第62話:迷いの森

そのままタフなフィル君と雑談をしながら歩を進めること約一時間半後、俺たちは目的のダンジョンがある森の近くに到着した。


「確かこの森の奥にあるはずだ。さっさと行こう」


「そうだね!」


エドワードは飛竜部隊奇襲事件のせいで普段はあまり帝都の外に出ることができないので、実は今日の探索を一番楽しみにしていたのだ。これを考えると、案外皇族も自由が無くて大変である。またエドワードは学園を卒業したら皇太子になる予定なので、さらに忙しくなる。だから今のうちに遊べるだけ遊んでやらねばな。俺も結構暇だし。


するとフィル少年がオリビアに


「えっ?姉上、何の対策もしないまま魔物が生息する森に入るんですか?」


「ああ、それなら心配ないわよ」


「それってどういう...!?」


後ろで少年が何か言っているが、それを無視して俺とエクスは魔力と覇気を解き放ち、完全に冒険者モードになった。森の中で一番警戒しなければいけないのは奇襲だ。しかしこの状態の俺とエクスがいれば並大抵のモンスターは近寄ってこないし、常時光探知を起動しているので万が一高ランクモンスターが寄ってきても問題はない。


「フィル、あれが貴方の目指している”本物”の高ランク冒険者よ。よく見ておきなさいね」


「わ、わかりました姉上...」


「はっはっは!アルテが吟遊詩人に謳われる理由が少しはわかっただろ?普段はあんなだけど、やる気を出せば凄いんだぞ」


「あんなって言うな」


まずは森の中でフィル君に魔物と戦ってもらい、彼の実力を確かめるという手段もあった。だが少年は特待生だし、普段はオリビアに指導してもらっているので恐らく大丈夫だろう。


「なぁリリー、一年生の野外演習ってまだ始まってないんだっけか?」


「そうよ。あと約一ヵ月後じゃないかしら?」


「まぁ、特待生くらいの戦闘力があればどっちが先でもあんま関係ないか」


「あたしもそう思うわ!というか、あんたまた今年も召集されるんじゃないの?」


「うわ」


去年は野外演習中に連邦の飛竜部隊による奇襲事件が起こってしまったので、今年は帝国が全力を挙げてガチガチに固めてくるだろう。その場合、再び俺が冒険者ギルドの指名依頼という形で召集される可能性が高い。


「どうにかしてエリザに擦り付けなければな」


「エリザってまさかSSランク冒険者の【氷華のエリザ】?」


「おう」


「帝国の最大戦力に迷惑かけるんじゃないわよ!あんたほんとサイテーね!」


「そうだな」


エリザは学園長の実の師匠だからな。どちらかに直談判すれば案外どうにかなりそうではある。

なんて悪い計画を立てながら森の中を進んでいると、ようやく今回の目的であるDランクダンジョン「迷いの森」の入り口に到着した。


さすがに休憩無しで突っ込む気はないので、俺はマジックバッグから今朝果樹園で採った新鮮な果物を皆に配り、食べながら作戦を考えることにした。

当たり前だが俺とエクスは隠密モードで見守るとして...


「先頭はエドワードだな。あとオリビア」


「ブフッ!ちょっと、それやめてって言ったじゃん!」


「ほらエドワード落ち着いて。基本魔法剣士は前衛だから理にかなってるわよ」


「まぁ...確かにそうだけど...」


「それで決定な。じゃあ後衛はルーカスで、前衛と後衛の間にリリーとフィル少年でいいか」


「「「了解よ(だぜ)(です)!」」」


よし、これならオリビアの絶叫が聞けること間違いなしである。念のため言っておくが、本当にベストな配置がこれなので仕方がない。俺はふざけているわけじゃないんだ。信じてくれ。


「【閃光】さん、何か変なこと考えてませんか?」


「気のせいだ。それよりも準備はできたか?」


と問いかけると全員からいい返事が返ってきたので、俺が先頭になってダンジョンに足を踏み入れた。


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 ダンジョンの中はジメジメとしていて薄暗いし、何より濃い霧で覆われていた。


「うわぁ、気味が悪いダンジョンだね...」


「視界も悪いし音も響かないわね。方向感覚も鈍りそう」


「アルテの言っていた通り、五感が鍛えられそうだな!」


「オ、オリビア姉上は僕が守りますからね!!!」


「あんた、なんでこんなキモいダンジョン選んだのよ!」


「面白そうだったから」


リリーに杖の先で小突かれながら、とりあえず丁度いい場所まで移動した。ここで俺とエクスは後方に下がり、ついにダンジョン探索が始まった。


「出たわ!前方にFランクのスケルトンが三体。まずは私とエドワードで攻撃を仕掛けるわよ」


「了解!僕は左の個体に仕掛けるから、オリビアは右の個体をお願い」


二人はタイミングを合わせて中級魔法を撃ち、それを二体の顔面に直撃させた。上手く怯んだところでエドワードとオリビアは急接近し、エドワードは力任せな横振りを腰に放ち標的を上下に切断した。またオリビアは目にも止まらぬスピードで両肩と両股関節目掛けて四回刺突し、身体を五等分した。


