第54話:【閃光】の冒険者

「はい、あーん!」


「あーん」


モグモグ


現在俺はバルクッドにあるアインズベルク侯爵邸の自室にて、妹のレイに「あーん」してもらっている。またレイの横にはセレナがおり、その頭にはムーたんが乗っている。

なぜ彼女に食べさせてもらっているのかというと、俺がタイラントとの戦いの際に身体中を損傷してしまったからである。右足の骨が折れたのは分かっていたが、アドレナリンが身体中を駆け巡っていたせいで両腕まで骨折していたことには気が付けなかった。


「アルテ様が包帯まみれで運ばれてきた時は心臓が止まるかと思いましたよ...」


「チュウ...」


「私はアル兄様が意識を取り戻すまで一睡もできなかったわ...。でも『あーん』特権を手に入れられたのは不幸中の幸いね」


「三人とも心配かけてすまん」


「早く元気になってね!はい、あーん」


「あーん」


モグモグ


やはりうちの果樹園で採れた果物は絶品だな。天使の「あーん」も最高である。

今親父と母ちゃんは内戦後の処理に追われており、軍の基地に出向いている。兄貴はさっきまで部屋にいたのだが、レイに追い出された。


あと今回の内乱中、アルメリア連邦を含めた他国は特に侵攻してこなかった。だが用心するに越したことはないので、帝国の判断は最適だったといえる。逆に用心していたからこそ攻めてこなかった可能性もあるしな。この世界でも強大な戦力というのは、抑止力としての効果が絶大なのである。


そのまま暫く四人で雑談をした後、少し寝かせて欲しいと頼んだら、三人は渋々部屋から出て行ってくれた。


ふと窓から外を見ると、青空の下で昼寝をしている相棒が目に入った。エクスには特に心配させてしまったので、今度謝らなければならない。

実はタイラントとの戦闘中、エクスは何度も助けに入ろうとしてくれたのだ。だが俺がずっとそれを止め続けたので結局戦闘には参加しなかった。その理由は単純で、エクスはあの戦いに付いていけないと俺が思ったから。


本人、というか本馬もそれを理解していたので、邪魔にならないように少し離れた場所から見守ってくれていた。そして戦闘が終了した際に落下してきた俺を回収し、急いで治癒魔法をかけてくれたのだ。俺がここで呑気に果物を頬張れるのも、何を隠そう相棒のおかげなのである。


コンコン


「ケイルです」


「入っていいぞ」


ガチャ


「失礼します。実は先ほど陛下から書簡が届いたので、アル様にお届けしに参りました」


「そうか、ありがとう」


ケイルは俺に書簡を渡した後、すぐに部屋から出ていった。

俺はあと三日は身動きが取れないので、もしかしたらその間に大体終わっているかもしれないな。


「では早速書簡を拝見させていただくか...ふむふむ」


現在両腕を骨折しているものの、手はギリギリ動かせるので器用に書簡を開いて内容を確認する。

まずゲルガー公爵家は取り潰された。またゲルガー公爵家の関係者は全員処刑、もしくは無期懲役に決定した。あの髭デブは謀反を起こしたどころか、かなり前から悪事を働きまくっていたのでこの処分は妥当である。公爵家の使用人や衛兵達の中にも、グルになっていた奴らが沢山いたようなので、別に可哀そうとも思わない。


「もしセレナと仲が良かった使用人や衛兵がいるのなら、陛下に進言してそいつをうちで引き取っても良かったのだが...」


本人曰く全員から嫌われていたようなので、特に俺は動くつもりはない。ドンマイである。

それと公爵家の親族は公開処刑にされるようだ。自分たちが見下していた平民に、今度は自分たちが見下されながら死ぬなんて、なんという皮肉なのだろうか。


「俺が学園でぶん殴ったアイツも処刑されるのか...名前覚えてないけど」


股を濡らしながら気絶したのは覚えてるんだけどな。



次に、今回の内乱に参加した者達全員に報奨金が与えられた。その中でも特に活躍した者にはこれから勲章が贈られたり昇格されたりするらしい。ちなみに帝都軍と第二皇子派閥軍の最高幹部達は全員生き残ることに成功し、一番重傷だったウサ耳のおっさんも一ヵ月後に復帰予定である。

そういえばレオーネ団長とアードルフ大将にはかなり活躍してもらったので、二人はできるだけ豪華な褒美を貰って欲しい。


また強硬派に属していた貴族家はすべて取り潰された。そして当主とその親族はこれから処刑される。まぁゲルガー公爵家と共に謀反を企てたのだから当たり前だな。

だが問題はここからだ。それはカナン大帝国全体の貴族家の数がかなり減ってしまうということである。


「アインズベルクが公爵に陞爵されるのは確定だとして、他はどうするんだ?」


余りに余った領地を他貴族で分け合うのか、それとも爵位の高い貴族家が分家を起こし、そこの領主に叙任されるのか。

だがこの問題はそんなに早く解決できるようなものではないので、エクスと優雅に日向ぼっこでもしながら結果を待つとしよう。



最後は、俺への褒美についてだ。今回俺がタイラントというSSランクの地龍を討伐したことは、すでに冒険者ギルドを通して大陸中に発表されたので、さすがに褒美を貰わないといけない。でなければ逆に陛下の悪評が広まってしまう。

