。本は文字ばっかりで苦手だから。

 僕は休みの日は、母ちゃんのお手伝いだ。僕は母ちゃんに頼まれて洗濯物を取り込みに庭に出た。ここから、縁側で呑気に今日もナントカフスキーって何か強そうな名前の人の本を読んでる父ちゃんが見える。

 大人はいいなあ。休みの日にお手伝いも宿題もしなくて良くて。

 そうやって思いながら父ちゃんを観察してると、たまぁに歌を口ずさみ始める。聞いたこともない歌。

「Нет её прекрасней,Из-за тучи звёздочка видна……」

 よく聞いたら日本語じゃなかった。

「父ちゃーん、それ何って歌ぁ?」

 話し掛けたら、ぽやーって顔でコッチ向いて、ちょっと首傾げた。

「歌ァ?」

「今なんが歌っでたべ」

「あーそうかぁ。確かに歌ってたかもしんねなぁ」

「何だそれ」

 ちゃんと取り合ってくれなくてちょっとムッとした。でも父ちゃんはそのまままた本を読みだした。ちょっとすると歌の続きを気持ち良さそうに口ずさみ出した。

「何だァ!答えでけろ!」

 そうやって怒ってみたけど、父ちゃんはにやついて真面目に聞かない。

「はっはっはっは」

「笑ってねえで!」

「はっはっは、よし、今日は星でも見に山さ行ってみるか」


                             終

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