第112話:無人島へ出発
帝立魔法騎士学園の敷地内には広場がある。
また校舎を含む様々な施設は、この広場を囲むように聳えている。学内を移動する際は基本的にここを通る設計なので、生徒や教員の往来が激しい。部活動は休日にも行われるので、土日も人々で賑わっている。
その広場の中心にはシンボルとなる噴水があり、生徒たちの告白の場としても有名である。
土曜日の午前。珍しいことに、噴水の周りには人気が無かった。
人気が無いというよりは、生徒や教員が意図的にそこを避けているように見える。
理由は明白だ。なぜなら不審人物&不審魔物が、噴水の側でゴロゴロしているからである。
その不審人物が誰かなど言うまでも無いだろう。
二年前、連邦の襲撃から生徒を守ったと思えば、最近龍王国の王子を半殺しにしてしまった、学園に迷惑を掛けているのか掛けていないのかイマイチよくわからない冒険者。
龍王国から火龍の卵を強奪し、レイ(天使)にプレゼントしようとひっそり企む、世界立派なお兄ちゃんランキング第一位に君臨しているお兄こと、俺である。
その横に堂々と寝そべっている不審魔物に関しても、特に説明は必要ないだろう。
最近母ちゃんやレイのショッピングに同伴する度に、屋台グルメをおねだりし、屋敷に帰った後も果樹園の果物や夕食を腹が膨れるほど爆食いする。
俺との冒険者活動でダイエットを試みるも、日々食う量が増すばかり。
皆に甘やかされ幸せ太りした結果、最近ついに自分のお腹周りを気にし始めた健気な黒馬。
彼の名はエクス。一応伝説のSランク魔物、深淵馬(ぽっちゃり体型)である。
俺はエクスの腹を指でツンツンしながら慰める。
「こっちの方が家族(特にレイと母ちゃん)に人気なわけだし、別にそこまで気にしなくてもいいんじゃないか?」
「ブルル……」
「そりゃ前の方がスリムだったけど、今の姿も割とカッコいいぞ。Sランクの威厳も失ってない」
「ブルルル」
「まぁな。でもそれは家族である俺達だから違いに気付けたわけであって、他人が見たら普通にイケてるスレイプニルだ」
「ブルル」
「ダイエットにはいくらでも付き合うから、そんなに凹むなよ。また母ちゃんに鬣剃られるぞ?」
「!?」
エクスがいるだけで死ぬほど目立つのに、冒険者の格好をした俺も一緒にいることで、さらに注目を浴びる。もう慣れたけどな。
「アルテ様よ!今日は冒険者の装備をしているわ、激レアね!」
「美しいですわ……。是非この光景を目に焼き付けなくては」
「珍しく深淵馬も連れているわ。なんて凛々しいのかしら」
「俺初めて見た!かっけぇ!」
「最近では世界最強どころか、歴史上最強とまで言われているらしい」
「襲撃者を一掃した《光》魔法、やばかったもんなぁ」
「シスコンってこと以外は完璧ですよね」
「非の打ちどころがないとは、まさにこの事だよな。シスコンは例外として」
俺はエクスの鬣をワシワシしながら再び口を開いた。
「ほら。凛々しいとか、カッコいいとか言われてるぞ。良かったな」
「ブルルル」
エクスの腹に背を預け、ボーっとしていたら、いつの間にか俺は両の目を閉じていた。
「……ルテ」
「ん?」
「アルテ!さっさと起きなさいよ、この寝坊助!」
「ああ、なんだリリーか」
「『なんだ』って何よ!ぶっ飛ばすわよ、あんた!」
眠い目を擦りつつ辺りを見渡すと、エドワード、オリビア、ルーカス、ブリトラ、ヘルの五人も揃っていた。
俺は徐に呟く。
「一人目が到着した時点で起こしてくれればよかったのに」
するとブリトラが視線をエクスに移して言った。
「だって、怖えんだもん。俺Sランクモンスター生で見たの初めてだし」
「魔王国にはわんさか魔物がいるんじゃなかったのか?」
「それは事実だけどよ。Sランクなんて、うちの国でも高ランク冒険者が一生で一度見るか見ないかってレベルだぜ?ちなみにC~Aランクはうじゃうじゃいるからな、勘違いするんじゃねえぞ?」
「要するに雑魚が多いってことか」
「Cランク以上は全部化け物だわ!」
ブリトラが怒っているのは別にいいとして、ヘルの視線が何故かエクスに釘付けになっている。エクスから気まずい雰囲気が漂ってくる。
「ヘル、どうしたんだ?」
ヘルがモジモジしながら、頬を赤く染めた。
「なんと言いますか、そのぉ……。エクス君、可愛らしいですね///」
「だってよ、エクス」
「ブルル……」
「撫でさせてもらっても?」
「って言ってるけど、どうする?」
「ブルルル」
「いいってよ」
「これは私の時代が到来したと言っても過言ではありませんね」
「何言ってんだお前」
ヘルは興奮して意味不明な事を呟きつつ、エクスに近付き鬣をそっと撫でた。
「ほっ……。なんという手触りなのでしょう。とても良い子な上に、可愛いなんて」
エクスは満更でもない様子。それよりもヘルの背で揺れる白い翼を、珍しそうに眺めている。
ブリトラは普通にビビっている。
「か、噛まないのか?」
「念のため言っておくが、エクスはお前よりもよっぽど賢いぞ。あまりSランクモンスターを舐めない方がいい。ちなみにSSランクの龍なんて、頭が良いどころの話じゃないからな。知能は生物として超越していると言ってもいい」
「えっ。それマジ?」
「ああ。実際俺は二回戦ったことがあるからな。この世界の誰よりも奴等を理解している。いや、撤回しよう。さすがに魔物研究家のノーマン博士の次に、だな」
「経験者は語るってやつか……。ぐぅの音も出ねえわ」
「今度SSランクダンジョンに連れて行ってやるよ」
「普通に死ぬわ!」
「もちろんお前は囮兼餌役な、ブリブリ君」
「やめろって!そのあだ名、最近少しずつ広まってるんだからな!誰かさんのせいで!」
「エドワードは最低だ。な、エクス」
「ブルルル」
「僕のせい!?」
俺達は一旦、アインズベルク公爵家別邸へ向かう。
そこでセレナと合流する予定だ。もちろんムーたんとカミラ付き。
合流後転移でオストルフまで行き、オストルフからは戦艦で無人島へ向かう。
実は数日前に陛下から正式な依頼が来たため、兄貴に戦艦を貸してもらえることになった。まぁ依頼が来なくても絶対貸してくれるだろうけどな。
「エクスちゃんに乗りたいです」
「だってよ、エクス」
「ブルル」
「ダメらしい」
「まだ私の時代は到来していなかったようですね……」
いつの間にかエクスを“ちゃん”呼びしている。
昨日まで『魔王国は魔物が多い野蛮な国』的な事を言っていた彼女が、ここまで魔物に心を開くとは驚きである。
オリビアがそっと呟いた。
「エクスのお腹、歩くたびにタプタプ揺れて可愛いわね」
「!?」
エクスはハッとした。ウケる。
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