第45話:影を司る者

~サイド???~


「はぁ。昨日やっと仕事を終えて帰ってきたのですが...仕方ありませんね」


私がこんな自由の無い生活を続けてから何十年経ったのでしょうか。自分でも覚えていません。ダークエルフの寿命が長いことが完全に裏目に出ています。


「昔はもっと輝かしい日々を送っていたのですがねぇ」


その昔、ここから遠く離れた国で私はSランク冒険者まで駆け上がりました。小さな国だったので高ランク冒険者の数が少なく、当時の自分は英雄のような扱いを受けていました。しかし某貴族の策略にハマり、それからこの国で何十年も暗殺や誘拐、詐欺や強盗などの汚い仕事をしています。


「くっ。この忌々しい首輪さえ無ければ...」


まぁ悔やんでも仕方ありません。それよりも私が現在仕えている主人という名のゴミ野郎からお呼び出しがかかったので、すぐに向かわなければ。


すぐに部屋に到着し


コンコン


「私です」


「遅い!さっさと入れ役立たずが」


「失礼します」


ガチャ


「昨日この都市にネズミが紛れ込んだらしい。早急に片付けろ」


「わかりました」


「そのネズミの情報はこの紙に書いてある。わかったら早くいけ!」


「はい。失礼します」


久しぶりに帰ってきたのに労いの言葉など一切無く、また次の仕事を押し付けられてしまいました。まぁ仕方がないですね、元からこの豚野郎に期待なんてしてませんし。

屋敷内を歩きながらネズミの情報が書かれた紙を見る。見た目は黒髪の青年で、おそらくアインズベルク侯爵家かランパード公爵家の諜報部か。いくらなんでも情報が少なさすぎるでしょう...。はぁ、ここまではいつも通りですね。


そのまま屋敷を出て、青く澄み渡った大空を仰ぐ。


「こんな公爵家なんて潰れてしまえばいいのに」


何十年も酷使したボロボロの身体を引きずりながら嫌々仕事に向かう。頑張れ、私。


「さて、今日も頑張りますか...」


===========================================



 今日は朝からゲルガー公爵領領都【オストルフ】のスラム街に潜入していたが、俺は≪光≫魔法の覚醒者なのに皮肉にも夜の方が動き易いので一旦宿に帰ってきた。


「日が沈むまで暇だから転移の魔法陣の研究でもするか」


それから暫く研究に没頭し気が付けばとっくに夜である。時間があっという間に過ぎてしまった。俺は割と研究者気質なのかもしれんな。研究の成果として、魔法陣に刻まれた文字の規則性がちょっぴりわかった。ほんのちょっぴり。


「さて、そろそろ準備するか」


俺は変装用の装備ではなく白カマキリの皮鎧を装着し、壁に立てかけてあった【星斬り】を腰に差す。その上からバサッと外套を羽織り、準備完了。


「やっぱり落ち着くな。この格好は」


さっきは研究者気質と言ったが撤回しよう。やはり俺は生粋の冒険者である。


ちなみに俺はこれからゲルガー公爵の屋敷に潜入し、重要書類を根こそぎ盗むつもりだ。本当はゲルガー公爵専用船に奴隷(領民)を乗せる現場を直接押さえたい。でもそれが長期休暇中に行われるかわからないのでさすがに却下。


あとスラム街に捕らわれているであろう領民たちを発見し保護するのもアウト。これが一番ダメだ。保護したところでゲルガー公爵は知らばっくれるだろう。なんなら「証拠も無いのに疑ったのか!?ふざけるな!」とか言って逆ギレするんじゃないか、あの髭デブ公爵。そしてすぐに重要書類を破棄され、見事に今回の作戦はパァである。


