第146話:風のように
少しだけ休憩した後、俺とエクスは十七階層へ。
そこから十九階層までは特に面白いモノは無かった。
また二十階層のボスはCランクのクレイジーバッファローだった。
クレイジーバッファローは冒険者達から“狂牛”と呼ばれている、かなりレアな魔物だ。
カナン大帝国にはおらず、大陸の東側にしか生息していない。
もちろんこれは魔物大全典に載っていた情報だ。
コイツはマジでイカれており、俺とエクスを見た瞬間に、なぜかブチ切れて襲い掛かって来た。
狂牛の主な攻撃手段は突進である。
というかそれしかできないフィジカルゴリ押しの脳筋牛だ。
Cランク魔物にしては珍しく身体強化を覚えており、その巨体を生かした突進は木をも薙ぎ倒すと言われている。
またその引き締まった肉は非常に美味であり、上流階級において高値で取引されているのだ。
要するにお土産確定という事である。
目をバキバキにしながら突進してきたので、ひょいと避けた後、エクスが後ろ蹴りを炸裂させた。
お土産はダンジョンの壁に叩きつけられ、そのまま倒れた。
あっけないが、これがCランクの狂牛とSSランクの“馬王”の差である。
エクスの〈雷〉にあてられ、身体の表面が若干焦げている。
二十階層に香ばしい匂いが立ち込めた。
そして俺はエクスの口から一滴の涎が零れ落ちるのを見逃さなかった。
「今食べたらまた太るぞ」
「ブルル……」
非常に心苦しいが、これもエクスのためである。
お土産を丸ごとマジックバッグに放り込んだ。
「そういえば、俺達の目に留まるような鉱石は無かったな」
「ブルルル」
しいて言えば、鉱石に擬態する変な虫を回収したくらいだな。
あとでドワーフのおっちゃんに見せに行こうか。
なんて会話しながら二十一階層へ。
二十一階層は溶岩が流れる灼熱階層だと聞いていたのだが……。
微かな光すら存在しない、暗闇階層だった。
「真っ暗だな」
ダンジョン内部の環境は時間を掛けて変化していく。
ギルドが持っていた情報はかなり古いモノだったので、これは仕方のない話である。
挑む冒険者が少ないということは、それに比例して仕入れる情報も少ないということなのだ。
これも高ランクダンジョンあるあるだな。
ざっと見渡す限り、この階層には夜行性の魔物や、洞窟性の魔物が生息している。
皆急に光で照らされ、『えぇ……』みたいな表情で困惑している。
「なんか申し訳ない」
「ブルル」
彼等は明るい場所では何もできない。
陸に打ち上がった魚同然である。
気まずい雰囲気の中、二人で道の真ん中をスーッと通る。
気性の荒い魔物がいれば襲い掛かってくるだろうが、この階層は大人しい魔物ばかりのようだ。
さらに申し訳ない気持ちになる。
特にバトルも発生しないので、少し説明させてくれ。
今回の目的は元第一皇女スカーレットの病気を治すことだ。
治療には龍薬と呼ばれる最高級ポーションが必要になる。
俺とエクスは調合に不足している素材を集めに来たわけだな。
その素材とはSランク魔物の心臓と、SSランク魔物の眼球である。
前者に関しては俺以外でもどうにかなりそうだが、SSランク魔物の眼球は俺とエクスじゃないと採取できないだろう。
地龍の眼球は“絢爛の光芒”で消滅させてしまったし、海龍の眼は魔眼なので素材にできない。
念のため言っておくが、勿体ないから素材にしないのではなく、魔眼に含まれている魔力が多すぎてアウトらしい。
というわけで現在SSランクダンジョン“奈落の洞窟”を風のように駆け抜けている。
ギルドに登録されている最高到達層は八十階層なので、どこまで下に続いているのかは不明。
百階層かも知れないし、二百階層かもしれない。
途中で全素材を確保できたら転移で帰還しても良いのだが、魔眼のように『この素材じゃ無理っすね』とか言われたら元も子もないので、一応最後まで攻略しようと考えている。
ダンジョンの最終ボスは奈落(たぶん)。
同ランクであるアヴァロンの塔のボスがアヴァロンで、ベヒモスの砂漠のボスがベヒモスなので、恐らく間違ってはいないだろう。
奈落の洞窟と言う名を付けたのは古代人だからな。
「エクス。八十階層から下には魔宝箱や新種の魔物がわんさかいるかもしれない」
「ブルルル」
「ああ。急ごう」
余談だが、古代人が残した魔導具はアーティファクトと呼ばれている。
古代龍の卵や悪魔の古本も激アツだったが、そろそろ古代の叡智を手に収めたい。
「エクスは何が欲しい?」
「ブルルル」
「それも良いな」
確かに古代の果物をゲットすれば、種を取り出し、果樹園で育てられるかも知れん。
別にエクスは食い意地を張っているわけではない(と思いたい)。
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