第61話:フィル少年
Dランクダンジョン【迷いの森】探索当日
俺は朝寝坊してしまい、大急ぎで支度していた。実は昨日から専属執事のケイルが、訳あって旧ゲルガー公爵領領都オストルフに出向いているので、今朝誰も起こしてくれず寝坊してしまったのだ。俺は悪くない。
まずSSランクの地龍タイラントの素材で作った防具と装備を装着し、【星斬り】を腰に差す。次にその上からいつもの外套を羽織れば準備完了。
なぜ地龍の装備が作れたのかを一応説明しておくと、大平原で派手にドンパチやっていた時にタイラントの素材が少しだけ地面に落ちたからだ。それを後で帝都軍の兵士が律儀にかき集め、俺に届けてくれたのでこれを作ることができた。もちろんドワーフのおっちゃん特製である。兵士もおっちゃんもナイスだ。
「エクスー行くぞー」
「ブルルル」
「今日は寝坊したから、少しとばしてくれると助かる」
「ブルル」
そのまま二人で帝都の別邸に転移した後、エクスは周りにギリギリ被害が出ないレベルの速さで正門まで駆け抜けてくれた。
「やっぱり帝都は人が多いな」
「ブルル」
「確かに」
なんて会話をしながら正門付近をウロチョロしていると、見覚えのある魔力を検知したので、そちらの方にゆったりと歩いて行くと
「あんた、遅いわよ!」
「すまん、普通に寝坊した」
いつもの皆と合流することができた。しかし、なぜか知らん奴が一人混ざっている。
「誰だお前」
「フィルですよ!オリビア姉上の弟です!」
「ああ。シスコンの」
「忘れないでください。あとシスコンじゃありません!」
呆れたようにオリビアが
「相変わらずアルテは人の名前を覚えるのが苦手よね」
「ぶっちゃけ顔も忘れてた」
「えぇ」
オリビアの隣にいたからギリ思い出せたが、普通に顔も名前も忘れていた。オリビアの弟=シスコンという方程式は脳内メモリに保存できていたのだが、肝心の顔と名前を保存し忘れていたらしい。
フィル少年はレイピアを腰に差しており、他の装備もオリビアに寄せている。たぶん姉ちゃんに憧れを抱いているのだろう。傍に見本となるような人物がいるだけで成長のスピードが変わってくるので、是非この調子でシスコンを続けて欲しい。
ここでルーカスとエドワードが近づいてきて
「おいアルテ。フィルはお前の事ライバル視してるんだぜ?」(小声)
「そうだよ。さすがに覚えてないのは可哀そうだよ」(小声)
「俺が悪いのか?これ」(小声)
「ほら、弟君今にも泣きそうな顔をしているよ」(小声)
三人で振り返ると、そこにはオリビアの装備の端っこを握りしめながらプルプルしているフィル君がいた。
「まぁオリビアの弟だし、少しは構ってやるか」(小声)
「「それでこそアルテだな(だよ)!」」(小声)
彼は本当に落ち込んでいるようで、なんだか少し可哀そうになってきた。
というわけで「迷いの森」に行くまでの間、フィル少年と雑談することが決定した。ちなみに少年に拒否権はない。
「フィルは特待生なのか?」
「そうです。一応総合トップファイブには入りました」
なるほど、それで今日来ることができたのか。来る理由に関しては、まぁ聞かなくても大体わかる。
「姉ちゃんに憧れているのか?」
「はい、お姉ちゃんは天才魔法剣士ですからね。しかも小さい頃から僕に指導してくれているんです。羨ましいですか?羨ましいですよね?」
「そうだな。で、魔法の属性は?」
「〈風〉と〈土〉です。実はお姉ちゃんと一緒なんですよ!ふっふっふ」
胸を反らせながら横目でチラリと俺を見てくる。心の中できっと「ねぇねぇ、羨ましいでしょ?」と言っているのだろう。ヤバい、面白すぎて癖になりそうだ。彼と話していると隠しきれないシスコン臭が滲み出てきて終始飽きない。これが本物のシスコンなのか。
「そういえば【閃光】さんは、かのアインズベルク公爵家の次男なのに何で冒険者をしているんですか?言い方は悪いかもしれませんが、職にもお金にも困りませんよね?」
「趣味だ」
「しゅ、趣味ですか...」
「な、エクス」
「ブルル」