【龍紋】を持っている俺にとって一番効率が良いのは、直接重要書類を入手することだ。俺が手に取り、それの内容を確認した時点で勝ち。

俺がそれを直接確認したということは、陛下が確認したということと同義。あくまでカナン大帝国内の話だが。

それが成功すればあとはどうとでもなる。【龍紋】とはそういうものである。文句はこれを作った奴に言ってくれ。



早速俺は宿から出て物陰に向かい、光学迷彩と暗視を起動して隠密モードになる。公爵邸の場所は朝確認したのでスムーズに歩を進める。


「一応警戒しながら進もう」


ゲルガー公爵はうちの優秀な諜報部に行方不明者の情報を掴ませなかったので、想定よりもやり手な可能性がある。もしかしたら昨日俺が都市内をブラついていたのもバレているかもしれないな。さすがに正体まではバレていないと思うが。


「まぁ隠密モードの俺に気付ける奴なんて、索敵に特化した覚醒者くらいだろうけど」


そんな奴はきっと≪重力≫くらい良い固有魔法を持っているに違いない。

道中で喧嘩している酔っ払いや見回りをしている衛兵とすれ違うが、気にせずに進み続ける。


ちょうど目的地まで半分ほど近づいたところで、何か違和感を覚えた。


「ん?まさか変な予感が当たってしまったのか?」


誰かに見られてるような気がする。気のせいかもしれないからもう少し進んでみよう。

俺は目の前の十字路を右に曲がり、あえて公爵邸とは別の方向に進む。すでに先ほどの地点から一キロメートルは離れているが、相変わらず違和感は覚えたまま。


「こりゃ完全にバレてるな」


何者かが俺をドンピシャで発見し、追跡している。しかもそいつがどこにいるかわからない。

俺はとんでもない猛者に目を付けられてしまったらしい。公爵家の手先、恐るべしである。


「ちょっとゲルガー公爵家を舐めすぎていたかもしれん」


というか、追跡されるのが少し楽しくなってきた。どこまで追ってくるのか試してみるか。本当はこのまま逃げるべきだが、どうせなら追跡者に嫌がらせをしてやろう。


俺は少しスピードを上げてオストルフ近郊の砂浜までやってきた。

夜空に浮かぶ三日月が海面に反射して綺麗だ。ザザーっという波の音も相まって、もし追跡者が恋人ならプロポーズしているところである。まぁどこにいるのかわかんないけど。

【閃光】の魔力で光探知をすればわかるのか?今度試してみるか。


なんて考えながら待っていると、追跡者がついに姿を現した。黒い外套に身を包み、フードまでしているので現在の俺と瓜二つである。


「俺にそっくりだな」


「...」


猛者のくせにウブだな。もう一押ししてみるか。


「どうせお前は髭デブ公爵の手先だろ?こんな夜中まで働かされて気の毒に」


「...」


ん?今ちょっとビクってした気がする。こりゃゲルガー公爵家の手先確定だな。こいつは少し天然なのかもしれない。

それから一分ほど睨み合い、遂に相手が動き出した。


【影縫い】


「!?」


一瞬で動けなくされた。やはり覚醒者だったようだ。


「≪影≫魔法ってところか?」


「...」


そりゃ場所がわからなかったわけだ。影魔法であれば暗闇に溶けこむのもお手のものだろう。索敵にも特化してそうである。問題は魔法の攻撃力だな。

なんて呑気に考えていると


【潜影】


「は?」


影持ちは自分の影に沈み込み、姿を消した。俺はすぐに全身を発光させ、自分の周りから影を消した。たぶん動けなくなった俺の影からニョキッと出てきて後ろから剣で刺すつもりだったのだろう。


「俺の正体がバレてしまった...」


今ので俺の正体が【閃光】だとバレてしまった。最悪だ。

影持ちは遠くの岩陰から出てきて短剣を構え、身体強化を起動した。凄まじい練度である。魔法といい武器といい完全に暗殺者だな。暗殺者は剣戟中にナイフを投げたりするので注意しなければならない。


