第64話:モーセの海割り

「すまんな。できるだけ早めに済ませてくるから我慢して待っててくれ」


「ブルル...」


「こら、他の馬にガンを飛ばすんじゃない」


機嫌の悪いエクスと厩舎で別れ、早速俺は冒険者ギルド「オストルフ」支部の中に入った。一歩足を踏み入れれば、一階にいる冒険者達の鋭い視線が一斉に俺に突き刺さる。オストルフ支部というだけあって、the海の男、海の女って感じの日焼けした冒険者が多い。その視線を無視して階段の方へ歩き出せば、皆興味を無くしたようで雑談や依頼探しを再開した。

【拡大鏡】を起動しチラリとクエストボードを確認すると、依頼は主に森や海での討伐やダンジョンでの素材集めであった。


「さすがに低ランク冒険者には、行方不明になった漁船の調査依頼は出さないか」


それだけ海の調査は危険ということなのだろう。

とりあえず二、三階にある中~高ランク向けのクエストボードを確認しに行く。すぐに俺は階段を上がり二階と三階のボードを確認したが、例の調査依頼は貼り出されていなかった。


「ん?兄貴曰く数年前から調査は続いているらしいが、まさか今になって諦めてしまったのか?」


Sランク以上の受付前には思ったよりも冒険者がいたので、俺は近くのソファに座りながら空くのを待つことにした。一応元公爵領の領都に構えている支部なだけあって建物も立派だし高ランク冒険者の数も多い。


「聞いた話だとここのギルド長はオーウェンとも親しいらしいし、真面目でいい奴なんだろうな」


そのままボケーッとしながら待つこと約十分。未だに受付は空く気配を見せず、列にはかなりの人が並んでいる。一番人の多い帝都本部ですらこんなに待ったことはないのに。

そして時間が少しずつ経過していき、気が付けば三十分経っていた。


「ったく、なんでSランク以上の受付なのに俺は半刻も待たされてるんだ」


徐に光探知を起動すると、厩舎にいるエクスがストレスでソワソワし始めていることに気が付いた。そりゃそうだ。ここの厩舎は実家や帝都の厩舎に比べて半分の大きさもないので、元々厩舎嫌いのエクスにとって三十分もそこに放置されることは苦痛に等しいだろう。初めはサクっと十分以内には用事を済ませるハズだったのに。


「俺を待たせるのは良いが、エクスを待たせるのはダメだろう」


じゃあ元からエクスを連れていくなよと思った人もいるかもしれないので一応説明しておくと、そもそもSランク以上の受付は待たないことの方が多いのだ。もし待つとしても一分や二分である。


「チッ、久しぶりにイライラしてしてきた」


俺はそこでソファから立ち上がり、受付の方へ向かう。実は待たされている理由は大体わかっている。先ほどから一組の冒険者パーティが受付嬢と揉めており、その後ろに高ランク冒険者達が律儀に並んでいるので、まぁそういうことだろう。だから余計にイライラしている訳だ。


エクスのイライラが募る度に、俺の身体に力が入る。


「俺は基本自分には無関心だが、身内の情動には敏感なんだ」


一歩踏み出せば冒険者達が冷や汗を垂らしながらこちらに振り向き、さらにもう一歩踏み出せばモーセの海割りの如く、受付までの一本道が切り開かれる。

気が付いていないのは激情に駆られた冒険者パーティと、それを必死に宥める受付嬢のみ。


俺は腐ってもSSランク冒険者なので周りにその矜持を示すためにも、できるだけ優しい言葉遣いで注意してやらねばな。


「おいゴミ共。今すぐ帰るか、それともここで冒険者を辞めるか選べ」


「はぁ?てめえ何言ってんだ!?」


「今俺たちゃあイライラしてんだ。この姉ちゃんのおかげでなぁ」


「俺たちは有名なSランクパーティ【血の宴】だぞ!殺されてぇのかテメェ!」


そこで周りがザワザワと騒ぎ出した。


「おい、あれって【閃光】じゃないか?」


「え?【閃光】ってよく吟遊詩人に謳われている伝説のSSランク冒険者だろ?」


「私最近甥に絵本買ってあげたわ」


「少し前にSSランクの地龍を討伐したって聞いたぞ」


「あーあ、【血の宴】の奴ら終わったな。元から素行が悪すぎて嫌われてた上に、怪しい噂も多かったから別にいいけど」


「因果応報ってやつだな」


それを聞いたゴミ共は顔を青ざめ、何故かペコペコし始めた。


「貴方が噂の【閃光】様だったとは...。もう帰らせて頂くんで、勘弁してください」


「す、すいやせんでしたぁ」


「ひ、ひぃ。その怖い顔やめて...」


俺の勘だとこいつらは裏で悪さしまくってる。でも、なまじ戦闘力が高いせいで誰も逆らえないのだろう。恐らくギルドも調査しているが、証拠が掴めないんだと思う。こういうやつに限って、そこら辺はちゃんとしてるからな。よし、決めた。


