第46話:作戦練り直し
~サイド???~
私は一度公爵邸の敷地内に建てられたボロ小屋に帰還しました。見た目は完全に農夫の物置小屋ですね。私はもう何十年もこの小屋に住んでいるので、さすがに愛着ぐらいは持っています。
「ふぅ。落ち着いて休憩ができるのは世界でここだけですよ...」
小屋に入ってからホコリの積もった椅子に腰を下ろす。
ちなみに私は公爵家の人間全員から嫌われているので、ここにはめったに人が来ません。ごくたまに使用人が仕事の連絡をしに来るだけです。その時に嫌な顔をされるのにも慣れました。あ、でも私の唯一の友達が来ることがありますね。
「まぁ、それは置いといて」
一時間半ほど前に公爵家の周辺で索敵をしていたら、恐らく覚醒者であろう反応を察知したので現場に急行しました。相手の姿までは確認できませんでしたが、居る場所は大体わかりました。覚醒者特有の膨大な魔力が少し溢れていたのでね。これでも索敵は得意なんですよ私。
「いったいどんな魔法を使って姿を隠してたのでしょうか...」
そのまま標的はオストルフ近郊にある砂場まで移動し、魔法を解いてようやく姿を現したんです。それからなぜか棒立ちのままボーっとしていました。どうやら私が姿を現すのを待っていたのでしょう。しかも私が登場した途端、呑気に話しかけてきたんですよ。舐められたものです。「髭デブ公爵」というのには少し共感しましたが。
で、すぐに戦闘を開始したのですが、全ての魔法や攻撃を容易く対処されてしまいました。≪影≫魔法は攻撃力が低いかわりに、索敵や隠密に特化しています。そのため近距離に持ち込めば勝てると思いましたが、長年にわたる仕事や鍛錬で身に着けた剣術でさえ通用しませんでした。
その後運よく一瞬の隙をついて逃げることに成功し、さっきボロ小屋という名の我が家に帰還したわけです。
「あれは噂に聞く【閃光】でしょうね...」
はぁ、どうしましょう。今まで仕事の成功率は百パーセントだったのですが、さすがに今回ばかりは分が悪いです。だって相手は最近帝国に彗星の如く現れたSSランク冒険者ですよ?しかも、かのアインズベルク侯爵家の次男な上に伝説の従魔を従えており、終焉級の魔法まで操ると聞きました。近距離もつよつよでしたし。
「あの不思議な形をしていた剣も気になります」
あとこの家はあの髭豚が当主になってから非合法な金稼ぎばかりしているので、そのうちの一つがバレたのではないでしょうか。
「たぶん奴隷売買あたりの情報が漏洩したのでしょうね」
きっと領民を奴隷として売りさばいていた罰が当たったんですよ。ざまあみろ。次期当主である長男すら馬鹿で、常日頃から平民を見下しています。本当に救えませんねこの家は。
今回の仕事で失敗して死ぬくらいなら、【閃光】にはこの公爵家を徹底的に潰して欲しいです。ちなみに【閃光】がオストルフに潜入していることは秘密にしておきます。あのデブに貴重な情報なんて渡しませんよ。
なんて考えていると
「チュッ!」
「あ、ムーたん!今日も来てくれたんですね」
先ほど少し話に出した、私の唯一のお友達のネズミの「ムーたん」が窓の隙間からヒョコッと顔を出しました。少し前に市場で買ったチーズをプレゼントすると、美味しそうに食べてくれます。嬉しい。
モグモグ
チーズを頬張るムーたんをナデナデしながら呟く。
「ム―たんと会えるのもあと少しなのでしょうか...」
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≪影≫の覚醒者に逃げられた翌朝、俺はすぐさま【オストルフ】の諜報部を訪れ、全員転移でバルクッドに移動させた。その後、基地の戸締りをしてから俺も魔法陣に乗った。
「思っていたよりも早く戻ってきてしまったな」
対の魔法陣はバルクッドのアインズベルク侯爵軍の建物内に設置してあるので、少し歩けば実家に帰還できる。
「アル様、お帰りなさいませ。ご無事で何よりです」
「ただいまケイル。他の皆は?」
「不在です」
「そうか」
いつも通りケイルが迎えてくれた。ケイル曰く他の皆は侯爵邸にいないようなので、そのまま果樹園に向かう。俺の予想では、そこでデッカいのがゴロゴロしてるはず。
