第5章【ゲルガー公爵領編】

第44話:【オストルフ】にて

 帝立魔法騎士学園が長期休暇に入って数日後、俺はゲルガー公爵領領都【オストルフ】に潜入していた。アインズベルク侯爵領からゲルガー公爵領まで馬車で最短でも一ヵ月半は掛かってしまう。そんな面倒くさいことはしたくないので、うちの諜報部に現地に魔法陣を設置してもらい、普通に転移で移動した。うちとランパードはこんな感じで帝国内をバシバシ転移している。


そのため帰ろうと思えば一瞬で実家に帰ることができる。エクスはお留守番なので、今頃果樹園でたらふく果物を食べているに違いない。


「それにしてもオストルフはデカいな。モグモグ」


現在、オストルフ名物のイカ貝のレモン焼きを頬張りながら都市内を散歩している。イカ貝は前世でいうアンモナイトみたいな見た目の食材である。身の触感と味も良いのだが、醍醐味はやはり肝だろう。貝の中にパンパンに詰まっている肝に身をちょんと漬けて食べると最高。


「元日本人の俺の味覚をここまで刺激するなんてやるじゃないかオストルフ。モグモグ」


レモンの風味も癖になる。これを売り始めたやつはマジで日本の転生者なんじゃないか?そんな気がしてきた。ここまであまり触れたことは無かったが、アルメリア連邦のSSランク冒険者【マックス】も転生者だったので、探せばまだまだこの世界に転生者が紛れ込んでる可能性が高い。俺みたいに。


「急にここの調査が楽しみになってきたな」


オストルフには過去の転生者が残した遺産(料理)がまだあるかもしれない。それ以外の地元料理にも期待できるので、マジックバッグに入れて家族に食わせてやろう。


「グルメツアー開始だ」


言い忘れていたがオストルフは海に面しているので、海鮮料理店が沢山ある。呑気に歩きながらたまたま見つけた料理店に入る。


「いらっしゃい!」


程よく日焼けをした、the海の女が厨房から出てきて席に案内してくれた。メニューには色々な料理がある。当たりの店だ。だがどれも美味そうなので選べない。そこで


「おススメの料理はあるか?」


「おススメはピリ辛海鮮パスタだな!」


「じゃあそれで」


十分くらいボーっとしながら待っていると、良い香りを漂わせながら例の料理が運ばれてきた。思ったよりも量が多い。山盛りである。

まずは麺をフォークに絡ませてパクリ。独特のコシがある麺に、海鮮出汁のきいた濃いソースが絡まって美味い。唐辛子も少々入っており、辛さがアクセントになっていて飽きない。


次は具をフォークに刺してパクリ。一瞬で旨味が口に広がる。魚、イカ、貝などが豊富に入っているがどれもレベルが高いし、麺とマッチしている。あとでこれらの名前を聞いておこう。市場で爆買い確定である。


食べ終わったので金を払い、店主の女性に魚介類の名前を聞いてから店を出る。


「大満足だ。また来よう」


市場に向かう途中、真珠や貝殻を使ったアクセサリーを売っている店を発見したので家族や女友達にお土産を買った。いい気分で歩きながら呟く。


「思ったよりも満喫できてよかった」


そもそも往復で三か月かかるところを転移で移動しているので、時間にはかなり余裕がある。こういう時は焦ったら負けなのだ。今日の夜は一応酒場に潜入し、美味い料理と酒を味わいながら情報収集をするつもり。(どちらかというと料理と酒がメイン)


そんなことを考えながら進むと


「!?」


ついに見つけてしまった。そのまま店に入り、席に座る。


「これを一つ頼みたい」


「おっ!あんちゃん見る目があるなぁ!」


五分ほど待つと


「お待ちっ」


そう、俺が求めていたのはこれである。もしかしたらあるのではないかとは思っていたが、ぶっちゃけ望み薄だった。


その料理の名は



【刺身】



である


早速俺は赤身のそれを醤油のような秘伝のソースにつけて口に入れる。ああ、もう最高だ。変な説明はいらないと思うので、これだけ言わせてもらおう。生きててよかった。


「おやっさん、また来るよ」


「まいどっ」


オストルフの激ウマ料理に舌鼓を打った後、市場で新鮮な魚介類を爆買いし、宿に戻った。マジックバッグに入れておけば鮮度は変わらないので安心だ。ぜひ明日も買いに行こう。漁師のおっちゃん曰く、獲れる魚介は日によって変わるらしいのでな。


今日一日で潮の香りが全身に染みついてしまったので、シャワーで洗う。もちろん変装用の服も洗濯する。頭をガシガシ洗いながら


「転移の魔法陣を利用するためにわざわざ諜報部の拠点まで行くの面倒くさいな」


エクスと共に旅をする際に、その場に魔法陣を設置するのも面倒くさいんだよな。できればこの問題をどうにかしたい。研究で魔法陣を少しずつ小さくし、最終的にはアクセサリーに刻めるようにすればいいのではなかろうか。≪転移≫の覚醒者のようにどこへでもポンポン転移するのは無理だ。しかし対のアクセサリーを侯爵邸の敷地内に設置しておき、片方を身に着けておけばわざわざ旅先で魔法陣を描かなくてもよさそうである。


