第58話:覗きのプロ
始業式の翌日、カナン大帝国の帝都アデルハイドにある冒険者ギルド本部にて
「...」
「...」
「おい『閃光』」
「ん、どうした?」
「なんでお前はそんなに寛いでるんだ?コーヒーまで飲んで」
「せっかく職員が出してくれたんだから、飲まなきゃ逆に失礼だろう」
「いや、そういうことじゃなくてだな...」
現在、俺は冒険者ギルド本部の本部長室にあるソファに寝そべりながら優雅に読書をしている。その本の名前は〈ダンジョン図鑑・カナン大帝国編〉。ちなみにこの書籍は、魔物大全典の著者である魔物研究家のノーマン博士によって著述されたものだ。
「やはり魔物とダンジョンというのは切っても切り離せないものなんだな」
「ああ。そのダンジョンにしか生息していない固有種も結構存在する」
「確かに言われてみればそうだな」
「というか、わざわざここで読まなくてもよくないか?」
「また友人たちとダンジョンに潜ることになったんだ。だからオススメのダンジョンを聞きに来た」
「それを始めに言えよ」
「言うの忘れてた」
「えぇ」
ギルドの職員が美味しいコーヒーを出してくれるもんだから、思わずオーウェンそっちのけで一服してしまった。
この図鑑は結構昔に出版されたものなので、これに載っている情報は、ダンジョンの名前と場所以外あまり当てにできない。なぜならこの世界のダンジョンは長い年月をかけて、中の環境や生態系を変化させていくからだ。念のため言っておくが、これはダンジョン図鑑が悪いとかそういうことではない。時代の流れとでも考えてくれればいい。
その後オーウェンに帝都近郊にあるオススメのダンジョンとそれに関する最新情報を教えてもらい、俺はギルド本部から出た。
「待たせたなエクス」
「ブルルル」
「今回、皆と潜るダンジョンが決まったぞ」
「ブルル」
「Dランクダンジョンの『迷いの森』だ」
「ブルルル」
オーウェンがこのダンジョンを勧めてきた理由を簡潔に説明すると、「五感が鍛えられる」からである。迷いの森には常に深い霧がかかっているので、平衡感覚が狂いやすい。そのため低ランク冒険者が足を踏み入れれば高確率で遭難する。しかし、俺みたいに探知が使える冒険者がいれば話は別。オーウェンは逆にこれを利用して、リリー達の五感を鍛えるという作戦を提案してくれたのだ。
あとこのダンジョンは以前と同じフィールド型で、出現するモンスターは主にゴースト、アンデット系だ。そして本音を言わせてもらうと、ビビッて腰を抜かす友人達が見たいだけ。普段は落ち着いているオリビアの絶叫とか聞いてみたい。今のうちに俺の脳内メモリを空けておこう。
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冒険者ギルド本部を出た後、少し帝都の外でストレス解消をしてからエクスと共に別邸に帰ってきた。
「じゃあ俺は一旦学園に行って皆に詳細を伝えてくるから、先に実家に帰っててくれ」
「ブルルル」
ということで、俺は歩いて学園にやってきた。
「皆はどこにいるのだろうか」
確か昨日、四人とも今日は学園に来ると言っていたので探せばどこかにいるはずだ。まだ授業中なので部活部屋にはいないはずだし、委員会活動もできないはず。ルーカスは読書が嫌いだから大図書館にもいないだろう。それらを考慮すると...
「あ、やっぱりここにいたのか」
四人全員、訓練場にいた。皆集中しているので、俺は邪魔をしないように光学迷彩を起動し、魔力を抑え隠密モードになって見守ることにした。
オリビアとルーカスが剣戟を交わしており、その向こう側ではリリーがエドワードに魔法を教えている。この学園にはリリー以外に超級魔法を使える生徒はいない(俺を抜いて)。その時点で帝王祭は一人勝ちが決まっているようなものだが、それでも研鑽は欠かしていないらしい。その上、ああやって友人を指南しているのだから、本当に彼女は良い奴だと俺は思う。
暫く覗き見している感想としては、まずルーカスの護り方が上達した。彼は親父と一緒で大器晩成型なので、このまま成長を続けてくれるだろう。
次にオリビアについてだが、独特のステップから繰り出される刺突のスピードとパワーが上がった。攻撃のレパートリーも増えたようで、相変わらず弱点を狙うのが上手い。蝶のように舞い蜂のように刺すとはまさにこのことである。
そしてエドワードは魔力を練ってから魔法を撃つまでの時間が短くなり、魔力操作もスムーズにできるようになった。これならば、剣戟中の魔法攻撃という彼の目標も達成できるかもしれない。
最後にリリーについてだ。彼女は天才、以上。しいて言うなら、将来は確実に絶級魔法を習得できると思う。ちなみにこれはただの勘。
俺が無断で見学を開始してから約二時間後、ようやく訓練が終わり、四人が雑談しながら出てきた。
「ハァハァ。もう魔力がスッカラカンだよ」
「あたしはまだ撃ち足りないけどね!しょうがないから今日はもう勘弁してあげるわ!」
「もう腕が震えて盾が持てねえぜ!」
「私も足が攣りそうだわ」
「俺は座りすぎて尻が痛い」
「「「「うわっ」」」」
「うわって言うな」
「アルテ、あなたいつから覗き見してたのよ」
「二時間くらい前から」
「この変態!覗き魔!ハゲ!」
「それはちょっとキモいなぁ」
「アルテは犯罪者の素質があるな!」
「そうだな」
と一通り罵詈雑言を浴びせられた後、俺は本題に移った。
「というわけで、皆の都合が合う日にDランクダンジョン『迷いの森』に潜ろうと思う」
「いいわね!賛成よ!」
「私も賛成なんだけど、先に注意事項くらい聞かせて欲しいわ」
「迷いの森は前回と同じフィールド型で主にゴースト、アンデット系が出没する。そいつらに物理攻撃は効きにくいから、俺たちは魔法攻撃が中心になる」
「物理攻撃が効きにくいって、俺ヤバいな!」
「いや、スケルトンとかゾンビとかも出るからその時頼む」
「わかった!俺に任せとけ!」
「うへー、僕オバケとか苦手なんだよねー」
「じゃあエドワード先頭な」
「ちょっと、やめてよ!」
今回の俺の目標は四人の五感を鍛えることと、オリビアの絶叫を聞くことである。これが達成できれば今年の帝王祭がもっと盛り上がると思うから、俺も頑張らなければな。
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