【閑話】

第55話:セレナのお仕事①

「はっ!朝ごはんの時間」


「チュー...」


私はすぐにベッドから起き上がり、いつもの恰好に着替えます。そして着替えが終わったので今度は鏡の前に座って自慢の長髪に櫛を滑らせ、寝ぐせを直せば準備完了です。鏡にはまだベッドの上で寝ぼけているムーたんが映っています。可愛いですね。


クルっと振り返り


「ムーたん、早く起きないと朝ごはんが逃げちゃいますよ」


「!?」


アインズベルク侯爵邸の食堂は控えめに言ってレベルが高すぎます。料理長の腕も良いし、何より料理に使われる食材の多くが高級品なんです。噂では、侯爵邸の食糧庫にはアルテ様が暇潰しに狩ってきた高ランクモンスターが大量に冷凍保存されているらしいです。


貴族様御用達の高級レストランなんかよりも全然美味しいと思います。まぁ最後に私が高級レストランで食事をしたのは何十年も前なんですけどね。


ちなみに、この食堂はアインズベルク侯爵家の使用人なら全員利用できます。

ここの侯爵家の使用人は他と比べてかなりお給金が高いですし、休日も多い上に手当ても充実しています。しかも食堂を無料で利用できるんですよ。永久就職確定です。


「ムーたん、ここは天国ですよね~」


「チュー」


なんて言っている間に、早速食堂に到着しました。侯爵家の使用人は自分の家から通っている人が多いので、この時間帯は比較的空いています。中に入り、朝食のメニューをチラリと見ると


〈キングディアーのシチュー、国産小麦のパン、旬野菜のサラダ、果実水〉


〈おかわり自由、果物食べ放題(持ち帰りも可)、従魔も利用可〉


と書いてあります。あれ、キングディアーってAランクモンスターだった気が...。まぁ、気にしたら負けですね。


トレーを二つ持ち、列に並びます。片方はもちろんムーたんの分です。


「セレナさん、おはようございます!ムーたん今日も可愛いねー」


「あ、おはようございます!」


「チュッ」


最近は声をかけてもらう機会も増えて、とっても嬉しいです。私たちもようやくここの一員として馴染んできた気がします。ゲルガー公爵家で働いていた頃は全員に嫌われていたので、その頃とは天と地ほどの差がありますね、本当に。


配膳が終わり、いつも通り窓際の席に腰を下ろします。食いしん坊のムーたんはもう一心不乱に口に詰め込んでいます。ほっぺが膨らんでいて可愛いですね。


「では私も食べ始めましょうか」


まずはキングディアーのシチューをスプーンで掬ってパクリ。


「おっふ」


一瞬で口の中に旨味とコクが広がりました。次はディアーのお肉を口に運ぶと


「!?」


ホロホロすぎてすぐに消えてしまいました。物理耐久力ゼロですね。

ちなみに侯爵邸には専属のパン職人さんがいるので、朝から出来立ての絶品パンが味わえます。


「う~ん。ふわふわモチモチで美味しいですね」


口に詰まったパンを果実水でそのまま一気に流し込みます。ふぅ、最高。

ですが本番はここからです。このパンを、件の鹿シチューにドボンしたらどうなるのでしょうか。まずはパンを一口大に千切り


ドボンッ。パクリ


「・・・」


刹那、世界が弾けました。言葉が出ないとはこのことですね。

そして気が付けば、すべてのお皿がスッカラカンになっていました。

ムーたんも食べ足りないようなので、二人でおかわりをしに行きます。毎日このサイクルを何度も回し、最後にデザートである果物も楽しんでいます。


一度目のおかわりを食べている最中に


「すまん、隣いいか?」


「もちろんいいですよー」


私は普段から窓際にある端っこの席で食べているので、隣に人が来るなんて珍しいですね。

暫く美味しい朝食に舌鼓を打った後、隣を見ると


「えっ」


「よっ」


アルテ様が何食わぬ顔で朝食をとっていました。なにが「よっ」ですか。ビックリして喉に詰まらせるところでしたよ。


「えーっと。なんで使用人専用の食堂で朝食を食べてるんですか?」


「なんとなくだ」


「そ、そうですか...」


なんとなくだそうです。他の使用人の方々も特に気にしてはいない、と言いたいところですが普通に驚いてます。まったく人騒がせな英雄さんですね。


「あっ、そういえば」


「ん?どうしたんだ?」


「ここで働き始めて暫く経ちましたが、私はまだ一つしかお仕事を貰っていません」


「ああ。内乱の時のやつか」


「そうですね。なのでそろそろ他のお仕事がしたいんです」


「ふむ...。一応セレナにしか頼めないことが一つあるんだが」


「え!?是非やらせてください!」


「かなり危険だからやっぱやめた」


「えぇ...。じゃあ話だけでも聞かせてくださいよー」


「話くらいなら全然いいぞ。『魔の森』の調査だ」


「『魔の森』って、世界有数の危険地帯の?」


「そうだ。バルクッド近郊にあるやつだ」


「なるほど、確かに危険ですね。でも調査なら私の得意分野ですし、やっぱりやらせてほしいです」


その言葉を聞いたアルテ様は暫く黙り込み、何かを考えているご様子。


「転移のアクセサリーを持って行くならいいぞ」


「あ、それってこの前の話に出てきたやつですか?」


「そうだな」


この前アルテ様と旅について話していた時に、「もうすぐ帝都から転移のアクセサリーが送られてくるはず」と言っていたのを思い出しました。確か片方のアクセサリーを侯爵邸に置いておけば、一瞬で帰ってこれるという激やば魔導具だった気がします。


そんなこんなで、私は明日「魔の森」の調査に行くことが決まりました。



「前も言ったと思うが、全然タメ口でいいんだぞ?」


「これでも結構口調を崩させて貰ってるんですが...」


「まぁセレナがいいならいっか」


「そうですね。ふふっ」



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