そして一度二人は後退し、リリーにアイコンタクトをする。


「あと一体はあたしに任せなさい!【ストーンランス五重展開】!」


リリーは美しく繊細な魔力操作で、一瞬で〈土〉の上級魔法を構築しスケルトンの頭、両腕、両足目掛けてそれを放った。だがその時


「リリー!横からゾンビが来てるわ!」


ここでルーカスが


「ようやく俺の出番だぜ!」


ルーカスは盾を巧みに操り、二体のゾンビを相手に圧倒的な護りを見せた。そして途中からゾンビの攻撃のリズムを読み取り、次の攻撃を予測した。まず最初に一体目の攻撃をパリイして相手の重心をずらした。そして上手い具合に同士討ちをさせ、隙をついて二体の頭を長剣の腹で叩き潰した。


四人とも見事である。死ぬ気になればギリギリAランクは倒せるんじゃないか?

ひと段落ついてから、四人が魔石を回収し始めたので


「どうだ?フィル少年」


「こ、これが冒険者...すごい...」


「一応将来は四人とも冒険者にはならない予定だけどな。どうであれ、参考になったのならそれでよしとしよう」


そりゃ四人とも一年生にして帝王祭の本戦に出場している猛者だからな。今の洗練された攻撃と連携は、少年にはいい刺激になっただろう。

てか四人とも将来はどうするんだっけ?ああ、思い出した。リリーは帝都の魔法師団かうちの白龍魔法師団に入団し、エドワードは皇帝になる。それでオリビアとルーカスは実家を継ぐんだったな。転移を使えば週一くらいで遊べそうだ。

余談だが結局フィル少年はどうするのだろうか。彼はきっと学院に進学すると思うので、そこを卒業するまでにじっくりと決めて貰えばいいか。冒険者になるのか、それとも騎士になるのか、はたまた一周回って内政官になるのか。とても将来が楽しみである。

なんて考えていると


「魔石を採取するために、あえて胴体を狙わなかったんですね」


「そうだ。今みたいな雑魚モンスターは魔石が一番高く売れるからな。またランクが高くなるにつれて魔石はもちろん、それに比例して高価な素材が採れるようになる。例えば...龍とかがいい例じゃないか?」


「なるほど。確かに龍は捨てる部分が無いって言いますもんね。排泄物ですら、その道の研究家に高く売れるとか」


「よく知ってるじゃないか少年。まぁ龍は基本SSランクだからめったに市場に出回らないがな」


「ですね。市場に出回るのは、良くて百年に一度ってところだと思います」


「ほう。その心は?」


「そもそもSSランクを被害なく倒せる冒険者なんて大陸に一人しかいないですし、もし他の誰かが討伐できても基本的にそこの国が全力で購入すると考えられるからです」


「その通りだ。SSランクの素材があれば軍備を増強し放題だからな。そしてこの大陸には、生憎それを易々と他国に流すような馬鹿な国は一つも無いと言える」


「そう思えば大陸三大ダンジョンの一つがカナン大帝国内にあって本当に良かったですよ。ね?【閃光】さん」


「ん?」


「帝国内にあって本当に良かったなー」


「...まさか俺に行けってか?」


「いえいえ、別に別に」


こいつ、中々気概があるな。もし皇帝陛下が同じことを思っても、たぶんこんなにストレートには言わないぞ。まぁそれは一旦置いといて。

そんな楽しそうなところ、わざわざ言われなくても行くに決まってるだろうが。俺の探求心を甘く見過ぎだ。ほら、心なしかエクスまでソワソワし始めたじゃないか。


「少年も連れて行ってやろうか?」


「一体僕に何をやらせるつもりですか?」


「囮兼餌役」


「絶対に行きませんから!」


「ケチだな」


会話にキリがついたところで、丁度四人が魔石の採取を終えて帰ってきた。そのため俺は再び後方に下がろうと思ったのだが、その前にあることを思い出した。


「あ、少年」


「ん、どうしました?」


俺は外套を少し捲って中の装備を見せながら


「そういえばこれ、SSランク地龍のやつだったわ」


「え...なんで言ってくれなかったんですか!?」


「シンプルに俺も忘れてた」


「ええ」


会話を済ませるとフィルはすぐにオリビアに飛びつき、尻尾を振りながら先ほどの戦いを称えた。めっちゃキラキラした目で冒険者について語っている。今更だが彼はタフだし気概もあるので、想像以上に見込みがありそうだ。今の少年なら何度泥に塗れても立ち上がれる気がする。


「なぁエクス。俺が最後にあんな目で冒険者活動をしたのっていつだか覚えてるか?」


「ブルル」


「ふっ。なんだそりゃ」


それから半日ほど探索を続け、無事Dランクダンジョン「迷いの森」を脱出することができた。初めはスケルトンとゾンビだったが、途中からはゴーストやレイスなど物理攻撃を無効化してくる敵がほとんどだった。最後にはフィル少年も戦闘に参加できていたので、いい経験になったのではと思う。


そんなこんなでDランクダンジョン「迷いの森」の探索は終わった。



「いやぁ、オリビアが絶叫するなんて珍しいな」


「ちょっと、言わないでよそれ。恥ずかしいじゃないの」


「あ、姉上のあんな姿初めてみた...ハァハァ」


「フィルあんたキモいわよ」




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