第39話:【龍紋】

「ゲルガー公爵軍は確か全軍で四万でしたよね?」


「そうだ。恐らく治安の維持などに最低でも五千は残すと考えられる。離れたアインズベルク領まで進軍するなら最高で三万五千が限界だろう」


「ではとりあえず進軍してきた奴らには全滅してもらいます」


「...なるほど。その後は?」


「単独で攻め込んで公爵家の連中を皆殺しにして帰ります」


「ほう。でも公爵家と親交がある貴族に逆恨みされるかもしれん」


「そうですね。でもうちに攻め込む度胸は無いと思います」


「暗部や犯罪組織を雇って家族を直接狙われるかもしれんぞ?」


「うちの防犯はバッチリなので心配ないです。でももしそんな姑息なことをしてくるのであれば、その貴族領を地図から消します。罪の無い人々を巻き込む気はないので事前に警告くらいはしますけど」


「そうか...」


ルイスは頭の中で、あの日帝城から見えた終焉級の魔法を思い浮かべた。


「やはり【龍紋】を授けるのは正解だったようだな」


「そういえば龍紋ってどのようなものなのですか?」


「『閃光』が知らないのもしょうがない。それを最後に叙したのは何百年も前の話だからな。龍紋とは別名最上級紋章とも呼ばれ、授けられた者の行動や発言は皇帝に保証されるものとなる」


「俺の行動や発言が陛下に保証されるのであれば、その場で犯罪者を罰することもできますね」


「そういうことだ。そのためそれを持っているものは帝国内であれば基本的に誰からも手を出されることはない」


「そのような力を持つ紋章だからこそ陛下は俺に授けられたのですね」


俺が自由に犯罪者を罰することができるということは対象が貴族だった場合、最悪爵位を剥奪できるということである。帝国法に則れば叙爵や陞爵、降爵、奪爵は陛下の元で行わなければいけないのだが、そこはどうなんだろうか。


「もし俺が罰した貴族が爵位を剥奪されることになった場合、俺も帝城に行った方がいいですか?」


「理想はそうだが別に書簡で構わん」


「わかりました。貴族関係なら調査のために兵士が沢山派遣されますもんね」


「ああ」


簡単に説明すると、俺が爵位に関係した何かを行った時、その理由を書いた書簡を帝城に送れば後は勝手に陛下がやってくれるということだ。ナイス陛下。


龍紋が最後に叙されたのは何百年も前らしいが、今のを聞けば納得である。


「これでもう誰かに絡まれることはないと思いますし、絡まれたとしてもその場で帝国法に基づいて罰することができますね。改めてもう一度礼を言わせてください。ありがとうございます陛下」


