【閑話】

第43話:果樹園

ある日の午前中、俺とエクスは実家の庭でゴロゴロ日向ぼっこをしていた。


「やはり日向ぼっこは最高だなエクス」


「ブルルル」


陛下に褒美として学園の単位を全て貰ってからというもの、逆に暇で仕方がない。帝立大図書館に行くのも面倒だし、冒険者ギルドで依頼を受けるのも何か違う気がする。


「さて、どうしたものか」


その時たまたま目の前を侯爵家専属の庭師が通りかかったので


「今日もお疲れ。いつも庭を綺麗にしてくれてありがとな」


「アルテ様、お疲れ様です。私はこの仕事に誇りを持ってますので、こちらこそ感謝してますよ」


「そう言ってくれると嬉しい」


「ここで働いている者は全員そう思ってますから」


「そうか」


使用人たちが毎日生き生きと働いてくれてるのは知っているが、実際にそう言われるとなんか嬉しいな。


「あ、そういえばエクスがここに住み始めてから草木の調子が良いんですよ。不思議ですよね」


ん?待てよ?この庭師は確か数十年前からこの庭を管理しており、古参といっても過言ではない。その庭師がそう感じたということは本当なのではないか?


「確かに、あそこの木とかエクスが来てから急に成長し始めたよな」


「ええ。草や花も倍は成長が早くなってます。花壇以外はすぐに私が刈ってしまうので、誰も知らないと思いますけど」


Sランクモンスターのエクスから溢れ出す魔力は膨大である。もしかしたらその魔力が庭の草木に影響を及ぼしている可能性がある。庭にSランクモンスターが住んでる屋敷なんて世界中探してもここだけだろうし、この世界は魔力についてまだ未解明な部分が多いので絶対とは言い切れないが。


と、ここで俺は閃いてしまった。


「なぁ、庭に果樹園とか作ったら面白そうじゃないか?」


「なるほど、名案ですね!もし作るのであれば是非私に管理させて下さい!」


「ああもちろんだ、よろしく頼む。そういえばまだ名前を聞いていなかったな」


「【オリヴァー】と申します」


「そうか、覚えておこう。では早速今から作戦開始だ」


作戦はこうだ。まずは人手を集めてオリヴァーと共に果樹園予定地に小さい穴を掘ってもらう。もちろんその予定地はエクスのお気に入りの場所。やはりエクスが昼寝をしたり、ゴロゴロしたり、日向ぼっこしたりする場所の方が良いだろう、魔力的に。

あと耕すのではなくなぜ穴を掘るのかというと、種から育てると時間が掛かってしまうからである。いくら成長が促進されているとはいえ、実の収穫までは最低でも一、二年はかかってしまう。


次にエクスに大きめの荷馬車を引いてもらい、色んな種類の果樹を森からそのまま運んでくる。それらの果樹を掘った穴に植えれば、果樹園の完成である。庭から綺麗な湧水も湧きだしているので水にも困らないだろう。


「せっかくなら薬草とかも育てるか」


実家で回復薬などのポーションを作れたら激アツだろう。まぁ俺は作れないので専属の薬師を雇うことになるが。


俺はバルクッド周辺の森を数年も徘徊しているので、どこに何の果樹が生えているのかを熟知している。本当は魔の森で収穫したいのだが、変に荒らして高ランクモンスターが森から出てしまったら目も当てられない大惨事になるのでさすがに諦めよう。


「エクスよ聞き給え」


「?」


「果樹の成長が促進されるのであれば、おそらく実の成長も早くなる。これがどういうことかわかるか?」


「...」


「毎日超美味い果物が食べ放題ということだ」


「!?」


「行くぞ相棒」


「ブルルル!」


ちょろい馬である。


そしてその日のうちに果樹園は完成した。


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 二ヵ月後、植えた果樹は今までの倍ほど高く伸び、それに伴って幹も倍ほど太く成長していた。元から実が生っていたものを厳選したので、すでに実も収穫できる。エクスと何往復もして運んだので果樹園自体の規模もかなり大きくなった。エクスに感謝だ。


「お~今日も食ってるな」


「ブルル」


ムシャムシャ


森から収穫してきたのは柑橘系、葡萄系、ベリー系、瓜系、桃系の五種類。柑橘系と桃系は置いといて、驚くことにこの世界では葡萄、いちご、スイカのような果物も前世でいうリンゴのように木に生っているのである。しかも森に生えていた頃よりも確実に実がデカくなっている。


今果樹園を見に来たら、ちょうどエクスが大きなオレンジのような果物を丸かじりしていた。エクスは食べるのが仕事なので、今日も元気に働いていて何よりである。ごくろうさん。


ちなみに家族や使用人たちにも大好評だ。収穫しても収穫してもすぐに実が生るので、正直食べきれない。


「そうだ、帝都やバルクッドにいくつか孤児院があるから配るか」



というわけで翌日、俺はバルクッドの孤児院を訪れていた。あとエクスも連れてきた。エクスはバルクッドでマスコット的存在になっているので、連れて行ったら子供たちが喜ぶと思って。


コンコン


「はぁ~い。どちら様でしょうか~?」


「【アルテ・フォン・アインズベルク】だ」


「!?」


ガチャ


連絡も無しで急に訪れたので、シスターは慌てた様子で扉を開けた。すまん。


「ほ、本物のアルテ様!?とりあえず中にお入りください!」


中に案内され、大きめのソファに座る。アインズベルク侯爵家は代々孤児院に多額の資金を投入し運営させているので、内装も綺麗である。さっきから子供たちがチラチラ見てくる。俺は珍客だからな。すぐにシスターも目の前のソファに座り


