第65話:枠組みから外れたモノ
翌日の午前中、俺は冒険者ギルド「オストルフ」支部を訪れていた。今日はエクスやセレナは連れてきていない。二人ともレイの野外訓練に同伴する予定だからだ。ちなみに俺も行くと伝えたのだが、何故か断られた。お兄ちゃんは悲しいぞ、妹よ。
「【血の宴】は今朝帝都に護送されました」
「やっぱりか」
リナの話によると、奴らは昨日の夕方から深夜にかけてみっちり尋問され、情報という情報を全て吐かされた。尋問官曰く「もっと粘ると思ったけど、少し痛めつけたらすぐに情報を吐いた」らしい。心と実力が釣り合ってないタイプの典型的な小者だったようだ。
「それに伴って彼らと繋がっていた犯罪者や悪徳商人も検挙しました」
「そいつらアホだな。普通血の宴が捕まった時点で逃げるだろ」
「あの場には高ランク冒険者しかいなかったので情報が洩れませんでしたし、尋問も最短で終わったので運よく逃げられずに済みました」
「確かに言われてみればそうだな。もしかして夜中に警備隊を動かしたのか?」
「はい」
じゃあリナは徹夜しているのか。まぁ彼女は大分前から奴らに苦汁を飲まされ続けていたので、その気持ちはわからんでもない。俺が同じ立場だったら同じことをしただろう。
「寝なくて大丈夫なのか?」
「はい。こういうのには慣れっこですから」
「そうか」
と、その時誰かが支部長室のドアをノックした。
「Bランク冒険者のマーガレットです」
「入室を許可します」
ガチャ
「失礼します」
金髪で大人しそうな見た目の魔法師が入ってきた。彼女は用意されていたもう一つのソファに座り、結果三人でテーブルを囲む形になった。
「彼女は?」
「漁船行方不明事件の被害者家族です。彼女には数年前から調査に協力してもらっているので、必ずアルテさんの力になってくれると思います」
「Bランク冒険者のマーガレットです。よろしくお願いします」
「アルテだ、よろしく」
その後三人で漁船行方不明事件の情報共有を行い、俺とマーガレットは漁船で調査に向かうことになった。またこの事件は高ランク魔物の仕業というのが三人の見解だった。ちなみになぜボードに依頼が貼られていなかったのかというと、依頼を受けた冒険者数人がランクに関係なく行方不明になったかららしい。
そして現在、マーガレットと雑談しながら漁港に向かっている途中である。
「それで頑張って魔法の勉強をして、ソロでBランクまで上げたんです」
「偉いじゃないか。母さんと妹は元気か?」
「はい!母は最近パン屋を始めて、妹も学園で友達と仲良く勉強してるって言ってました」
彼女の父は漁師で、四年前に行方不明になってしまった。だから彼女は母と妹のために冒険者ランクを上げて大稼ぎしているのだ。ソロで活動している理由は、パーティよりも単純に稼げるからだろう。パーティの場合はメンバーで山分けだからな。控えめに言って、マーガレットは超偉い。
「そういえばアルテさんは普段何をされている方なんですか?」
うーん、本当のことを言って変に緊張されても困るからな。どうしたものか。最近やったことといえば、日向ぼっこと...。
「果物屋さんだ。あと趣味で冒険者をやっている」
「へぇー。ギルド長の紹介なので腕は本物だと信じてますけど、果物屋さんというのは意外でしたね」
「ほれ」
俺はバレないようにマジックバッグから果樹園で採れた果物を取り出し、マーガレットに手渡した。あとで家族の分もやろう。
「え、ありがとうございます!うんまっ」
彼女は定期的に小さめの漁船で調査に赴いており、今回俺もその漁船に乗る予定だ。あと俺が言うのも何だが、四年も続けるなんて本当にすごいと思う。たぶん父が生きていると信じているわけではなく、シンプルに犯人を突き止めたいのだろうな。犯人というか犯モンだが。
「俺船乗るの初めてなんだ」
「安心してください!操縦は得意ですから」
というわけで俺は今ドンブラコされている。沖までは時間が掛かるので、その間に情報の整理をしておこう。海の魔物は陸のより比較的大きいというのがこの世界のセオリーである。そのため、犯人であるモンスターがこの付近に生息しているということであれば、他の誰かに一度くらい姿を見られてもおかしくはないと思う。でもそのモンスターどころか襲撃されているところでさえ目撃されたことがないらしい。
「気が付いたら漁船が消えているんだっけか?」
「そうなんです」
「海に引きずり込まれてるとか?」
「もしそんなことができる巨大モンスターがいたら、さすがに目撃情報くらいありますって」
「だよなぁ」
謎は深まるばかりである。そもそも漁船には魔物除けの魔導具があるのに、どうやって襲っているんだか...。
結局その日は大した成果が得られなかった。帰りに果物を渡したらめっちゃ喜んでいたので、今度から持って行こう。
それから二日目も三日目も特にこれといった成果はなかった。
調査四日目、光探知を起動しながら漁船の上で揺られていると
「ん?」
「どうしました?」
「誰かに見られている気がするのだが」
でも光探知には何も検知されない。何かがおかしい。
刹那、漁船の真下に渦潮が生まれた。大きさはそうでもないが、俺の勘だと海中に引きずり込まれた時点で、ぐしゃぐしゃに押し潰される。
俺は光速思考を起動し、【光鎧】で身体を覆った。そのまま混乱しているマーガレットをお姫様抱っこし、漁船の上から渦潮の外側まで跳んだ。
そして海面に両足が着いた瞬間、海面を蹴った。普通なら沈むのだが、今の俺のスピードなら海面を走ることができる。その時、ほんの一瞬だけ例の誰かと目が合った。
それを気にせずに高い水しぶきを上げながら一番近い海岸まで走る。
もちろんマーガレットも光鎧で覆っているので、負担は無い。
「無事か?」
「え?さっきまで沖にいたのに、なんで海岸に?」
混乱しているようなので、今は放っておこう。それよりも問題はあの魔物だ。というか目が合ったあいつは魔物なのか?
ここで俺は思い出した。大陸を股に掛けた魔物研究家ノーマン博士のノートに、確か書いてあった気がする。人族の中に稀に覚醒者が生まれるように、魔物の中にも稀に「枠組みから外れたモノ」が生まれると。
「たぶんアイツは、それだろうな」
久しぶりに現れた強敵に心が躍る。
「この調査依頼を受けて本当に良かった」
アイツに俺の魔法は通じるのだろうか。【星斬り】は通じるのだろうか。なぜ探知できなかったのだろうか。どんな攻撃をしてくるのだろうか。考えただけでもワクワクが止まらん。
「あの~、私を忘れないで下さい...」
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