第49話:討伐軍元帥

 帝城での会議を済ませた俺と親父は、現在エクスに乗りながら別邸に帰宅中である。


「親父はこれからどうするんだ?」


「任務に出ているアインズベルク侯爵軍の兵士たちを一時的にバルクッドに呼び戻す予定だな」


「まぁそうなるよな」


今回の内乱で最も甘い蜜が吸えるのはアルメリア連邦である。そのためアインズベルク侯爵軍とランパード公爵軍は常にアルメリア軍の侵攻を警戒していなければならない。

アインズベルク侯爵軍は総勢約十万人いるのだが、全員が戦いの前線であるバルクッドにいるわけではない。親父は内乱が終わるまではバルクッドの戦力を最大にしておきたいので、任務で散り散りになっている兵士たちを一旦呼び戻すのだろう。


内乱中、俺はエドワードの護衛をする予定なのでバルクッドには帰れない。だからバルクッドにはセレナを残しておく予定だ。あとムーたんも。


「俺とエクスは内乱に参加するけど、バルクッドには念のためセレナを残しておくから安心してくれ」


「そういえば今朝新しい使用人を特別待遇で雇ったと耳にしたのだが、まさか...」


そうか。あの時ケイルが「あとはお任せを」と言ったので特に口出しはしなかったが、きちんと事情を酌んで特別待遇にしてくれたらしい。どこまでもナイスな執事である。


「そのまさかだな。ちなみに彼女は≪影≫魔法の覚醒者で、戦闘力はSSランク冒険者レベル。また魔法の特性上、隠密と索敵に関しては両方世界で三本の指に入ると思う」


「え、それ聞いてないんだが」


「言うの忘れてた」


「ええ...。というか普通使用人を雇う時は、まず当主の俺に相談してから決めるものじゃないか?」


「面倒くさいからやだ」


「ええ...。まぁアルならいいか」


この親にしてこの子あり、である。実際二人の血は繋がっていないのだが、ある意味本当の親子と言えよう。


「世界中の国々が喉から手が出るほど欲しがりそうな覚醒者を一体どこから連れて来たんだ?今朝聞いた話だとかなりアルに忠誠を誓っているようだし」


「この前ゲルガー公爵領に手ごわい奴がいるって言ったろ?」


「一旦諜報部を引き上げる原因になった奴か」


「そうそう。そいつ実は何十年も服従の首輪で...」


帰宅中に長々とセレナの話をし、気が付けば別邸に到着していた。またバルクッドに転移した後、親父は侯爵軍の兵士をバルクッドに召集するべく軍の基地に向かった。


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その日の午後


「なぁエクス、暇じゃね?」


「ブルル」


先ほど陛下から書簡が届いたのだが、今回の帝都軍&第二皇子派閥軍vs強硬派軍の戦いの幕が切って落とされるのが帝都アデルハイドとゲルガー公爵領の中間地点にあるタイラント大草原に決定されたらしい。開戦は今から丁度二週間後なのでそれまでは暇である。


「あ、そういえば」


陛下からの書簡にエドワード直筆の手紙も同封されていたことを思い出したので、それをポケットから出して開く。



〈アルテへ。なんか父上に『元帥やれ』とか言われて今困ってるんだ。スカーレット姉上まで『せっかくだしやってみればいいじゃない』とか言って他人事だし。一応近衛騎士団団長のレオーネにも相談したんだけど、久々の戦いに興奮しすぎて話が通じなかったよ。このままだと本当に戦地へ向かうことになりそうで怖いから、今すぐ助けに来て欲しい。信じてるよアルテ。エドワードより〉



俺はスッと手紙を閉じて再びポケットに入れる。そのまま立ち上がって果樹に手を伸ばし、ベリー系の果物を収穫する。豪快にかぶりつき、甘くてジューシーな果肉を口の中で楽しんでから飲み込む。そしてエクスの方を向き真剣な目で語り掛ける。