今は内戦後の処理で忙しいだろうから、落ち着いたら何かいただくか。


「あの白馬はすでにエクスと相思相愛だから決定だとして、今回は何を貰おうか」


今回も【龍紋】みたいな、泣く子も黙る便利アイテムが欲しいな。まぁまたレオーネが奇跡の閃きで何か提案してくれるだろう。


「あ、いいこと思いついた」


アレにするか。


===========================================


それから五日後。


「なぁセレナ。本当によかったのか?」


「え?あ、はい。だってもう興味ないんですもん」


「でも何十年もあの髭豚にコキ使われてきたんだろう?俺が同じ立場だったら、最前列でおちょくるためだけに行くと思う」


「うーん...。でも処刑されるのを見たところで気分が悪くなるだけですし、やっぱり行きたくないですね」


「そうか」


本日、長年セレナを苦しめてきたゲルガー公爵とその親族の公開処刑が帝都の大広場で行われる。しかしセレナは見物しに行かないらしい。俺なら絶対おちょくりに行くのに。

でもセレナのそういうところが、彼女の魅力の一つだと俺は思う。


「でも内乱が終わったばかりだし、もう少し侯爵邸に引きこもってのんびりするのもアリかもしれんな」


「ですね~」


「ブルルル」


「ブルブル」


「チュウ」


ちなみに、今日果樹園の住人が一人増えた。そう、エクスの彼女である。


彼女の名前は【カミラ】。


もちろん名付けたのはエクスだ。エクスに「名前どうする?」って聞いたら、「カミラがいい」って即答された。なんでこの名前なのかは知らんが、エクスもカミラも喜んでいるので、今は祝いの言葉だけを贈っておこう。

実は帝都からタイラント大平原に行軍している時、エドワードに「内乱が終わったらこの白馬をうちにくれ」と伝えていたので、すぐにうちへやってきてくれたのだ。


「カミラちゃん、相変わらずブルブル言いながらエクスとイチャついてますね!」


「そうだな。あ、そういえば俺は学園を卒業したら世界中を旅する予定なんだが、セレナも付いてくるか?たぶん途中でセレナの故郷にも寄ると思うぞ」


「え、いいんですか!?是非連れて行ってください!」


「よし、じゃあその時はカミラに乗せて行ってもらおう」


「そうですね!いいですか?カミラちゃん」


「ブルブル」


旅のお供、ゲットだぜ。カミラもやる気満々で何よりである。


「一応いつでも転移でここに帰って来れるから、精神的にも楽だしな」


「確かにそうですね!転移の魔法陣、恐るべし...」



===========================================


 数日後、帝城の宝物庫にて


「ではこれを貰っていいですか?」


「ほ、本当にそんなものでよいのか?」


「はい。これでいいです」


レオーネのナイスな提案により、俺は宝物庫から直接褒美を選ばせてもらうことになった。そこで俺は、用途不明の古びた小型魔導具を選択した。


これは恐らく、≪通信≫魔法の魔導具である。早く実家に帰ってこれをいじくり回したい。


あと、陛下に貰ったもう一つの褒美は禁書庫の利用許可。


「禁書庫の利用許可とは、いいところに目を付けたな『閃光』」


「禁書庫って普段は陛下しか利用できないんでしたっけ?」


「そうだ。あそこにはある意味危険な本が沢山置いてあるからな」


「呪われている本とかあるんですか?」


「ああ。怪しい鎖でグルグル巻きにされた本とか結構あるぞ」


「それ、外したらなんか出てきそうですね。悪魔とか」


「くれぐれも外すなよ?」


「はい...たぶん」


「外したらフレイヤを呼ぶからな」


「絶対に外しません」


呪われた本を開けたら悪魔どころか魔王が召喚されるらしい。さすがにそれは勘弁してほしいので、禁書庫を利用するときはくれぐれも注意しなければな。


と、ここで陛下が


「そういえば昨日、帝都の商業ギルド長から『閃光』の本を出版させてくれと頼まれたのだが」


「絶対に断ってください。恥ずかしいので」


「わかった」


ただでさえ吟遊詩人達のせいで、大陸中に俺の恥ずかしい詩が広まっているというのに、商業ギルドに本なんか出版された日には一体どうなってしまうのだろうか。

だが陛下がきちんと断ってくれるようなので一安心である。やはり持つべきは信頼と実績だな。



それから数日後の午前中、商業ギルドから書簡が届いた。エクスの腹に背を預けながら書簡を開いて内容を確認すると、そこには「閃光」の本の出版が決定した、と記されていた。


「あの嘘つきジジイめ...」


うちの親父が凶悪ジジイなら、陛下は嘘つきジジイである。どうせ今頃帝城でニヤニヤしているに違いない。


「絶対フレイヤさんに言いつけてやろう」



一応これは商業ギルドから正式に届いた書簡なので、最後まで丁寧に読み進めていく。


「ふむふむ...俺を題材にした小説と絵本を出版するのか。じゃあエクスとかも出てきそうだな」


「それで、肝心のタイトルは...」


そこで俺は書簡を閉じ、雲一つない蒼天を仰ぎながらそっと呟く。





「【閃光】の冒険者...か」





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