第63話:オストルフ再び

友人達とDランクダンジョン「迷いの森」を探索した日から約一ヵ月後の今日、俺は帝都アデルハイドの冒険者ギルド本部を訪れていた。


「なるほど。それは仕方がないですね」


「そうなんだ。本当は俺も参加したかったのだが...」


数週間後に控えた帝立魔法騎士学園の野外演習依頼をサボるため、現在俺は受付譲に虚言を吐いている最中である。どうにかしてサボれないかと考えた結果、旧ゲルガー公爵領の内政を緊急でお手伝いしなければいけないという言い訳を思いついたのだ。


嘘の大義名分を掲げた俺は、悲しげな表情をしながら目の前の彼女に一通の手紙を渡した。


「これをエリザに渡してくれるか?」


「わかりました。これで恐らく彼女も協力してくれると思います。私は内容を拝見しないので安心してくださいね」


「すまない...」


ちなみに手紙の内容は〈野外演習のやつ、よろしく〉である。なんて簡潔でわかりやすい文章なのだろうか。まぁ学園長はエリザの愛弟子なので、喜んで依頼を受けてくれるに違いない。


「では後は任せてくださいね」


「恩に着る」


受付嬢から高学歴スマイルを頂いた俺は、スッキリした気分のままギルドを出た。


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 その夜バルクッドにある公爵邸にて


「というわけで、一応オストルフには行こうと思う」


「なんか当たり前のように話してるけど、普通にダメでしょそれ。レイに言ったら少しイメージが下がっちゃうかもね」


「!?」


久しぶりに兄貴が帰ってきたので、とりあえず今日あったことを話してみたらめっちゃ呆れられた。またレイにだけは絶対言わないようにしておこう。


「いや面倒くさいからサボるんじゃなくて、俺は学園で良くも悪くも有名だから普通に気まずいんだよ」


「うーん、確かに言われてみればそうだね。それが原因で変に問題とか起きたら、そっちの方が面倒かも。SSランク冒険者のエリザさんが現学園長のお師匠様ということであれば、今回の話は割と理にかなっているかもしれないね」


「そうなんだよ。で、旧ゲルガー公爵領を治める上で困ってる事とかないのか?」


「それが特にないんだよね。僕って剣術も魔法も苦手じゃん?でもその分座学は得意だったし、将来を見越して政治学や法学を積極的に受講していたからね」


「兄貴が学問の天才ってこと忘れてたわ」


兄貴は座学において学園史上稀にみる賢才と言われているくらい頭脳明晰なのだ。いくら俺が前世の知識を持っているといえども、この世界の法律や経済の仕組みは全く違うので、幼少期から努力してきた天才である兄貴に敵うはずもなかった。そんな天才に、俺は自信満々に聞いてしまって少し恥ずかしいくらいである。


「今更だけど俺たち兄妹って結構ヤバいよな」


「何より仲が良いもんね」


「だな」


頭脳明晰な兄貴に、覚醒者の俺。そして全属性魔法を操る神童であるレイ。一般的な貴族家の場合この三人のうち一人でも生まれれば超大当たりなのだ。そう考えると、アインズベルクの血筋はやっぱり凄いんだなと思う。俺は血継いでないけど。


ここで兄貴が


「あ、そういえば一つだけあるかも」


「教えてくれ」


「これは七、八年前から続いている問題なんだけど、大体月に一度の頻度で漁船が行方不明になっているんだ」


「定期的に人も船も行方不明になるなんて、物騒な都市だな。それで船の大きさは?」


「小型漁船が多いらしいよ」


「じゃあ高ランク魔物の仕業である可能性が高いな。冒険者ギルドは動かないのか?」


「冒険者ギルドも数年前から依頼を沢山出して調査しているみたいだけど、残念な事に成果はゼロ。前領主が非協力的だったっていうのも少しは関係してそうだけどね」


「前領主はあの髭豚だったしな。まぁ毎日数百の小型漁船が出港してるんだし、その中の一隻が月一で行方不明になってもそんなに不思議じゃない」


「被害者には申し訳ないけど、普通は自然災害かシンプルに漁船の故障なのかなって思っちゃうよね」


「でもそれが七、八年も続いてるなら絶対何かあるよな」


「そうそう。ってことで調査してくれたら嬉しいんだけど」


「わかった。最後に少し確認しておきたいことがあるんだが、戦艦の建造は上手くいっているのか?」


「もちろん順調に進んでるよ!ランパード公爵家お抱えの船大工さんも協力してくれてるんだ。あと、アルが連邦から持ってきてくれた魔物除けの魔導具がかなり高性能だったみたいで、船大工さん達が喜んでたよ」


「よかった」


ランパードの協力があれば、とりあえずどうにかなるだろう。魔王様万歳である。あとやっぱり連邦からパクってきた魔物除けの魔導具は高性能だったのか。俺が知ってるやつと比べて形や大きさが全然違ったので、そんな気はしていた。あと二、三年もすればアインズベルク念願の艦隊が発足できそうだな。どうせならヤバい武器とか取りつけてみようか。楽しくなってきた。


「アル、悪い顔してるよー」


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 翌日俺とセレナは、早速兄貴と一緒にオストルフを訪れていた。

現在ゲルガー公爵邸があった場所にいるのだが、そこには見覚えのない豪華で巨大な屋敷が新しく建設されていた。


「ゲルガー公爵邸は取り壊して、新しく屋敷を建てたんだ」


「俺もそれが良いと思う」


「ブルルル」


「一応セレナが元々住んでいた小屋はそのままにしてあるけど、どうする?」


「嫌な思い出しかないですけど、変に愛着は湧いてるので、できればそのままにしておいて欲しいです。ね、ムーたん!」


「チュッ」


「セレナとムーたんが出会った場所でもあるからな。記念に残しておいて損はないだろう」


「だよね!じゃあこのままにしておくね」


「ありがとうございます!」


「チュッ」


まず中に入り内装を確認したが、見事の一言だった。アインズベルクの人材はとびきり優秀だということがこれだけで十分わかる。

俺たちは一度ここで別れて、兄貴は書斎へ書類仕事に、セレナはムーたんと一緒に小屋へ向かった。セレナとムーたんには暫くゆっくりと過ごしてほしい。


ちなみに俺は今日冒険者の格好で来ている。それを聞けば、今どこへ向かっているのかは想像に難くないだろう。

エクスと共に新鮮な潮の香りを楽しみながら歩みを進める。エクスがここに来るのは初めてなので現地の住民達はビビり散らかしているが、それを気にせずに目的地へ向かう。すまん、そのうち慣れてくれとしか言いようがない。


「エクス、帰りに市場へ行くか。食べたいやつを自分で好きなだけ選べるぞ」


「ブルル」


心なしかゲルガー公爵が治めていた時より人の行き来が活発で賑わっていると思う。あの時は警備隊の上層部が腐ってたし、頻繁に人が攫われていたからな。両方とも噂程度でしか広まっていなかったようだが、そういう不安要素が少しずつ積み重なっていき、結果人々から活気というものを奪っていったのだろう。


「前もそこそこ賑わっていたと思うが、これが本来の姿なのか。いいな」


「ブルルル」


「そうだな。兄貴が善政を敷いてるおかげだと思う。俺が言うのもなんだが、まだ十八歳なのによくやるもんだよな」


「ブルル」


なんて二人でのんびり会話しながら進むこと約一時間後


「ようやく到着だ」


俺とエクスの目の前には冒険者ギルドオストルフ支部という名の巨大な建物が聳え立っていた。



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