「お~いエクスー」
「ブルルル」
「おう、ただいま」
俺に気付いて寄ってきたエクスの鬣を撫でた後、葡萄っぽい果物を収穫して一粒口に放り投げる。とても甘い上にみずみずしい。これが毎日食べ放題だなんて、控えめに言って最高である。暇つぶしに果樹園を作って本当に良かったな。そんなことを考えながらモグモグしていると、エクスが再び横になった。それを見て
「よし、久しぶりに食いしん坊馬と昼寝でもするか」
俺はエクスの腹に背中を預け、ゆっくりと目を閉じる。
数時間後にレイも果樹園を訪れ、
「あれ?ケイルから、お兄様はここにいると聞いたのだけれど」
果樹園は広いのでベリー系の果物を収穫し、食べながら園内を見渡す。相変わらず美味しいわねこれ。モグモグしながら歩いていると木漏れ日の中でグッスリと眠るエクスとアル兄様を発見した。
「なんというか...幻想的だわ」
これは絶対起こしちゃダメなやつね。そう感じた私はすぐに踵を返し、屋敷の方に向かって歩き始める。
「もしこの世界を一つの物語にするのであれば、主人公はきっとアル兄様でしょうね...」
なんてね。
その日の夜、久しぶりに家族全員で食卓を囲んでいた。
「というわけで、一旦帰ってきた」
「なるほどねぇ。それで暫く手は出さないつもり?」
「ああ」
「そうなの。それにしてもこの魚美味しいわね、この貝とイカも」
「そりゃ俺が直接市場に行って、品定めをして買ったからな」
エクスも今頃魚介料理をたらふく食べて腹を膨らませていると思う。あ、そういえば皆にお土産を買ってきたんだった。もちろんエクスとケイルの分も買ってきたので後で渡さなければな。
ちなみにお土産を渡したら家族はとても喜んでくれた。特に妹のレイは発狂するほど喜んでくれた。天使である。また買ってこよう。
飯を食った後、俺は風呂に入りながら考える。
≪影≫の覚醒者についてはもう心配していない。次オストルフに潜入した時に、奴はきっと俺の所にとんでくる。奴の索敵範囲は異常だからだ。
「それに、もう俺の魔力も覚えただろうし」
前回あれだけ至近距離でドンパチやったのだ。覚えてくれてなかったら逆にショックだ。
奴も一般市民を巻き込んで戦闘するのは嫌だろうから、前回と同じ場所に誘導し、すぐに戦闘を開始する。そして奴を戦闘不能にした後、うちに勧誘してみる予定。断られたらその場で始末し、勧誘に成功したら首輪を断ち斬って回復薬をかけてやる。
「我ながら良い作戦ではなかろうか」
ゲルガー公爵家で働いているのなら、潜入の時に役立ちそうだからそのまま連れていくのもアリだな。うん、そうしよう。いくら無理矢理働かされているといえども、いろいろと持って行きたいものぐらい自室にあるだろうし。
「うちはアットホームな職場なんだ。未来の使用人の我が儘くらい、いくらでも聞いてやる」
予定は大体決まったのだが、問題は次いつ仕掛けるかである。せっかく帰ってきたので暫くは実家を満喫するつもりだが。
「いや、奴が俺のことを公爵に報告していないと仮定すれば、別に明日でもいいのか?」
その場合、特にあちらでは騒ぎになっていないので、仕掛けるのはやっぱりいつでもいいのかもしれない。でもさすがに一ヵ月以内には行動しよう。俺が実家で羽を伸ばしている間に領民を乗せた公爵家専用船が出航してしまったら後味が悪いし。
「じゃあそれまで転移の魔法陣でも研究するか。今回はとりあえず小さくすることが目標だな」
この時俺は知らなかった。自分が研究にのめり込んでしまい、これから二週間ほとんど寝ずに過ごすことを。
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あの頭の悪い宣言から二週間後
「ああ。やっと目標を達成できた」
初めは全然研究が進まず、四苦八苦しながらペンを滑らせた。俺の自室の床にはインク切れのペンや殴り書きをされた紙が散乱している。二週間ほとんど寝てないし食べてもいない。挙句の果てには光速思考を起動し、脳をフル回転させて研究を進めた。やっとのことで目標を達成し、俺は確信した。