結構冒険者を舐めてくる貴族子女は多いので、フィル君がそれに当てはまらなくてよかった。もしかしてフィル君も高ランク冒険者を目指しているのか?俺をライバル視しているから対抗して目指すとかやめて欲しいのだが...。
よくこの質問をされた時に、俺は説明するのが面倒くさいから適当に趣味って返答している。だが俺の経歴を見てもらえばわかる通り、きちんとした信念を持ってやっているのだ。知り合いの高ランク冒険者も皆そうだと思う。いや、絶対にそうである。
「もしかして、フィル少年も高ランク冒険者を目指しているのか?」
「はい。実家は姉上が継ぐ予定なので」
「死ぬ覚悟はあるか?」
「えっ?な、ないです...けど...」
「じゃあやめた方がいいぞ。現役SSランク冒険者の経験として言わせてもらうが、そういう奴は大体途中で死ぬ」
「...」
「まぁ、今回『迷いの森』で実際にモンスターと戦ってみてから決めるといい」
モンスターだって命がけで戦いを挑んでくる。当たり前だが、戦うからにはこちらも命を賭けなければいけない。これを何回も繰り返して上り詰めていくのに、死ぬ覚悟の無い奴が最後まで生き残れるはずがないだろう。俺はソロだから関係ないがパーティーを組む場合はもっと大変なのだ。全滅を避けるために時には瀕死の味方を見捨て、時には自分が殿を名乗り出る。今までは綺麗でポジティブな部分しか映していなかったが、冒険者の世界は本来、このように泥臭くて残酷なのである。
とここで話を聞いていたルーカスが真剣な表情で
「対人と対魔物の戦闘は圧倒的に後者の方が難しいからな。対人は武器を見れば、大体どのタイプかわかるし対策も練れる。魔法も基本的に属性魔法しか使わないから、きちんと学んでおけば大丈夫だ」
そしてオリビアが
「でも対魔物は相手が何をしてくるかわからないのよね。だから攻撃は全部初見と考えたほうがいいわ」
最後にリリーが
「特に高ランクの魔物はあたしたちと比べて魔力量も力もスピードも、さらには五感まで全部上だものね。最近はどこかの誰かさんがSランク以上の魔物を乱獲して定期的に市場に流しているから、冒険者はそれが当たり前みたいな風潮になっちゃってるけどね!」
「...」
フィル少年は俯きながら、何かを考えているようだ。今は放っておいた方がよさそうだな。彼の中で新しい考えが生まれ始めているのかもしれない。
「ルーカスって真面目なこと言えるんだな。初めて聞いた気がする」
「あ、それ僕も思った」
「まだ脳まで筋肉に浸食されてなかったのね」
「そういえばいつもご飯か戦いの事ばっかり考えてるわよね、あんた!」
「今いい感じの雰囲気だったのに...久しぶりにカッコいいこと言えたと思ったのに...」
今回はあえて暗い話をしたが、それはフィル少年がオリビアの弟だからだ。生半可な気持ちで冒険者になり、すぐに死ぬ奴なんて世の中五万といる。冒険者はすべて自己責任なので別に文句は言わないし、言う資格もない。実際ギルド内でそういう奴を見かけることも多いしな。まぁ俺には関係ないからスルーするけど。あと前にも言ったかもしれないが、冒険者ギルド伝統の新人いびりはそういう奴を更生させるという意味合いも強い。結果的にそれに命を救われたという新人冒険者も結構いると聞く。
ここでフィル少年が顔を上げて
「なるほど...ちょっと冒険者という職業を舐めていたかもしれません。確かに長年冒険者全体の母数が変わっていないのは、増えた分だけ減ってるということですもんね」
「そういうことだ」
良い着眼点じゃないか。まさにその通りで冒険者全体の母数が中々増えないのは、毎年新人が生まれるのと同じくらい、死者や怪我人によるリタイアが出ているということだ。
「あと全然関係ないんですけど、探索が終わったら伝説の『深淵馬』を触らせてくれませんか?」
「って言ってるけどエクス」
「ブルル」
「いいってさ」
「よっしゃ」
俺が思ってるよりもタフだった。これなら大丈夫そうだな。
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