第97話:神話の戦い、再び

 ≪遠隔操作≫の覚醒者と神聖騎士団長が海に沈んでから、約一時間後。

フレイヤさん率いる帝国大艦隊は、ほぼすべての敵兵を殲滅し、また敵艦も奪取していた。ハイジャックならぬシージャックである。


フレイヤさんは思う存分ストレス発散できたようで、ホクホク顔で部下の報告を聞いていた。だが、良い報告ばかりではなかった。


「閣下、申し訳ありません。数隻逃しました」


「しょうがないわ~。恐らくあの艦隊は、戦いの雲行きが怪しくなった時点で、撤退しろと命令されていたのよ~」


そう。海上戦の結果を公にする時、『全滅』と『敗走』では大分意味が変わってくる。それは主に、教皇国と同盟国の国民達の、今後のモチベーションに関わるのだ。

前世の第二次世界大戦の時も、戦争が終了するまでは、なるべくポジティブな事しか国民に伝えないという国がほとんどだった。それと一緒である。


戦争に向かった六百隻のうち、一隻でも帰還すれば『敗北』ではなく『撤退』扱いになるって訳だな。


俺は魔導大砲に腰を掛けながら呟く。


「さっさと諦めりゃ良いのに」


「僕も同意見だよ。この戦争が長引けば長引くほど、苦しいのはあちら側なのに。ねぇ、オーロラ」


「はい。次は一般市民に徴兵でもさせるつもりなのでしょう」


と教皇国の文句を言っていると、『光探知』に何かが引っかかった。その時タイミング良く、フレイヤさんがこちらへ歩いてきた。


「アルテちゃ~ん。今逃げているあの艦隊、魔法で沈めて欲しいのだけれど~」


俺は徐に立ち上がり、魔導砲台の上から件の艦隊の方をジッと凝視した。


「その必要は無さそうですよ。フレイヤさん」


「?」


それを聞いたフレイヤさんは、首をコテンと傾げた。

また、もう一人のSSランク冒険者もやってきた。


「おい、【閃光】よ。お主も感じたかの?」


「おう。バッチリ感じたぞ」


瞬間、一キロ先の海上に数本の水柱が上がり、撤退途中の艦隊が全て破壊された。


「「海龍だ(じゃ)」」


流石のフレイヤさんも冷や汗を垂らし、その光景を見つめる。それもその筈。実力者なら、あのSSランク魔物の放つ闘気をビシビシと感じるだろうからな。


「いけるか?エリザ」


「たぶん無理じゃな」


「その心は?」


「アイツは普段、深海に住んでいるのであろう?であれば、氷に対する耐性が非常に高いと推測できるからじゃ」


「あ~。なるほど」


水温一度~二度の超低温の深海で己の体温を保ちつつ、あの巨体を動かすことは簡単ではない。圧力だって地上の数百倍~千倍くらいはある。

そんな世界に、数百年以上住んでいるのだ、あの龍は。

氷耐性どころか、通常の防御力だって異常だろう。自分で言うのも何だが、数多の高ランク魔物を屠ってきた俺でさえ、まったく想像がつかない程の強さ。


龍という生物は下手な人間なんかよりも、よっぽど賢いことで有名である。その龍が同種の素材で造られた、この巨大戦艦に興味を持たない筈がない。

要するに、まず初めに狙ってくるのは……。


海龍は海面から顔を出し、口を大きく開く。

そしてこの戦艦に狙いを定め、龍の十八番である特大ブレスを放ってきた。


【天叢雲剣】


俺も巨大な閃光剣を顕現させ、放つ。

二つの膨大な魔力がぶつかり合い、海上で大爆発が起きた。風と波が押し寄せ、戦艦が大きく揺れる。


ランパードの海兵達は生唾を呑み、甲板はシーンと静まり返った。

そんな絶望ムードが漂う中、俺は艦首に飛び乗り、口を開く。


「ここからは冒険者の仕事だ。後は任せろ」


「戦艦は我が護ってやるから、背中を気にせずに戦ってよいぞ」


「わかった。『光鎧』」


俺は光を身に纏い、リヴァイアサンから飛び降りる。

エドワードが柵から身を乗り出すと、他の海兵達も真似をして俺の後ろ姿を見守った。


「やっぱ頼もしいね。うちのSSランク冒険者達は……」


「ええ。まったくです」



海上を走りつつ、チラリと後ろを振り返ると、リヴァイアサン以外の軍艦が撤退していた。さすがはフレイヤさんだ。状況をよく理解している。。


海龍はリヴァイアサンを狙っている。そのため、万が一俺がやられた場合、あそこに留まっておくことで、囮として若干時間を稼ぐことができるのだ。

でもぶっちゃけ邪魔だから、さっさと退避して欲しい。


海龍は俺が猛スピードで接近していることに気が付き、数百の水球を飛ばしてきた。水球と言っても、その一つ一つが家よりも大きい。もちろん魔法で生成しているので、威力も大きさに比例する。


『光速思考』を駆使し、ギリギリで回避しながら海上を駆ける。しかし量が量なので、さすがの俺も躱しきれない。


「出番だぞ【星斬り】」


星斬りを抜刀し、構える。そして真っ二つに斬った。


星斬りは『魔剣』である。それは魔法を斬ることが可能な剣。

先ほども述べたが、この水球は魔法なのだ。もっと詳しく言うと、水に濃い魔力が含まれているので、星斬りなら余裕で斬れる。


全身の感覚を研ぎ澄まし、丁寧に一球ずつ回避、又は両断しながら進む。

接近するにつれて、海龍の全貌が見えてきた。


「でっけぇな、おい」


以前戦ったタイラント(地龍)が大体二百メートルくらいだったが、海龍はその倍以上はある。実力も倍以上だろうな。実質SSSランク。

地龍を小さな星と再現するのであれば、海龍はもはや星そのものである。ヨルムンガンドとでも名付けようか。


急に話を変えるが、最近の敵は全員弱くて戦闘が全く楽しくなかった。一番強敵だった≪音≫の覚醒者でさえ、結構手加減した挙句圧勝した。


それに比べ、ヨルムンガンドは終焉級の魔法を放ってもピンピンしている。過去最も苦戦した地龍の倍は強い上に、フィールドもこちらが不利。

しかもコイツはリヴァイアサンに興味津々で、俺の事をあまり意識していない。目線を見ればわかる。生意気にも程があるだろう。


俺は水球を踏み台にし、空高く跳び上がった。

右手をギュッと握りしめ、『光速思考』を最大限に起動する。手の中心に、ありったけの【閃光】の魔力を凝縮。超高濃度の魔力が嵐のように暴れまわり、ガンマ線に変換される。


目をカッと見開き、腰を捻る。

全身のパワーを右腕に集約し、思いっきり振りぬいた。


【超新星拳(スーパーノヴァ)】


ドォォォォォォォォォォン


「グォォォォォォォォォ!!!!!」


拳はヨルムンガンドの頭に命中し、悲鳴と共に凄まじい音が世界に響き渡った。

衝撃でゴゴゴゴと星全体が揺れる。

ダウンバーストが巻き起こり、俺を中心に巨大な竜巻が形成された。また雨と雷が大量に降り注ぎ、静かだった海域は地獄と化した。


痛みで藻掻きながら海中へ沈んでいく海龍を見つめながら、呟く。


「俺だって、あれ(地龍戦)から少しは成長してる」


正真正銘、世界最高の戦いが幕を開けた。





余談だが、この戦いは後にラグナロクと呼ばれる。


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