第102話:レイの入学式②
「貴様が井の中の蛙だということを教えてやる」
俺は妹の入学式に出席するため、久しぶりに学園へ足を運んだ。
だが、龍王国第一王子の【ジークフリート・ノア・ドラゴニア】とやらに目を付けられてしまった。
今日は俺がこの世界に転生してから、一番大事な日と言っても過言ではない。そんな記念日に、どこぞの王子なんかとドンパチやるわけにはいかないのである。
ちなみに現在、俺達はジークフリート御一行に道を塞がれている状態だ。ブチ切れ必至な状況だが、感情を優先して行動してしまえば、きっとレイの立派なお兄ちゃん像が崩れてしまう。それだけは避けなければならない。
俺は熟考の末、冷静に口を開いた。
「明日なら、相手をしてやらんことも無い」
これが最大の譲歩である。
すると相手の取り巻き達が、一斉に煽り始める。
「第一王子殿下に恐れをなしたな……」
「噂に聞く【閃光】とやらも、その程度か」
「殿下。やはり人間など、我ら龍人族と比べるまでも無いのでは?」
ジークフリートもどうやら上機嫌な様子。
「まぁまぁ、お前達。それは初めからわかっていた事ではないか」
そして、ふと俺の隣にいるレイに視線を移し、ニヤリと口の端を吊り上げる。
「我が勝利した暁には、その女を妾にしてやろうぞ。貴様の妹なのか、はたまた許嫁なのかは知らんが、ありがたく思うがいい」
「……」
「おい、どうした?」
「近くに広場がある。そこで相手をしてやるから、ついてこい」
声を荒げ、ブチ切れなかった自分を褒めてやりたい気分だ。レイを含めた友人達が気まずそうにこちらを見ている。俺は友人に気を使わせてしまうことがあまり好きではない。だが今回ばかりは許してくれ。こう見えて腸がマグマのように煮え滾っているんだ。
俺達はあれから無言のまま広場へ向かい、数分後に到着した。
「レイ。粗暴なお兄ちゃんは嫌いか?」
「そ、粗暴なアル兄様かぁ。うーん、それはそれでアリかも……ブツブツ」
「そうか」
それはそれでアリらしい。良かった。
レイのスカートのポケットからチー君が顔を出し、ジークフリートに飛び掛ろうとしているが、それを片手で制す。ここは俺に任せてくれ。
ルーカスが耳打ちをしてきた。
「おいアルテ。お前の気持ちは痛い程理解できるけど、流石に殺しちゃダメだぞ?国際問題に発展しちまうからな」
「ああ。この間せっかく戦争を終わらせたのに、再び龍王国と戦火を交えるのは御免だからな。最低限の線引きはするつもりだ」
「それが聞けて良かったぜ」
広場の周りには、何故か沢山のギャラリーが集まっていた。俺は見世物になるのが嫌いなのだが、ジークフリートの痴態を晒せると思えば、プラスマイナスゼロだな。
広場の真ん中で、俺と王子は向き合う。
「ルールは?」
「先ほどは黙って見過ごしてやったが、第一王子の我に対し、少々言葉遣いがなっていないのではないか?たかが公爵家次男の分際で」
そうだそうだ!と取り巻き連中から野次が飛ぶ。
俺は一応【龍紋】を持っているので、発言権が陛下と同等なのだが、彼らは別大陸から来た留学生なので、まだそれを知らないらしい。
今回の戦争でカナン大帝国はエルドレア大陸のトップにまで上り詰めた。また複数の属国・同盟国を抱えており、もはやこの大陸で敵対している国は存在しないと言える。
要するにうちの皇帝陛下は、大陸を統べる覇者なわけである。
もう一度言おう。俺は“その皇帝陛下”と同等の発言権を持っている。そんな俺に喧嘩を吹っかけて来た時点で、コイツは負けなのだ。
そのため、このカスを殺さないにしても、ちょっとやり過ぎるくらいなら全然問題は無いのである。
「ルールは?」
「ふん、まぁいい。貴様には龍王国のルールに従ってもらう。魔法、武器、従魔など何でもアリの勝負で、どちらかが降参すれば終了だ。勝利の対価として、我はあの女をもらい受けるが貴様はどうする?」
実は、対価は初めから決めている。
「最近、龍王国が面白いモノを手に入れたと聞いた」
「まさか……。火龍の卵の事を言っているのではなかろうな?」
数日前、帝都の冒険者ギルドに顔を出したのだが、これはその時偶然耳にした。どうやって手に入れたのかまでは不明。俺の予想では、SSランクダンジョンから回収した可能性が一番高いと思う。
もし巣から盗んだ場合、親火龍が暴れ狂って大変な事になるからな。
まぁそもそも盗めないだろう。皆も知っている通り、龍という生物はそんなに甘くないのである。
「そう、それだ。俺が勝ったらそれを貰う。どうせ次期国王であるお前のペットにでもする気なんだろ?」
「貴様、本気か?」
「当たり前だろう。まさか、今更怖気ついたのか?」
そらそうなるわな。
龍王国が“国の象徴である龍”の卵を手に入れた時は、全国民総出で喜び、国中がお祭り騒ぎになったらしい。大戦力になる火龍が超奇跡的にノーリスクで自国のモノになるのだから、そうなるのも至極当然の話。
俺はそれをよこせと言っているのである。
ここで俺は満を持して、アイテムバッグから件のアレを出した。王子ならば、きっと知っているだろうアレを。
ジークフリートは両目を見開き、驚愕した。
「そ、それは……【龍紋】だと!?」
「そうだ」
ようやく気付いたらしい。
この戦いがすでに、学生同士の遊びなどという範疇を軽く跳び越えてしまっていることに。
王国の第一王子と帝国の皇帝陛下の約束は、国同士の条約に等しいのである。それがたとえ軽い口約束であったとしても、だ。
王子の額に冷や汗が垂れる。
「くっ……」
俺はニッコリと微笑む。
「てなわけで、そろそろ始めようか。国同士の威信を賭けた戦いを」
え、火龍の卵をどうするのかって?
もちろんレイにプレゼントするに決まっているだろう。
この調子で、お兄ちゃん大好きポイントをどんどん貯めていこう。
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