第153話:エクスの一日

季節は秋に差し掛かり、肌寒くなってきた頃。

アインズベルク公爵家が所有する広大な敷地内には、以前アルテを主軸に造設した露天風呂が存在する。


とある日の早朝、本来であれば誰もいないはずの時間帯なのだが、今日は一頭の黒馬が湯につかりながらボーっとしていた。


「ブルル……」

アルテの相棒、エクスである。


少々時間を遡り、彼の生い立ちを説明しよう。


まずエクスは今から約六年前、バルクッド近郊のテール草原という場所で生まれた。親はDランクのブラックホースだが、エクスはその上位種であるBランクのバイコーンとして生を受け、そのまま群れの一員となった。


魔物の世界では、稀に変異個体が生まれることがあり、エクスはその一例に過ぎない……いや、“過ぎないはずであった”。


続けよう。

エクスがまだ仔馬の時、彼の群れは運悪く、魔の森からやってきたSランクのヴァンパイアベアという魔物に目を付けられてしまった。群れは負けじと戦ったが、DランクがSランクに敵うはずもなく、一瞬で両親を含む群れの仲間は殺されてしまった。もちろん自身もボロボロになるまで戦ったが、相手からすれば、蚊以下の存在だったであろう。


ヴァンパイアベアがエクスを捕食しようと、大きく口を開けた、その瞬間。


大軍が大地を踏みしめる音が聞こえた。

アインズベルク侯爵家擁する、黒龍騎士団が駆けつけたのだ。


敵の狙いは、小さな仔馬から騎士団へと完全にうつり、軍の方へ突進して行った。しかし、すでにエクスは歩くことすらままならない状態。地に伏せながら、目の前で繰り広げられる戦いを、その霞んだ目でただただ眺めることしかできなかった。


黒龍騎士団はSランク魔物に苦戦を強いられ、半壊状態に陥った。エクスも騎士達も諦めかけた、その時。


一筋の閃光が戦場を駆け抜け、ヴァンパイアベアの大きな頭が地面に落ちた。


エクスは目を疑った。

生まれて初めて、“本物の強者”を目にした。

これが人間。これが戦士。これが世界。


するとその眩い光は、ゆっくりとこちらに近づいてきた。なんとか仲間の遺体を守ろうと、ボロボロの身体を引きずり、前に躍り出た。


そして、予想外のひと言が発せられた。


「お前、俺と一緒にこい」


エクスは差し伸べられた手を取った。


この後、群れの仲間を埋葬してもらい、アインズベルクの新たな一員として生きていくこととなった。


またその後、アルテと共になんやかんや大暴れし、なんだかんだ進化し、今はSSランクのグルファクシとして、公爵家を支えているわけである。



ボーっと風呂につかっていると……。

「やっぱここにいたか」

「ブルルル」

「朝風呂は身体に良いと聞いたことがあるから、寒い日は積極的に湯に浸かってくれ。ちなみにダイエットにも効く」

「ブルル……」


「今日はアホ親父と一緒に、帝国軍の会議に参加する予定だから、朝から晩まで自由にしてくれ。まぁいつもとほぼ一緒か」

「ブルル」

「じゃあ、行ってくる」


アルテは去り際に。

「あと今日の朝食は竜肉のステーキらしいぞ」

「!?」


駿王は全身から湯気を立てながら、大地を駆け抜けた。



「エクス!シエルと一緒に遊ぼー!」

「ギャオ!!!」


「エクス~。一緒に狩りへ行きましょ~」

「チュッ」

「ブルブル」


「おお、エクスじゃねぇか!相変わらずカッコいいな!」

「エクスは我らが黒龍騎士団のシンボルだからね!」

「テール草原の戦いが懐かしいぜ!」


「エクスちゃん!暇ならこれを運ぶの手伝って!重くて一人だと大変でさぁ」

「おい、エクス。さっき試作料理作ったんだ。ちょっと味見していきな」

「エクス君。珍しい果物の種が手に入ったから、果樹園の端に穴を掘ってくれないかい?」


「あら、エクスじゃないの。そろそろ鬣が伸びてきたわねぇ。今が収穫時ってやつかしら。うふふふ」


エクスは今日も充実した一日を送ったのであった。


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