「よしエクス。暇だしムーたんに秘密基地でも作ってやるか」


「ブルル」


エドワードは見捨てられたのであった。ドンマイである。


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コンコン


「はーい、どちら様でしょうか」


「アルテだ」


「!?」


ガチャ


ドアが凄い勢いで開き、中からボサボサの髪をしたセレナが出てきた。頭にはムーたんが乗っている。彼女は最近働き詰めでろくに寝ていないと言っていたので、たぶん今起きたのだろう。


「急にすまんな。飯は食ったか?」


「はい。一応使用人専用の食堂で朝食と昼食両方いただきました」


ちゃんと飯の時間には起きているらしい。腹時計がしっかりしているのはいいことである。


「そうか。それでいつまで休暇なんだ?」


「ケイルさんには特別待遇で雇ってもらったので、実は指示が出るまで特にやることはないんですよね」


特別待遇の使用人は、例えば専属の薬師や鍛冶師、錬金術師や用心棒が当てはまる。それらの使用人達は主人やメイド長、執事長などから指示が出ない限り、基本的に暇なのだ。たぶんセレナは用心棒枠で雇われたのだろう。


「じゃあ俺が直々に侯爵邸を案内するから、どこに何があるのかを覚えてくれ。ムーたんもな」


「はい!」


「チュウ」


暇潰しの相手、ゲットだぜ。侯爵邸はアホみたいに広いので、全部を案内するのはかなりの時間が掛かった。そして終着点はもちろん


「ここが果樹園だ」


「なんか果樹一本一本が普通より大きくないですか?」


「エクスから自然に溢れ出した魔力を吸って成長が促進されているみたいなんだ」


「エクスって例の『深淵馬』ですか?」


「そうだな」


「へぇ~。魔力って不思議ですね」


「ああ、まったくだ」


ムーたんが涎を垂らしながら果物にガンを飛ばしていたので、今日から食べ放題だと説明したら、果樹を器用に駆け登って一心不乱に貪り始めた。本当によく食うなぁ。あの小さい体のどこに入ってるんだか。

二人ともさっき昼食をとったばかりなのに夢中で果物を食べ始めてしまったので、俺はマジックバッグから木材と工具を取り出す。この木材は侯爵家の倉庫からパクってきたものだ。


「秘密基地はツリーハウス型にするか」


今頃エドワードは元帥任命という名の死刑宣告を受けている頃だろう。南無。

約三十分後に腹を膨らませた二人が戻ってきた。ちゃんと全種類コンプできたみたいでなによりである。


「もうお腹に入りません...」


「ヂュ、ヂュウ」


「おかえり。実は今ムーたんの秘密基地を製作している最中だ。何か意見があればバシバシ言ってくれ」


「よかったね。ムーたん」


「ヂュー」


もう三十分後、ムーたんの要望を汲み取りながら試行錯誤しようやくツリーハウス型秘密基地が完成したのであった。

現在、自分だけのお家を満喫しているムーたんを俺とセレナが見守っている。


「なんか幸せそうだな」


「夢のマイホームですもんね」


あとムーたんが侯爵邸内を自由にウロチョロできるように、使用人全体に呼びかけておこう。見た目はただのネズミだからな。


今更だがこの世界には魔物以外にも普通に動物がいる。一応すべての生き物が魔力を持っているが、その中でも体内に魔石がある生き物を魔物やモンスターと呼ぶ。基本的に動物は魔法を使えないが、魔物は使える。そんな感じ。


ちなみにムーたんは魔物である。だがなんという種類の魔物なのかは知らない。俺の愛読書である魔物大全典には載っていなかったので、新種の魔物かもしれないな。まだまだこの世界は不思議いっぱいである。前世でも毎年のように新種の生き物が発見されていたので、この世界であれば尚更だろう。


