第155話:レイ

とある休日の昼頃、俺の自室にて。

「レイ。落ち着いて聞いてほしい」

「う、うん」

「俺と婚約してくれ」

「……私でいいの?」


「レイがいいんだ」

「本当?」

「ああ」

「喜んで!!!」

といい、天使は俺に抱き着いてきた。

今日は最高の日である。涎が止まらん。


ヌルリと婚約が成立してしまったことには、一つ理由がある。最近は屋敷内でレイと会った時に必ず婚約についての相談を持ち出しているのだが、毎度『まだ心の準備が……』と言い、顔を赤くしてどこかに飛んで行ってしまうので、今回は自室に連れ込んでから申し込んだ。犯罪者と同じやり口なのはご愛嬌。


ちなみに両親や陛下には、あらかじめ話を通してある。あとはレイからの了承をもらうだけだったので、ちょっと一安心だ。もしかしたら『アル兄様なんて絶対嫌!!!もう話しかけないで!!!』とか、『実は他に好きな人ができちゃって』とか言われたら、お兄ちゃんは冗談抜きで本当に死んでいたと思うので、よかった。


一応この後、両親と陛下、あと兄貴には直接通話でもう一度報告させてもらおう。発表がいつになるのかは、まだわからない。そこは父ちゃん達が上手く調整してくれるだろうから、心配は不要だ。


(クンクンクン……女神は今日もグッドスメルと……)


「ん?お兄様どうかした?」

「いや、なんでもないぞ。そういえば、あの二年の公爵家長男は、あれから何か嫌がらせをしてきたりしてないか?」

「おかげさまで大丈夫だよ!でも……」

「でも?」


「今週、一年のSS-1クラスと、二年のSS-1クラスで合同実技演習があって……」

「あ~。確か授業参観の日だっけか」

「そうそう」

合同実技演習とはその名の通り、一年と二年が合同で魔法又は剣術の実技訓練を受ける講義だ。これは年に複数回行われ、今回は偶然授業参観の日と被ったのだ。


レイに詳しく話を聞いたところ、あのウジ虫君は身の程を弁えず、前回も前々回も一対一の模擬戦を申し込んできたらしい。もちろん、すべてレイに瞬殺された。お前如きがうちの神童に勝てるはずがないだろうに。


俺の嫁にネチネチ手を出しやがって……。

生徒会の権限を乱用して、奴の動向は常に探っていたつもりだが、まさか授業中にちょっかいを掛けていたとは、それは盲点だった。

もっと聞き込み調査を強化せねば(主にレイへの)。


「それだけならその都度、正々堂々と試合を受ければいいだけの話なんだけど、噂によると、今週の演習にはエルモンド公爵様が顔を出すらしくて……」

「なんだそりゃ。どう考えても何か企んでるだろ、あのウジ虫」


まずあいつはプライドの塊のような男だ。俺を“アルテ君”呼ばわりするほどにな。

ウジ虫君はどうせ今回もレイに挑んでくるだろう。それはまぁ一億歩譲っていい。一応授業のルール内におさまる行為だからな。


問題はここからだ。

そんな高慢ちきな野郎が、己がフルボッコにされるであろう講義に、わざわざ公爵家当主である父を呼ぶだろうか。いや、呼ぶはずがない。当主に足を運ばせるのであれば、己が活躍できる場を用意した上で、何かアクションを起こすだろう。


例えば小細工を使って、“帝王祭準優勝者であるレイ”との模擬戦に勝利し、父を含めた他貴族の当主等に己の実力(嘘)を見せつけ、その流れのまま、その場で婚約を申し込む、とかな。


婚約するためには、相手からも好かれなければならない、という大前提をすっ飛ばし、婚約のための口実を必死に作ろうとしているところが、ウジ虫君らしいよな。形から入るタイプのダメな例だ。

いや、もしかしたらレイに勝てば、レイが自分の事を好きになるとでも考えているのかもしれんな。まったく……これだから馬鹿は……。


本来であれば来年の帝王祭までとっておくものだが、現在俺がハーフエルフだということが周知の事実となり、変態シスコンから純愛マンにグレードアップしたため、彼も焦っているのだろう(※変態という自覚あり)。


「ようやく帝龍祭やら奈落やらの用事が片付き、レイと婚約できたのに、よくわからん奴に水を差されるのだけは御免だ。帝龍祭の前にきちんと申し込み、発表するべきだった。すまん、レイ」

「私も照れちゃって、ずっと逃げてたから、兄様一人の問題じゃないよ!」

「そう言ってもらえると助かる。やっぱ優しいな、レイは」


と言うと、レイは満面の笑みで再び抱きついてきた。

「アル兄様!!!大好き!!!」

「ああ、俺もだ」


今回の授業参観、少し本気を出そうか。

俺の……いや、アインズベルクの本気をな。

俺はレイをなでなでしながら、暫く策を考えることにした。


「クンクン……スゥーハァー…」




帝国四大公爵家の一つであるエルモンド公爵家の当主が、帝立魔法騎士学園の授業参観に足を運ぶらしいという噂が流れる、一週間ほど前。


「必ずや試合で結果を示し、彼女を振り向かせ、婚約を決定させてみせます。ですから父上、ぜひ授業参観に来てください!!!」

「ふむ……ネロよ。婚約に向けて動いていること自体は、当主として非常に好ましく思うのだが、いかんせん相手が悪い。お前はあの話を知らんのか?」


「彼女が、血が繋がっていない兄と相思相愛であり、またその婚約もほど近いという話でしょうか」

「ああ。彼は常に多忙なため、未だ婚約に踏み切れていないだけで、落ち着けばすぐに発表される可能性が高いぞ」


「だからその前に、動かなければならないのです!!!アインズベルクと仲が深まるということは、間接的に皇族やランパード、そして……悔しいですが“閃光”との繋がりができるということですよ!?さすれば我らがエルモンドに、安泰が訪れるでしょう!!!」


「お前は閃光から彼女を奪って尚、繋がりを持てると考えているのか?」

「そ、それは……何とかしてみせます……私はエルモンド公爵家の長男ですから」

「……」


エルモンド公爵は大きく溜息を吐いた。

「はぁ……仕方がない、授業参観には足を運んでやろう。だが、いいか?取り返しのつかない事態になる前に、必ず手を引くのだぞ?」

「はい!!!」

(よし、これで彼女を手に入れる手筈が全て整った……!)


言うまでもないが、エルモンド公爵は子煩悩なことで有名だ。今までは公爵家の力でどんなワガママも叶えてきた。しかし今回は、そういう相手ではない。次元が違う。公爵もそれくらい重々承知だ。だから何度もネロを止めた。だが止めきれなかった。


愛しいわが子であれば、きっと何かを起こしてくれると、信じてしまった。


この判断が吉と出るか、凶と出るか。

それは誰にもわからない。



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