「はっはっは!これからもよろしく頼む」



その後少し雑談をし、帰宅することになった。


「今日はありがとうございました」


「こちらこそだ。また来てくれ」


握手を交わし退室しようとすると、レオーネが


「待ってくれ。帰る前にその不思議な形をした剣を見せてくれないか?」


すると陛下が


「レオーネは昔から剣馬鹿だからな。良い剣には目が無いんだ。余からも頼みたい」


「いや、やめといたほうがいいと思いますよ」


「ん?なぜだ?」


「俺の愛剣は【星斬り】という名前で、俺以外に握られると機嫌が悪くなるんです。俺が他の剣を握っても怒り狂いますね」


「剣が生きているような言い方だな」


「生きているという表現が合っているのかはわかりませんが、星斬りから意思はビシビシ伝わってきますよ。特に戦いの最中に」


ここでレオーネが


「それを承知で頼みたいのだがダメか?」


「別にいいけど、どうなっても知らないぞ?」


レオーネがチラリと陛下を見ると、陛下は頷いた。許可が出たということである。


「カルロス、じゃあ星斬りを返してくれ」


「わかりました」


一時間ぶりに星斬りを握ると、今までで一番狂暴化していることがわかった。久しぶりにヤンデレソードの真髄に触れた気がする。一言で表すとかなりヤバい。

でも陛下とレオーネ、カルロスの三人は俺が鞘から抜くのを今か今かと待っている。そんなに見つめないで欲しい。はぁ、もうどうにでもなれ。


決意を固めた俺は、星斬りをゆっくりと鞘から抜く


「「「ゴクリ...」」」


刹那、圧倒的な魔力の奔流が星斬りから溢れ出した。

その圧はかつて戦ったSランクのカイザーマンティスを凌駕するほどである。

三人はその圧をもろに受けてしまい、息を荒くしながら地面にへたり込む。


俺は何ともないが、星斬りから強い怒りの魔力を感じる。言葉にするなら


『私を一時間も他の男に握らせるなんて考えられないわ!殺してやる!』


だろう。


俺はすぐに星斬りを鞘に戻し、腰に差す。目の前に顔面蒼白の人間が三人へたり込んでいる。

よし、何も見なかったことにしよう。初めにやめておいた方がいいと、ちゃんと注意したので俺は悪くない。


すぐに踵を返し


「では」


ドアを閉めて、足早にその場を去ろうとすると、陛下が凄い勢いでドアを開け


「ちょっと待てぇぇぇぇい!!!」


「ちっ、調子戻るの早すぎだろ」


「あ!今舌打ちしたな!?」


「してません」


陛下に呼び戻されたので、嫌々部屋に戻って星斬りの説明をした。

レオーネが興奮しながら


「まさか星斬りがかの有名な魔剣だったとは。魔剣は意思を持つという伝説は本当だったのだな」


「思わず地面にへたり込んでしまいましたよ」


「あの本に出てくる魔剣を生きているうちに拝むことができるとは...余はついているな」


三人は伝説の魔剣を見れたことに感激しているようだった。星斬りが褒められるのは俺も嬉しいので、大歓迎である。

しかしヤンデレソードはまだ怒り心頭の様子なのでさっさと帰って機嫌を直したいと言ったら、すぐに帰らせてくれた。


もちろん帰る前に隣の部屋で気絶していた文官を叩き起こして【龍紋】を受け取った。

そのままカルロスに帝城の厩舎まで案内してもらい


「待たせたな、エクス」


「ブルルル」


ようやく帰路についたのだった。


俺の感想としては陛下はとても良い人だった。何年も前から招待を無視しているのにまったく怒っていなかった時点で器の大きな人だとは思っていたが、実際に話してみてそれは確信に変わった。目の前で帝国の領土を地図から消すと言っても無反応だったし、挙句の果てには【龍紋】とかいう最上級紋章まで貰ってしまった。


「この国の為なら戦ってもいいかもしれんな」


「な、エクス」


「ブルルル」



帰宅後、すぐに学園の制服に着替えてリリーとエドワードの帝王祭予選を応援しに行った。リリーは全属性の上級魔法を巧みに使い、順調に相手を追い詰めて勝利した。エドワードの相手は生粋の剣士だったので、エドワードも魔法を使わずに正々堂々と剣戟を仕掛けて勝利していた。男である。


「で、どうだったのよ!」


「今まで頑張ってきた分の褒美を少し貰っただけだぞ」


「何年も前からサボってたのに怒られなかったの?」


「ああ。陛下は器の大きい方だった」


「僕の父上だからね!当然だよ!」


「俺も褒美が欲しい!!!」


「そうだな」


解散後、エクスと一緒に星斬りの機嫌を直しに魔物狩りへ行き、その日は終わった。


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 帝王祭の予選は始まったばっかりで、まだ本戦まで時間があるので俺は何日か休暇を取ることにした。もちろん四人には伝えてある。皆も俺に甘えてばかりではいけないと思っていたようで、暫くは四人だけで訓練に励むらしい。


この休暇で何をするのかというと、陛下から頂いた魔法陣で実家と別邸を繋げるのである。

そのため現在帝都を出てバルクッドに移動中だ。


「そろそろ飯にするかエクス」


「ブルルル」


マジックバッグから昼食を取り出し、河原で一緒に食べる。やはりエクスと一緒に食べる飯は美味い。エクスがめっちゃ美味そうにバクバク食うもんだから、見ていて微笑ましい。