「今日はどのようなご用件でしょうか?」


「急に来てすまんな。まずはエクスを庭に入れてもいいか?」


「もちろんです!」


庭ではたくさんの子供たちが遊んでいたが、エクスが入った瞬間ポカーンとした顔で固まった。まぁそのうち慣れるだろう。エクスは何も気にせずゴロゴロし始めた。


「実は最近、侯爵邸の庭に大きめの果樹園を作ったんだ。それで毎日収穫しているのだが、うちでは到底食べきれないから孤児院に持ってきた」


ここでマジックバッグから、件の果物をいくつかテーブルの上に出して見せた。


「なるほど、でもよろしいのですか?」


「なにがだ?」


「どうみても高級品のようですが...」


「かまわん。子供は宝だからな」


「!?」


普通の貴族なら市場に流して一儲けするところだが、生憎金には困ってないので孤児院の子供たちに食べてもらうほうが有意義だ。子供はたくさん食べて、たくさん遊んで、たくさん寝ることが仕事なのである。エクスと一緒。

まぁ俺もまだこの世界では十五歳なんだけどな。


「てなわけで定期的にここに届けるから、遠慮しないでくれ」


「わかりました。ありがとうございます」


せっかく来たんだから一応世間話でもしておくか。今頃エクスも子供たちと遊んでいるだろうし、すぐに帰るのは勿体ないな。


「それで、最近はどうなんだ?」


「そうですね。つい先日吟遊詩人の方が訪れて詩を聴かせてくれたんです」


「まさかそれで冒険者を目指すやつが増えたりしてないだろうな?」


「増えました」


「はぁ...」


俺が冒険者として活躍し始めてから吟遊詩人が俺のことをネタにしているようで、大陸中にちょっと痛い詩を広めているらしい。悪魔の詩である。子供たちは目を輝かせて聴きそうだが、当の俺からすると少し恥ずかしい。たまに実家でレイが口ずさんでいるが、天使なので許す。


「まぁいい。話を変えるが、孤児院を運営する上で何か困っていることはないか?」


「えーっと。実は回復薬が不足してまして...」


「ああ。なるほどな」


吟遊詩人の詩を聴く→冒険者を目指す→庭で戦闘ごっこをする→傷を増やす→回復薬が足りなくなる


という流れだろう。これは一応俺の責任でもあるので、協力しなければならない。現在果樹園の端で薬草を栽培しているので、そろそろ専属の薬師でも雇って回復薬を作ろうと思っていたところなのだ。ちょうどいい。


「それに関しても協力させて貰おう」


「何から何までありがとうございます」


「気にするな」


その後少し雑談をしてから庭に出た。庭ではエクスに沢山の子供が群がっていた。思ったよりも慣れるのが早くて驚きだ。やはり子供は順応が早い。エクス本人は全く気にせずボーっとしている。どうせ今晩の飯のこととか考えているんだろうな。


「あ!【閃光】だ!」


「本当だ!カッケー!」


と俺に気付いた子供たちがこちらへやってきた。すぐにシスターが言葉遣いを注意してくれようとしたので俺が止めた。子供なんてそんなもんだ。元気が一番である。


「ねー、何か魔法見せて~」


「私も見たい!」


「俺も俺も!」


しょうがないな。でも子供が喜びそうな魔法か。これはSランク魔物の討伐よりも難易度が高いかもしれん。おい、そんなにキラキラした目で俺を見るな。

と、その時丁度よさそうな魔法があるのを思い出した。


「よし、エクスあれをやるぞ」


「ブルルル」


まずエクスが空に向かって〈水〉魔法を放つ。上空で巨大な水の塊が弾け、ミストのような状態になる。そこで俺が≪光≫魔法で日光の屈折率を弄り


「うわぁ!でっかい虹だ!!!綺麗!」


「すげー!俺将来魔法師になる!」


「凄いですね。あんな魔法が存在するなんて...」


シスターまで目を輝かせている。あの虹はかなり大きいので、今頃バルクッドの住民達も夢中で見ているだろう。どの世界でも虹は大人気なのだ。

帰ろうとしたら子供たちにチャンバラに誘われたので、木の棒で軽く相手をした。本気で冒険者を目指している子も多い様で、割と筋が良かった。将来に期待である。


それと孤児院に魔法書は置いてなかったので、今度一括で購入して届けてやるか。この孤児院から優秀な冒険者が生まれれば、バルクッド周辺の魔物を間引きしてくれる上に、その素材が市場に流れるので俺としてもありがたい。子供の可能性は無限大である。


「というわけで、そのうち魔法書が届くと思うから簡単な無属性魔法はシスターが教えてやってくれ。属性魔法の講師を雇う金もうちが出すから安心しろ」


「はい、わかりました。何から何まで本当にありがとうございます...」


「おう」


あとで夕食の時に親父に相談しなければな。母ちゃんも子供が大好きだから、何なら「子供たちには私が直接教えてあげるわ」とか言い出しそうだ。まったく、俺は良い家族を持ったものである。



その帰り


『もう知らない!この馬鹿!』


「木の棒にまで嫉妬するのか...じゃあ機嫌直しにテール草原まで乗せてくれるか?エクス」


「ブルルル」



【星斬り】ことヤンデレソードは今日も絶好調であった。






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