「なぁお前ら。俺一応アインズベルク公爵家の次男なんだが、さっき俺に向けてなんと言った?」


「「「...」」」


「殺すとか言ったよな?」


そこで俺は久しぶりにマジックバッグから例のアレを取り出した。


「はいこれ【龍紋】な。お前ら、不敬罪又は脅迫罪で一旦ギルドの牢屋に入っとけ」



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「というわけだな」


「なんかうちの大馬鹿共がすみません」


アイツらを牢屋にぶち込んだ後、俺は一度エクスの様子を見に行ってから再びギルド内に戻り、現在なんやかんやで支部長室にいる。今頃エクスは果実を爆食いしているだろう。

あと支部長の名前はリナで、ちなみに獣人。


「俺の勘だが、あいつらどうせゲルガー公爵とも仲が良かったんだろ?よく指名依頼とか出されてたんじゃないか?」


「ええ。その通りです」


「こりゃ叩けば叩くほどホコリが出そうだ」


「一応数年前から怪しい動きを見せていたので、その資料は保存してあります」


「そうか。何か困ったことがあったら兄貴に書簡でも送ってくれ。俺からも話は通しておく」


「何から何までありがとうございます」


その後、あのゴミ共について詳しい話を聞いた。その結果、ギルドがあいつらに逆らえなかった理由がよくわかった。

簡単に説明するとゲルガー公爵があいつらを通して、ギルドに間接的に脅しをかけていたらしい。それを無視すれば市民に被害が及ぶかもしれないし、勝負に出れるような証拠も持っていなかったので、仕方なく放置していたらしい。確かにゲルガー公爵は何をするかわからないようなクズなので、それはある意味正解かもしれない。

しかし裏では市民を奴隷として売りとばされていたので悪い言い方をすれば、ギルドは自己保身で公爵との関係が崩れないギリギリのラインを保っていたにすぎない。


「それならさっさと勝負を仕掛けて大問題にして欲しかった。そうすれば俺やエリザも駆け付けたのに」


「すみません。全て私の落ち度です」


「まぁオーウェンから支部長のことは聞いてたから、悪い奴じゃないことは分かってる。中途半端な援軍が送られたところで足手まといになる可能性が高いしな。でも少しは他に相談したり、協力願いを出したりしても良いと思うぞ」


「はい...」


「とりあえずまた明日来るわ。【血の宴】の件については頼んだぞ」


今回は漁船の調査依頼のことは聞かずに、また明日出直すことにした。

屋敷に帰宅後兄貴から詳細を聞いたのだが、リナは五年前に副支部長から支部長に昇格したらしい。その時点で前支部長の残した問題が山ほどあり、しかもギルド内にゲルガー公爵の手下が紛れ込んでいた。そこで一挙手一投足を監視されながら、バレない範囲で最大限の努力を続けていたようなのだ。

問題はここからで、【血の宴】の連中に「体が弱い妹がいるんだってなぁ?」とか散々身内に関する脅しも受けていたという話だ。あいつら今度会ったら絶対ボコす。まぁもう会うことはないと思うけど。


風呂に浸かりながら俺は呟く


「なんだ、リナは一番頑張ってたんじゃないか」


市民を奴隷として売られていたことが判明した時に責任を持って辞任しようとしたが、周りのギルド職員がそれを止めたらしい。


「そもそも市民が行方不明になったのは警備隊の責任だしな」


上層部は完全に公爵と繋がっていたので、逆にこれに気付けという方が無理である。


「信じていた警備隊ですらこの有様で」


ギルド内にも裏切者が紛れ込んでいて、派手な動きはできないと。

そして挙句の果てには市民どころか、身内にまで脅しが掛かったのか。


「一応、そんな状況の中でも気づかれない程度にゲルガー公爵の企みをいくつか潰していたらしいしな」


そう考えると...


「リナって凄くね?そりゃギルド職員も彼女の辞任を止めるわ」


今思えば、その頃からちゃんと漁船の調査もしてるのだ。ナイスである。


「オーウェンが言うだけあるな、リナは」





全然話が変わるのだが、さっきからあちらの扉の隙間から謎の視線を感じる。

たぶんレイである。それは普通男がやることじゃないか?

独り言を聞かれたのは少し恥ずかしいけど


「まぁいっか」


そろそろ出ようと立ち上がると、謎の人物(笑)はそそくさと脱衣場から逃げていった。



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