【閑話】

第68話:レイと特訓

ある日俺は澄み渡る蒼穹の下で光合成という名の日向ぼっこをしていた。


「眩しい...」


「ブルル」


非常に心地よいので、片手で太陽光を遮りながら昼寝をすることにした。現在の季節は秋。バルクッドにはもう少しで雪が降り始めるので、貴重な晴天日を見逃すわけにはいかないのだ。


「...様」


「アル兄様!」


「ん?なんだ天使か...」


片手を下ろして目を開くと、そこには天使がいた。俺はどうやら眠っているうちに天国へ来てしまったらしい。未だに天使の声が聞こえるが、それを気にせずもう一度目を閉じた。

暫く経ってから、肩を揺さぶられた。


「起きてアル兄様、そろそろ起きないと夜寝れなくなっちゃうよ?」


「おお、レイか。そうだな」


一度立ち上がり、足に付いた砂や葉っぱを落とした。なぜかレイがジーっとこちらを見ている。どうしてだろう。


「ねぇねぇ兄様、これから暇?」


「暇だな」


「じゃあ魔法の練習に付き合って!」


「いいぞ」


「やったー!!!」


当たり前だが、基本俺は可愛い妹からの願いを断るようなことはしない。レイにお願いされれば国の一つや二つ取ってきてやる(当たり前)。なので魔法の練習くらいなら飽きるまで付き合ってやろうじゃないか。いや、お手伝いさせてください。


というわけで、俺とレイは暇そうにしているエクスを連れてアインズベルク公爵軍の訓練場に向かった。

ルンルンとスキップをしているレイを見ながら俺は考える。

最近よく魔法の練習に付き合うのだが、魔力操作は俺よりレイの方がスムーズで上手い。その上レイは全属性の魔法が扱えるが、俺は属性魔法が一切使えないのだ。ぶっちゃけ教えてやれることはない。


自分の存在意義について疑問を持ち始めた時、丁度訓練場に着いた。

うちの公爵軍の敷地内には沢山の訓練場があるのだが、今年はそのうちの一つをレイの特訓用に貸し切ってある。それはなぜかというと、レイが半年後に帝立魔法騎士学園の入試を受けるからだ。


「最近勉強の調子はどうだ?」


「バッチリだよ!わかんないことがあったら、家庭教師の先生が丁寧に教えてくれるの」


「そうか、じゃあ今は魔法の練習に集中するか。今日俺は何をすればいい?」


「えーっと。まずは≪光≫魔法で動く的を作ってほしいの!で、それが終わったら身体強化を使った組手の相手をして!」


「わかった」


よーし、お兄ちゃん頑張っちゃうぞ。ちなみにレイの的用に新しく作ったこの光魔法の名前は「レイの的」である。それをいくつか発動し、不規則に移動させる。

するとレイが杖に魔力を流し始めた。相変わらず美しい魔力操作である。杖に込められた膨大な魔力はすぐさま色々な属性の上級魔法に変換され、的に向かって放たれた。


的が一瞬で消滅してしまったので、新たに作り出し再び不規則に動かす。

魔法の発動が速く、威力も十分。狙いも完璧である。

そして気づいた人もいるかもしれないが、実は彼女は複数の属性魔法の同時発動ができるのだ。身体強化(無属性魔法)と属性魔法を同時に発動できる人はチラホラいるが、〈火〉と〈水〉のように属性魔法と属性魔法を同時に発動できる人は極めて少ない。


魔法の才能があるから全属性への適性があるのか、それとも全属性への適性があるから魔法の才能に目覚めたのか。これは帝国の魔法学者達の間でも割とポピュラーな題目だが、俺が思うに前者だろう。彼女を見てればわかる。

これは前世でいうところの、ニワトリが生まれたのが先か、それとも卵が生まれたのが先か問題みたいなものだ。まぁいいか。


それから小一時間ほど練習を続け、ようやく休憩に入った。まったく、どんだけ魔力量が多いんだこの天使は。敵からすれば大悪魔である。


「お疲れ」


「ふいーっ。疲れたぁ」


「リリーと比べて魔法の発動が速いし、威力も十分だ。複数属性の同時攻撃で敵は翻弄されるだろうな。同年代では間違いなくトップだと思うぞ」


「偉い?」


「偉いぞ」


「えへへ~」


マジックバッグから冷やした飲み物と果実を出して、レイに渡した。エクスはとっくに飽きてしまい訓練場の端っこで昼寝しているので、エクスの分は傍に置いておく。

見た感じ、あと三十分ほど休憩すれば体力は元に戻りそうだな。魔力操作の上手い彼女にとって身体強化はかなりコスパの良い魔法なので、魔力も心配ないだろう。


「その杖の調子はどうだ?」


「いい感じだよ!もう一生使うって決めてるんだ!」


「そうか」


数年前オークションに超貴重な杖が出品されると聞いた俺は、それを絶対に手に入れるべく全財産を持ってそれに参加したのだ。結果全財産の三分の二を使い果たし、杖を手に入れることができたのである。その杖の名は【世界樹の杖】。芯は龍の背骨で、その周りは世界樹の素材で構成されている。もちろんレイにプレゼントし、今も使ってくれている。お兄ちゃん嬉しい。


「いつか行ってみたいな。世界樹に」


「え!?レイも連れて行って!」


「いいぞ」


「やったー!!!」


世界樹の生えている場所は別大陸なので行くのは大分先になってしまうが、絶対に連れて行ってやろう。世界樹と言えばエルフだからな。ハーフエルフの俺や、ダークエルフのセレナにどんな影響を及ぼしてくれるのだろうか。楽しみで仕方がない。


「まぁ、とりあえず今は試験に集中だな」


「うん、そうだね!!!」


その後、テンションの上がったレイの組手の相手をし、その日の練習は終わった。俺は受けに徹していたので、普通に腕が痛い。彼女の纏う魔力は洗練されていて、一撃一撃が非常に重いのだ。こりゃ近接もいける大魔法師になるだろうな。んで将来は帝国中でブイブイ言わせてほしい。異名は【破壊神】とかにしよう。


「俺以外に本気出しちゃ駄目だからな」


「わかった!!!」


帰ったら屋敷の庭で、母ちゃんがニコニコしながら待っていた。片手に鋏を持っているが俺は見なかったことにしよう。


「ドンマイ」


「ブルル...」


その夜、ホクホク顔でエクスの鬣を握りしめる母ちゃんが目撃されたという。

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