もし実家と別邸を転移で移動できるようになったら、家族全員で毎日食卓を囲むことができる。バルクッド出身の使用人たちも別邸で沢山働いているので、いつでも転移で帰れると知ったら喜んでくれるだろう。うちはアットホームな職場なのだ。


それに転移があれば、緊急時にすぐ実家に戻ることができるので安心である。


そして俺は閃いてしまった


俺はずっと先にエクスと二人で世界中を旅するつもりである。その際、バルクッドの侯爵邸に転移の魔法陣を設置しておけば、いつでも帰れるのでは?しかも旅先で誰にもバレない場所に設置すれば消される心配もないので、実家を満喫した後に再び旅先へ戻れるのでは?


「エクスよ、少し聞いてくれ.......」


「ブルルル」


「........というわけなんだ」


「ブルル」


別の大陸に転移の魔法陣を設置できれば効率のいい取引ができそうだな。またすぐに陛下のところへ行って相談してみよう。


そんなこんなで実家へ到着し、早速天使と世話焼きジジイに迎えられた。


「アル兄様!お帰りなさい!」


「おかえりなさいませアル様」


「ただいま」


その日の夕食で


「アル、それは本当か?」


「ああ」


「魔法って便利ねぇ。これがあればいつでも帝都で買い物できるわね。うふふふ」


「え、毎日アル兄様に会えるの!?やったー!!!」


「兄貴を忘れないでやってくれ...」


そう。ここから帝都アデルハイドに行くには最低でも一か月はかかる。それを一瞬でいつでも何回でも移動できるのだから、この魔法はすごいのである。


そして俺は悪い顔をしながら親父に


「なぁ親父。これを遠い国や別の大陸に設置したら、ノンコストで取引できると思わないか?」


「!?」


陛下曰く、この魔法陣は魔力を持った生き物とそれが身に着けているものを転移させることができる。要するに、マジックバッグも同時に転移できるのである。


夕食後、家族全員を連れて魔法陣を設置予定の部屋へ向かう。エクスも使う予定なので、玄関から近くて大きめの部屋である。ちなみに、別邸にはすでに設置済みだ。


「よし、ここでいいな」


写しを片手に、床に魔法陣をスラスラと書く。そして


「一度俺が別邸に転移してすぐに戻るから待っててくれ」


「気を付けるのよ」


「ああ」


俺は魔法陣に乗る。視界が一瞬で変わり、気づけば対の魔法陣を設置した別邸の部屋に転移していた。無事に到着したので兄貴を呼び、一人ずつ魔法陣に乗る。


「よし、成功みたいだな」


「うわ!本当に実家に転移できた!皆もいる!」


「ロイド、久しぶりだな」


「お帰りなさい、待ってたわよ」


「ロイド兄様!お帰り!」


「皆ただいま!」


その後五人で実家と別邸の移動を楽しみ、次の日には使用人にも利用許可を出した。


二日後の夕食で


「あ」


「どうしたんだ、アル?」


「そういえば陛下から【龍紋】を貰ったことを言うの忘れてた」


「は?それは本当か?」


「ああ」


親父と母ちゃんがポカーンとした顔をしている。ここでレイが


「アル兄様、龍紋って何?」


「皇帝陛下って直接犯罪者を罰したり、貴族の爵位を剥奪したりできるだろ?」


「うん!」


「俺も同じことができるようになったんだ」


「え!?じゃあアル兄様は実質皇帝陛下ってこと?すごい!!!」


「俺は俺だが、権限としてはその通りだな」


この後、陛下が俺に【龍紋】を授けたことが大々的に発表され、また少し有名になった。そもそも俺が龍紋を持っていることが知られてなければ結局変なのに絡まれてしまうので発表することは理にかなっているのである。








「エクスは実家の庭の方が好きだもんな」


「ブルルル」


母ちゃんとレイに鬣を収穫されたエクスと一緒に、今日もゴロゴロと日向ぼっこをしたアルテであった。




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