第56話:セレナのお仕事②

翌朝、果樹園にて


「へー、これが転移のアクセサリーなんですね」


「そうだ。片方をここに置いておけば、緊急時に一瞬で帰ってこれる」


「カナン大帝国の魔法技術は私の知らないところで目覚ましい発展をとげているようですね...」


「このご時世だからな。他に負けてられんよ」


「ですねー」


最先端技術の塊を渡された私は、寝そべっているエクスと秘密基地の入り口から顔を出しているムーたんにウインクをしてからアルテ様と共に歩き出しました。本当はアルテ様と一緒に調査をしたかったのですが、私の影の中に人間を二人も入れることはできないので、結局一人で調査をすることになりました。ムーたんくらいなら一緒に入れるんですけど、さすがに危険なので今回はお留守番してもらいます。


「すまんな。昨日も言ったが、俺が同行しても足手まといになるだけなんだ」


「いえいえ、たまには私も活躍したいですからね!絶対に成果を上げてみせます!」


「いい心意気だ。でも無理だけはするなよ」


「わかりました!」


その後二人で調査の最終確認をしてから、私は侯爵邸の門を潜りました。任務開始です。


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 影の中を高速で移動し続けること一時間半、ようやく「魔の森」に到着しました。大陸有数の危険地帯とだけあって、魔力の濃度がとても濃いです。


「うわぁ、見たことのない植物だらけですねー。木も普通の三倍は大きいですし」


なんというか、ここだけ別世界みたいです。

ちなみに今は限界まで魔力を抑えて隠密モードになっているので、絶対にバレない自信があります。自分でいうのも何ですが、隠密で私の右に出るものはいないと思います。アルテ様のお墨付きですしね。


そのまま影の中を移動していると


「!?」


一キロ先から巨大な魔力を感じました。あれは恐らくAランク以上ですね。

一応調査項目の中にモンスターの生態を調べるというものがあったので、バレないように慎重に近寄ることにしました。暫く進み、標的まで残り十メートルほどの所まで接近したので一度止まり、様子を窺います。


あれはアルテ様の言っていたAランクの【ブラッディベア】ですね。聞いた話によると、数年前にこの魔物の変異個体が「ながれ」になり、バルクッドに大きな被害をもたらしたそうです。確かその個体はアルテ様に討伐されたんですよね。


これが、【閃光】という異名が広がる発端となった大事件ですね。本人曰く「マジで恥ずかしいからやめて欲しい」だそうです。私はカッコいいと思うんですけど...。


話が脱線したので元に戻しましょう。たぶん、現在ここら周辺を縄張りにしているのが目の前で昼寝しているブラッディベアでしょう。あのお腹柔らかそうですね、是非お触りしたいです。でもここは我慢して、帰ったらエクスに触らせてもらいましょうか。


「こうやって見ると、Aランクモンスターも可愛いものですねー」


大きいクマさんを観察し終えた私は、再び周囲を警戒しながら天龍山脈の方へ進み始めました。

気持ち悪い植物や見たことのない魔物を発見しては観察し、メモ帳に記しながらどんどん進んで行きます。


そして魔の森の調査を開始してから約二時間後、不思議な魔力を感知しました。


「この感じ、恐らく生き物ではないですね」


何が起こるかわからないので、【影探知】を全開にして慎重に近づいていきます。

そして数分後、遂に目的地に到着しました。


そこには


「え?...なんでここに家が?」


一階建ての古家がありました。この不思議な魔力は、どうやら魔物除けの魔導具が発しているものだったようです。

かなり古いお家ですし、人の魔力も感じられないので今は誰も住んでいないのかもしれません。でも一応ノックくらいはしておきますか。


一旦影から出て、ドアの前まで歩き


コンコン


「やっぱり誰もいないみたいですね」


ドアノブを回しましたが、さすがに鍵が掛かってて開けられませんでした。

そのため【影移動】で勝手に中に侵入します。


「物置鑑定士の私からすると、二十年以上は放置されてますね」


ホコリの積もり具合や家具の傷み具合から推測するに、大体二十二年ってところでしょうか。なんて考えながら調査をしていると、棚の中から一冊のノートを発見しました。よく見たら表紙にタイトルが書いてありますね。


「えーっと、『魔物研究家ノーマンの旅行記』?」


誰なのでしょうか。私が知らないだけで、割と有名な人だったりして。

とりあえず開いて内容を確認すると


「ふむふむ...魔の森に生息している魔物だけではなく、世界中の魔物についても詳しく載っていますね。もしやこれってとても貴重なノートなのでは!?」


これを持って帰れば、きっとアルテ様が喜んでくれるはずです!

その後古家全体を調査しましたが、これといった発見はありませんでした。


「ではそろそろ帰りますか」


私は胸ポケットから出した転移のアクセサリーを握りしめ、魔力を込めました。


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「アルテ様、ただいま帰りました!」


「おかえりセレナ。無事で何よりだ」


「はい!では早速調査の報告をしますね!」


「ああ、頼む」


私はまずアルテ様にメモ帳を渡して、魔の森で発見した植物や魔物についての説明をしていきます。


「そこでAランクのブラッディベアがお昼寝してたんです」


「そうか、お昼寝してたのか。それで?」


「お腹が柔らかそうでした」


「そうか、お腹が柔らかそうだったのか」


「はい。思わず触ろうとしちゃったんですけど、何とか踏み止まりました」


「ちゃんと我慢できて偉いじゃないか」


それから三十分ほど報告を続けて


「これが例のノートです」


「かなり古いな...は?」


アルテ様は表紙を見たまま固まりました。額に手をついて考え事をしているようなので、今はそっとしておきましょう。

暫くすると


「セレナ」


「なんでしょう」


「魔物大全典は知っているな?」


「はい。冒険者なら一度は目を通しますからね」


「それの著者が魔物研究家の『ノーマン博士』だ」


「え!?」


まさかの超有名人でした。じゃあこれは歴史的大発見なのでは?

まぁ影魔法を駆使して不法侵入した挙句、勝手にノートを持ってきちゃったんですけどね。


「この旅行記は後でゆっくり読ませてもらおう」


「わかりました」


「そういえばまだ報酬を考えていなかったな。何がいい?」


「そうですねー。じゃあ...」


アルテ様に報酬をいただいた後、ムーたんとエクスに挨拶をして、自室に戻りました。

今日は疲れたので夕食まで一旦寝ることにします。





え、報酬は何を貰ったのかって?それは秘密ですよー。


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