「よし。これを一度帝都の研究チームに提出して、あとは全部彼らにやってもらおう」
またこの生活をするくらいなら素っ裸で大陸の三大ダンジョンに放り込まれた方がマシである。ちなみに大陸の三大ダンジョンとは【奈落の洞窟】、【ベヒモスの砂漠】、【アヴァロンの塔】の三つ。もちろん三つともランクはSSである。
実はこの中の一つはカナン大帝国内にあったりする。どれがあるのかは今は秘密。
まぁ全部攻略する予定なので楽しみにしててくれ。
研究に区切りがついてから三日間はのんびりと静養し、体力と精神の回復に努めた。
そして現在、オストルフに繋がる魔法陣の前に立っている。
「よし、じゃあそろそろ行きますか。オストルフに」
まず一歩踏み出す。次にもう片方の足を乗せた瞬間世界が変わった。
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「よし、まだここの基地は気づかれていないようだな。帰りも使おう」
そういえば、ゲルガー公爵家が失脚したらここの土地はどうなるのだろうか。予定だと現公爵領の半分はスカーレット皇女が大公家の領地として治め、もう半分はゲルガー侯爵家が治めることになっている。しかし、このままだとゲルガー家は爵位を剥奪されるので、土地が半分余ってしまう。
「うちにも海軍欲しいし、分家でも作って治めてみるか?」
連邦の海軍基地から奪ってきた魔物除けの魔導具が、実家に結構置いてあるから丁度よさそうだ。そうなればランパードも協力してくれるだろうから悪い話じゃない。でも俺は将来旅をしたいから他の誰かに治めてもらうか。ここ飯美味いしきっと引き受けてくれるだろう(適当)。
「転移で繋いだらここも実質実家だしな」
なんて考えながら隠密モードで夜の道を進む。すると、基地から出てまだ数分しか経過していないのに違和感を感じた。
「相変わらず凄まじい索敵能力だな」
前回と同じように俺はオストルフ近郊の砂場まで移動する。今更だが、奴は恐らく影の中を移動している。どういう理屈で潜っているのかは知らない。魔法は不思議である。
到着し、隠密モードを解除する。そのままボーっと待っていると
「また来たんですかあなた...」
「なんかすまん」
いや、ほんとにごめん。確かに二週間音沙汰がなければ、普通は諦めたと思うよな。でも研究が忙しかったからしょうがない。文句ならあのクソ魔法陣に言って欲しい。俺は悪くない。
相手が文句を垂れてきたから、戦う前に少し嫌がらせでもしてやるか。
「なぁ、お前ダークエルフだろ?」
「!?」
ノーコメントか。魔力の感じから推測するに、エルフでもないしハーフエルフでもない。でもなんとなく純粋のエルフに魔力が似ているので、消去法でダークエルフだと思った。ぶっちゃけ合ってる自信はなかったが、図星のようである。
「お前、俺のことをあのデブに報告しなかったろ?」
「それは事実ですが、礼には及びませんよ。私があの豚を嫌っているだけですし」
「そうか」
でもそのおかげでまだ重要書類が破棄されていないので、俺は感謝の証にフードを脱ぐ。
「え?...いや、まさか」
「ん、どうした?」
俺の顔を見た瞬間、奴は急に固まった。そしてなぜか自分までフードを脱いだ。
「この顔に見覚えはありませんか?」
≪影≫持ちは女性特有の高く澄んだ声で語りかけてきた。やはりダークエルフだったか。しっかりと服従の首輪も付けている。というかめっちゃ美人。
「すまんが見覚えはないな」
「そうですか...。まぁこの首輪が付いているかぎり、やることは変わりませんが」
「そうだな。実は俺にもいろいろと話したいことがあるから、まずは戦闘不能になってくれ」
「ふふふ。やれるものならやってみてください」
その瞬間≪影≫持ちの闘気が爆発的に上がり、影の魔力を纏った身体強化を起動した。
「なんだ。やっぱり前回は全然本気じゃなかったのか」
と言いながら俺も同じように闘気を高め、「光鎧」を起動する。
「あなたもね」
ついに≪光≫と≪影≫という対の覚醒者達の戦いの幕が上がった。
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