「そういえばなんでまだ二人は従魔契約していないんだ?こんなに仲が良いのに」


「それが...」


「もしかして試したことはあるけど失敗したのか?」


「はい...」


なぜ元Sランク冒険者なのに成功しなかったのだろうか。遠い小国出身だと言っていたので、それが原因なのかもしれない。同じ大陸だからといってその国とカナン大帝国の魔法技術の水準が同じとは限らないもんな。でもシンプルに従魔魔法が苦手な可能性もあるので、あまり触れないでおこう。なんか凹んでるし。


「じゃあ実際に見せたほうが早いかもな。エクスー」


待っているとすぐに


「ブルルル」


「こ、これが噂の...」


「チュ、チュウ...」


セレナは索敵が得意だからエクスが裏庭にいることには気付いていたとは思う。でも初めて見た時のインパクトに耐え切れず、綺麗に固まっている。それにしても驚いているムーたんの顔が面白い。


「こっちがセレナで、こっちのちっこいのがムーたんだ。昨日から二人ともうちに住むことになったから是非仲良くしてやってくれ」


「ブルルル」


「で、セレナ。俺とエクスの間には常に従魔魔法のパスが繋がっているのだが、わかるか?」


「わ、わかります。ふむふむ...こんな感じなんですね」


「ムーたんとこんな感じでパスを繋ぐようにイメージして従魔魔法を発動してみてくれ」


「はい。じゃあムーたんこっちにおいで」


「チュッ」


セレナはムーたんの頭に優しく手を乗せ、従魔魔法を発動する。すると幻想的な青い光が二人を包み込んだ。ほほう、周りから見るとあんな感じなのか。俺とエクスの時は一瞬で契約が結ばれたのでよくわからなかったのだが、普通はこうなるらしい。


そのまま二十秒が経過し、徐々に青い光が消えていく。そして


「成功だな」


「ブルルル」


「やったー!!!」


「チュー!!!」


二人の間に従魔魔法特有のパスが繋がった。見事一回で成功したので、セレナは今まで従魔契約のパスをじっくりとみたことがなかったから失敗続きだったのだろう。冒険者活動をしていた時に見せてもらう機会ぐらい沢山あっただろうに。ん?まさか...


二人が喜びに浸っているのを暫く眺める。そして落ち着いてきたのを見計らって


「なぁ、もしかしてセレナって人見知りなのか?」


「え、なんでわかったんですか?」


「いや、なんとなく。というか初めて戦闘した時に一言も喋らなかったのもそれが原因か?」


「は、はい...」


やっぱり人見知りだったかぁ。確か二回目は普通に話しかけてきたので、たぶんそういうことだろう。なんだかセレナという生き物の生態が段々わかってきた気がする。


「じゃあなんでケイルとは初見で話せたんだ?」


「昔知り合いだったおじいちゃんに似てたので」


「知り合いだったおじいちゃん?」


「はい。知り合いだったおじいちゃんです」


「そ、そうか」


「はい」


前言撤回する。やっぱり全然わからん。



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 それから時を遡る事約三十分、帝城にある【謁見の間】では


「此度の内乱にて、ゲルガー公爵率いる強硬派軍九万に対し、帝都軍十二万と第二皇子派閥軍四万を合わせた総勢十六万の討伐軍を建軍する」


おぉ


「またランパード公爵とアインズベルク侯爵との会議を経て、討伐軍の元帥にカナン大帝国第二皇子【エドワード・ブレア・ルーク・カナン】を任命することが決定した」


おぉ!


ここで宰相が


「エドワード第二皇子、前へ」


「はっ」


エドワードは皇帝がいる玉座の前まで進み、地面に片膝を付けて頭を垂れた。


「【エドワード・ブレア・ルーク・カナン】。其方を討伐軍の元帥に任命する」


「はっ。謹んで拝命いたします」


パチパチパチ!





とある衛兵の話では拝命式の後、帝城に謎の大声が響き渡ったという。







アルテェェェェェェェェェェェェェェェェェ!





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