第107話:転生者の影

オストルフの街並みを楽しみながら歩いていると、随分と懐かしい匂いが漂ってきた。

「ん?この匂いはまさか……」


香りの元はここから結構離れている。

風向きを考慮すると恐らく屋台通りの方だな。

「言ってみるか」

美食家(自称)である、この俺の嗅覚は誤魔化せん。いつも食いしん坊馬と一緒に鍛えているからな。


三百メートル程進み、目的の屋台に到着。

「おっちゃん、これ一つ」

「まいどありィ!ちょっと待ってな、あんちゃん」

「おう」


素直に待機していると、おっちゃんが話しかけて来た。

「あんちゃん、これ初めてか?」

「ああ。オストルフでは最近流行っているのか?」

「ここで売り始めたのは、丁度一ヶ月くらい前だな。まだ全然名前が広がってねェもんでよ、誰も頼まねェんだ。こんなにウメェのにな」

「そうか」


一分も経たない内に完成し渡された。ちなみに会計は最初に済ませている。

「俺特製、海鮮お好み焼きだ!熱いから気ィ付けてな!」

「おう。ありがと」


新鮮な海の幸がドッサリと入っているお好み焼きを豪快に頬張る。

「ハフハフ」

「ほら、熱いって言ったろ!ガハハ」


ソースやマヨネーズは元からこの世界に流通しているので、もちろんタップリとかかっている。一口頬張れば、鰹節・青のりの風味と海鮮出汁の濃い旨味が舌の上で暴れまわる。それはまるで海龍の如く。

キャベツのシャキシャキした食感に、甲殻類のプリプリとした身質がマッチしてたまらない。

全部完璧である。豚肉を使ったお好み焼きも好きだが、俺はどちらかと言えば海鮮派だからピンポイントだ。ナイスおっちゃん。


俺は最後の一口をゴクリと呑み込み、口を開いた。

「おっちゃん。これ材料の分、全部売ってくれ」

「えっ。まさかあんちゃん、御貴族様なのか?格好的に、冒険者だと思っていたんだが……」

「ちょっぴり資金に余裕のある、美食家兼冒険者だ」

「そうだったのか。無粋な事聞いちまって悪かったな!あと材料には拘ってるからよ、随分とお高くなっちまうぜ?」

「全然大丈夫だ」

「わかったぜ!とりあえず作るからよ。お会計は最後にしてくれ」

「おう」


おっちゃんは熱い鉄板を相手に格闘している。鉄ヘラを駆使する二刀流剣士の様だ。

「なぁ、おっちゃん。お好み焼きは誰から教わったんだ?」


おっちゃんは溜息を吐きながら語った。

「丁度二ヵ月くらい前、美食家を名乗る嬢ちゃんからレシピを買ったんだ。そん時、他にもレシピを色々と紹介してくれたんだが、どれも聞いたことねェ料理ばっかでな。お好み焼きのレシピしか買わなかったんだよ。こんな事なら、全部買っときゃァ良かったぜ」


「なるほど。ちなみにそいつは外から来た奴だったか?」

「いや、あれは生粋のオストルフっ子だと思うぜ。服装・日焼け具合・訛り・顔つきの全てが地元特有のモンだったからなァ」


ここにきて新たな転生者の影が見えた。しかもアインズベルク領であるオストルフで。

この都市に刺身を広めた奴も、ワンチャンそいつだったりしてな。


それにしても……。

「服装と訛りはまだしも、日焼け具合と顔つきまで見るなんて少しキモいな、おっちゃんは」

「うるせェやい!客の観察は商売人としての癖なんだ、しょうがねェだろ!」

「本音は?」

「嬢ちゃんが可愛かったもんで、つい細かく観察しちまった」

「うわ。きっしょ」


俺たちは暫く雑談を続けた。

マジでどうでもいいが、おっちゃんはツンデレ女子が好きらしい。いい歳してるくせに。


数十分後。

「じゃあな、おっちゃん。くれぐれも捕まるなよ」

「やかましいわ!まいどありィ!」


懐かしの海鮮お好み焼きに大いに舌鼓を打った後、無事お土産分も購入し、俺は屋台通りを去った。


再び大通りに出て、アインズベルク公爵海軍本部へ向かう。てか海軍本部って響きがいいよな。前世で好きだった漫画を思い出す。


「……」

オストルフに転生者がいることは薄々気付いていたが、ここまでガッツリと前世の情報を開示しているとは思わなかった。レシピの公開くらいであれば全然問題は無いがな。

転生者本人も儲かるし、この世界に美味い料理が広まるので一石二鳥である。商魂逞しく、これからも是非続けて欲しいものだ。

俺と同じ美食家(自称)を名乗っているらしいしな。


どうせ三・四百年後には前世の文明レベルに追いつくのだ。

いや、移動に関してはこちらの方が優れているか。転移があるからな。


そこでふと思った。

「魔法があれば、月にも移住できるのでは?」


この世界では地球の核(中心部分)から魔力という名のエネルギーが溢れ出している。俺達は空気や水、食料に含まれるそれを摂取後、魔臓に貯蓄し、魔法やら何やらに昇華している。

月も同じ仕組みであれば、恐らく移住できるな。


逆に言えば、太陽光を魔力に変換できる俺は余裕で月に移住できる。セレナも《影》の覚醒者だからいけるな。これにはムーたんもニッコリ。


なんて、クソどうでもいい事を考えながら進んでいると、ようやく目的地が見えて来た。

「あれが巨大戦艦ヨルムンガンドの造船所なのだが……。やっぱりか」

この様子では作業が全く進んでいないみたいだな。

あの海龍の素材を扱うのだ。手こずるのも無理はない。


到着後、職人達がすぐ俺に気付いた。

「アルテ様!?」

「おいおめえら!アルテ様がお見えになったぞ!」

「なにぃ!集え集え!」

「お前ら江戸っ子かよ」


江戸っ子達曰く、素材の大きさ調整に時間が掛かっているらしいので……。

「【星斬り】。出番だぞ」








「旦那。お好み焼きの匂いがしますぜ」

「さっき、キモいおっちゃんが商う屋台で買ったんだ」

「それたぶん、わっしの兄貴っすね」

「お前の女子の好みは?」

「ツンデレっ子に目が無いっす」

「……本当のようだな」

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