第1巻発売記念SS

書籍化記念SS①:大渓谷戦線

約十八年前まで時を遡る。

バルクッドから数十キロ離れた場所にある大渓谷の入り口にて。

「お前達!!!絶対奴等を通すんじゃないぞ!!!」

「「「「「はっ!」」」」」


カナン大帝国はアルメリア連邦に攻められていた。

最近近衛騎士を辞職したカイン・フォン・アインズベルクは、今回侯爵家の当主としてこの戦争に参加していた。


カインの実の父である前当主は数年前に起きた戦争で命を落とし、実の母はその後を追うように持病で亡くなった。

そのため妻であるアリアに実家を任せ、カインは自ら前線に立ち指揮を執っているのだ。


「カイン様!徐々に押し込まれています!」

「落ち着け。まだ大丈夫だ」


連邦軍の兵力は五万だが、帝国軍の兵力は四万。

内訳は侯爵軍三万+帝都軍一万である。

敵は宣戦布告も無しに攻めて来たので、これが精一杯だった。


カインは背負っていた大剣を抜いた。

太陽光が刃に反射し、ギラギラと兵士達を照らす。

「出るぞ。黒龍騎士団」

「「「「「はっ!!!」」」」」

「フローレンス、援護を頼む」

「了解です。我等白龍魔法師団にお任せを」


最前線では兵士達がぶつかり合い常に血飛沫が舞っている。

斬られては死に、また魔法が被弾して死んでいく。

まさに死屍累々の地獄と化していた。


「もう無理だ……」

「援軍はまだなのか!?」

「敵の勢いが凄すぎる」

「おい。また押し込まれているぞ」


と、その時。最前線に援軍が到着した。

「あの漆黒の鎧は……黒龍騎士団か!」

「最強の騎士団が来てくれた」

「これならイケるぞ!」


先頭でそれを率いるのはもちろん……。

「カイン様だ」

「御当主様が自ら率いておられるのか!?」

「なんという御方だろうか」


帝国軍のボルテージがジリジリと上がっていく。

これから大将自ら先頭で戦うのだから当たり前である。


カインは大剣を掲げ、敵軍の方へ向けた。

「突撃!!!命を燃やせぇぇぇぇ!!!!!」

「「「「「ウォォォォォォォォ!!!!!」」」」」

士気が一気に爆発した。


「蹴散らせぇ!!!」

「カイン様の道を開けぬかぁ!この下郎共がぁ!」

「絶対に主の邪魔をさせるな!」


敵は帝国軍の迫力に震え慄いた。

戦場ではその一瞬の怯えが命取りになる。

「ひ、ひぃぃぃ」

「なんだコイツら、急に!」

「前線が崩壊したぞ!立て直せ!」

「もう無理だ。帝国軍の大将がすぐそこまで来ている!」


連邦軍の大将は苦虫を噛み潰したような顔で命令を下した。

「くそっ。後退だ!!!一度連邦まで戻るぞ……!」

(もう兵士共が使い物にならん。このまま戦い続ければジワジワ削られていき、いつか負けてしまう。アインズベルク侯爵め……)


帝国軍は連邦軍を追いかけ、最後尾を叩き続けた。

そして勝利を収めた。


その夜。

カインは大将専用の天幕から出て、直接兵士達を称えていた。

「よくやったな。お前達」

「いえいえ。全て大将のおかげですよ」

「ふむ。謙虚心は大事だが、今だけは捨て置け。たまには己を誇ってもいい」


カインは一人の中年兵士が赤子を抱えて歩いているのに気が付いた。

「おい、お前。その赤ん坊はなんだ?」

「連邦軍の物資運搬用馬車を調べていた時、中からこの子が出てきまして。今どうしようかと考えていたところです」

「なるほど。連邦側で捨てられたんだろうな」

「はい。馬車に隠せば遠い場所で誰かが拾ってくれると考えたのでしょう。可哀そうに」


二人は柔らかい毛布に包まれた赤子を覗き込んだ。

「この世界では珍しい黒髪黒目の子ですな」

「ああ。俺と一緒だ」

「可愛らしく、また美しいお顔です」


赤子はやれやれと言ったような表情で鼻を鳴らした。

「フンっ」

「……生意気だな、コイツ」

「中々肝が据わっていますね」

二人は苦笑いをした。


「どうしたものか」

「引き取り先が無ければ私がこのまま軍を引退し、一人で育てようと考えております」

「ふむ……。じゃあうちに来い。これも何かのめぐり合わせだ」

「と言われますと?」


「俺の養子にする。だからお前も付いて来い。専属執事として支えてやってくれ」

「私如きが、かのアインズベルク家にお世話になる時が来るとは……了解致しました」

「お前の名は?」

「ケイルでございます」


「この子の名はどういたしましょう」

「ケイルが名付けてやってくれ」

「御夫人様に叱られてしまうのでは?」

「俺は怒られ慣れているから大丈夫だ」


ケイルは毛布に描かれた「調停者アルテス」を見た。

アルテスとは世界のバランスを保ち、また希望を齎すと言い伝えられている空想上の人物である。

「……ではアルテと」


赤子は『キャッキャッ』と可愛らしく……では無く『まぁそれでいいわ』みたいな顔で二人を眺めている。

「良い名じゃないか。本人も一応気に入っているようだしな。よし、では先にバルクッドへ向かってくれ」

「了解致しました」


カインは諸々を記した書簡を渡し、バルクッドへ帰らせた。


数日後、アインズベルク侯爵邸にて。

「ほらロイド。この子が弟のアルテよ~」

「キャッキャッ!」

「フンっ」


この生意気なクソガキが今作の主人公である。




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