「入学した時から帝立大図書館に入り浸ってよかった」


そう、すでに俺は図書館内にある魔法陣に関する書籍を網羅しているのだ。帝都の研究チームの成果を待つのではなく、自分で挑戦してみてもいいかもしれんな。もしできたら家族や友人にぜひ配りたいものだ。各々転移先を設定しておけば、緊急時にいつでも避難することができる。

それを陛下に渡したらご褒美を貰えるかもしれないな。あとでレイの欲しいものを聞いておこう。


「盗難されてもいいように、本人しか使えない仕様にするか」


この世界には色んな無属性魔法が存在するので、転移のアクセサリーにたくさんオプションを付けるのも面白そうだ。まぁ、そもそも魔法陣を小さくできるかすらわからないのだが。


「卒業までの目標が決まったな」



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その夜、宿の一階にある酒場にて


「マスター、酒とつまみを適当に頼む。金は沢山あるからできれば高めのやつで」


「あいよ」


全身にゴリゴリ刺青を入れた強面のマスターがすぐに用意してくれた。この後は二階に上がって寝るだけなので、ゆっくり飲ませてもらおう。ちなみにこの世界の成人は十五歳なので合法である。


つまみはサーモンとキノコのソテーとエビマヨ、あと焼き牡蠣である。こちらの世界の魚介類の名前をあまり知らないので、合ってるのかはわからん。だが味は絶品だ。マスターは料理系男子だったらしい、あんな顔で。これがギャップ萌えってやつか。

酒は高そうなワインを出してくれた。俺は酒をしっぽり飲む派なのでありがたい。ナイスマスター。


俺はカウンターの端っこで飲んでいるので、片方の耳を澄ましてテーブル席の会話を聞く。あちらでは漁師や冒険者たちが大騒ぎしているので俺としてはありがたい。酒が入ると口が軽くなるし。


そんなこんなで暫く料理と酒を楽しみながら耳を澄ませていると、興味深い会話が聞こえた。


「なぁ、最近行方不明者が増えてるって噂があるだろ?」


「最近っていうか二、三年前から流れてるけどな」


「そんなことはどうでもいいだろうが!」


「それがなんだよ」


「昨日からランディんとこの娘さんが行方不明らしいんだ」


「あぁ、ランディの家はスラムの近くにあるからな。どうせ攫われたんだろう」


「攫ってどうすんだよ!帝国にゃあ奴隷制度なんてもんはねぇから売れねえだろうが!」


「俺が知るかよ...」


二、三年前から行方不明者が増えているのか。こんな情報、うちの諜報部からは聞いていないな。ん、待てよ?行方不明者が増えているのに噂程度でしか広まっていないのはおかしくないか?


普通行方不明者が出たら、家族か知人がオストルフの衛兵に助けを求めるよな。その時点で都市内に御触れが出てもおかしくはない。二、三年前から行方不明者が増え続けているのに、ゲルガー公爵が動かないのも少し不自然である。領民は宝だろうに。


そういえば諜報部が入手した情報の中に、年に数回ゲルガー公爵家専用船が出航し三か月程で帰ってくるというものがあった。ちなみに目的も目的地も不明。どう考えても攫った領民を奴隷として他国に売りとばしてるだろこれ。


たしか俺が学園で殴り飛ばしたゲルガー公爵家の次期当主も「この薄汚い平民が!」みたいなことを言ってた気がする。これ絶対親の影響だろ。親が平気でこんなことしてたらさすがに子もこうなるわな。


ワインを一口飲み呟く


「なんか段々わかってきた」


はぁ、これは今日中に諜報部に伝えるべきだ。せっかくほろ酔いで気持ちよくなっていたのに仕事が増えてしまった。本当はこのまま二階に上がり、寝る予定だったのに。


「ゲルガー公爵許すまじ」


この後ここから離れた場所にある諜報部の拠点に赴き、ゲルガー公爵家が領民を奴隷として他国に売りとばしている可能性があることをちゃんと伝えた。


===========================================


翌日、俺はスラム街に潜入していた。もちろん光学迷彩を起動した隠密モードである。ボロ屋とボロ屋の間をジャンプで跳び移りながら進む。音を立てないようにそっと着地しているので、ボロ屋の屋根が壊れる心配はない。


「オストルフの衛兵が二人一組で嗅ぎまわっているな。もしかして一昨日の通報を受けて調査しているのか?」


ランディとやらの娘さんを探しているのかもしれない。どうせ衛兵もグルだと思っていたが、この様子だとそうでもないみたいだな。衛兵たちは行方不明者が出るたびにきちんと調査をしているものの、毎回発見できていないのだろう。だが衛兵長よりも偉い奴が確実に公爵とグルだから御触れすら出してもらえないのか。


「これで犯人の親玉がゲルガー公爵家だと知ったらどうなるのか...」


なんか気の毒になってきたな。さっさと解決をしてやりたいが、夜になるまでは派手に動きたくない。


「よし、いったん帰ろう」


陛下との作戦ではゲルガー公爵家を侯爵家に降格させる予定だ。でももし本当に領民を奴隷として他国に売りとばしていることが判明すれば、きっと爵位は剥奪されるだろう。


皆忘れているかもしれないが、俺は【龍紋】を持っている。だから俺が現場を押さえた時点で勝ち確定なのである。陛下万歳。

だが俺が現場を押さえても、それに勘付いた公爵が重要書類を廃棄してしまったら後が面倒くさい。


「今日の夜は久々に怪盗ごっこだな」


それと宿に帰るついでに市場に寄って再び爆買いした。





あと刺身も食べた


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