俺も周りを光で照らしたまま【星斬り】を構え、身体強化を起動する。これで動きを影魔法で縛られることは無くなった。ここからは純粋な剣術のぶつかり合いである。


影持ちは独特な歩法で距離を詰めてきて、いやらしい間合いを保ちながら剣戟を仕掛けてきた。次々と繰り出される攻撃を「柔の剣」で受け流す。刺突、横振り、フェイント、斬り上げ、斬り下ろしと、暗殺者の型にハマらないオリジナルの剣術を展開してくる。


そのまま数分経ったが、未だに剣戟は拮抗している。

すると影持ちは痺れを切らしたようで、外套の懐に片方の腕を突っ込む。

刹那、先端に毒が塗られたナイフを四本投げてきた。


俺はそれを星斬りで弾く...と見せかけてドワーフのおっちゃん特性の外套でナイフを受け止めながら影持ちに突進した。そしてその勢いのまま体当たりをして相手を十メートルほど吹き飛ばした。


地面に這いつくばったまま影持ちは呟く


【潜影】


俺と距離が離れたことで影魔法が使用できるようになり、己の影に潜って逃げてしまった。


「逃がしたか...」


もっと光で照らす範囲を広くしておけばよかった。現在、都市の中で追跡されていた時のような違和感を感じないので、本当に逃げたのだと思う。


さっき体当たりを仕掛けた際に影持ちが体勢を崩し、外套が少しずれた。その時に首輪がチラッと見えた。そして俺はあの首輪を知っている。あれは奴隷を強制的に従わせるために開発された【服従の首輪】である。奴隷制度のある他国ではそこそこ出回っているものだ。


≪影≫魔法の覚醒者なのに、なぜゲルガー公爵家なんかに仕えているのだろうと最初思ったのだ。結論として、あいつは服従の首輪で無理矢理働かされている可能性が高い。元は暗殺者なんかじゃないのだろう。剣術の型が暗殺者のそれとはかけ離れてたしな。投げナイフは飛ばしてきたけど。


「あいつ、根は優しいんだろうな」


影持ちは嫌々戦っているような感じがした。


「俺が探知できないほどの隠密能力に、あの戦闘能力か...ふむ。ぜひうちに欲しい人材だな」


あの首輪は確か、登録した主人を殺せば効力が無くなるはずである。でも勝手にゲルガー公爵を殺してしまったら陛下に申し訳ないからやめておこう。

いや、でも星斬りなら絶対斬れると思うから諦めるのはまだ早いな。


まぁあいつがまた貴族に仕えるとは思えないが。


「今そんなことを考えてもしょうがないし、とりあえず帰るか」


俺は再び光学迷彩を起動して隠密モードになり、オストルフに向けて歩き始めた。



そして現在、宿のベットの上で仰向けになりながら今後どうするべきか考える。

まずは諜報部を引き上げさせよう。あの索敵能力はヤバい。逆になんで今までバレなかったのか謎である。


「もしかして、昨日オストルフに帰ってきたとか?」


まさかな。世の中そんなに上手くはできていない。

本来なら俺の正体を主人にバラされて、めっちゃ面倒くさいことになる。しかし影持ちは【服従の首輪】で無理矢理働かされているので、わざわざ俺のことを、大嫌いな主人に伝えない気がする。ちなみにこれは俺の直感だ。


「どうせならゲルガー公爵家なんて潰れてしまえとか思ってそうだし」


一旦俺もバルクッドに帰るのが正解だな。


退散する前に一応≪影≫魔法を分析しておくと、あの魔法は≪闇≫魔法に似ている。闇よりも攻撃力は低いが、索敵と隠密能力は段違いである。暗殺者が喉から手が出るほど欲しがりそうな能力だ。







「まぁ俺≪闇≫魔法みたことないんだけど」


そう。≪闇≫持ちは一瞬で始末してしまったので実際に魔法をみたことはない。それなのに俺は偉そうにペラペラ語っていたのである。


「それにしてもますますうちに欲しくなったな。≪影≫持ちが」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る