第38話:皇帝陛下
変な悪役貴族(名前は覚えてない)をぶん殴った挙句に罪を擦り付けた翌日、朝から登校し友人達の授業に付き合った。今日は誰も予選が無いので訓練所に向かい、皆で剣術と魔法を鍛錬した。今はその帰りである。
「じゃあ、また明日な」
「明日はあたしとエドワードの予選があるんだから、あんたもちゃんと応援に来なさいよね!」
「ああ」
「明日が楽しみね」
「全力で応援してやるぜ!」
「僕はちょっと緊張してきたなぁ」
明日はリリーとエドワードの予選があるので、もちろん応援はしに行くつもりである。確か相手は二人とも二年生だった気がするが、そこまで有名では無いので大丈夫だろう。俺が鍛えてるんだから圧勝してもらわないと困る。
「あ、この後アルテに少し話があるんだけど」
エドワードが真面目な顔をしているので、恐らく陛下からの伝言でも預かってきているんだろう。
「わかった」
他の三人もそれを察してくれたみたいで、さっさと解散した。俺とエドワードは大木の下にあるベンチに腰を掛けて、周りに人がいないのを確認し
「父上が呼んでいたよ」
「今回はなんの用件だ?」
「魔法陣の解析と研究が終わって利用できる段階まで達したから取りに来てほしいって」
「!?」
「それは本当か?」
「うん」
「でもお偉いさんを集めて謁見とか嫌だぞ?」
「大丈夫。父上も『【閃光】は堅苦しいのが嫌いそうだから、個室で話をしよう』って言ってたから」
「陛下は気が利くな。さすがはこの帝国のトップだ」
「自慢の父親だよ」
「そうだな」
「ちなみに、午前中に帝城まで来てくれるならいつでも相手するって」
「わかった」
その後俺たちもすぐに解散し、それぞれ帰宅した。
「ケイルに正装の準備を頼もうと思ったのだが、今はバルクッドにいるんだったな」
暫く考え込む。正装を準備することは専属執事や専属メイドの特権であり誉れでもあるのだ。そのため、別邸の使用人に任せてしまうと後でケイルにグチグチ文句を言われる可能性がある。
「ほほう。私はアル様にとってその程度の存在だったんですね」
とか絶対言ってくるだろう。まったく面倒くさいジジイである。
「ま、そのくらい互いを信頼してるってことなんだけどな」
こんなことならエドワードに服装のことも質問しておけばよかった。
色々模索してみたのだが、結局俺は冒険者の装備で行くことを決意したのだった。
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当日、俺は冒険者の装備でエクスに乗り、帝城に向かった。今日は午後にエドワードとリリーの帝王祭予選があるので、すぐに済ませて着替えに帰りたい。このまま応援しに行ったら完全に浮くのが目に見えている。俺以外は制服を着ているのだから。
「そろそろ到着だなエクス。すまないが帝城に入ったら厩舎で待っていてくれ」
「ブルルル」
エクスは渋々返事をする。エクスは自分を他の馬と一緒にされるのが嫌で、厩舎に入りたくないらしい。これは最近なんとなくわかったことだ。その時にエクスに聞いたら「ブルルル」って言ってたので間違いない。妙に人間臭い馬である。
「陛下に招待されたSSランク冒険者の【アルテ・フォン・アインズベルク】だ」
「話は伺っています!おい!門を開けろ!」
ゴゴゴゴ
あの門番はエドワードを送り届けた時に、エクスを見て腰を抜かしていた衛兵だな。なんとなく覚えている。成長しているようでなによりだ。
門を潜ると、すぐに帝城の中から案内役の騎士が二人走ってきた。
「「お待ちしておりました!」」
「エクスを頼む」
「では私がエクス様を厩舎まで案内致しますので、アルテ様は先に帝城にお入りください」
「ああ」
「では、こちらへどうぞ」
俺はエクスと別れ、片方の案内役の騎士とともに帝城に入った。俺が言うのもなんだが、エクスのことを「エクス様」って呼んでいたのに驚いたな。エクスは俺の相棒だから俺まで気分が良くなった。帝城に勤めている騎士は教育がしっかりとされていることが今の一連の流れで分かる。
「その歳でSSランク冒険者だなんて凄いですね」
二人で無言で歩くのは気まずかったので、話しかけてくれて助かった。
「たまたま周りに恵まれただけさ。さっきのエクスを見たらなんとなく想像もつくだろ?」
「ははっ、ご謙遜を。確かに伝説の『深淵馬』は凄まじかったですが」
その時、前から髭を生やした小太りのおっさんが偉そうに歩いてきた。案内役がすれ違い際に軽く頭を下げていたので、貴族の当主か何かだろう。誰だか知らんが、俺のことをキッと睨んできた。ビックリするほど覇気が無かったから全然怖くなかったが。
「あの偉そうな髭デブは誰なんだ?なぜか睨んできたのだが」
「髭デブって...それ誰かに聞かれたらマズいですよ。さっきすれ違ったのはゲルガー公爵様です」
「ああ、あのカスの父親か」
「カスって...」
どうせ昨日のことを陛下にチクりに行ったのだろう。うちの親父に抗議の書簡を直接送らない時点で小物決定である。爵位しか自慢できるものがない典型的な悪役貴族だな。あいつら資金力だけはあるから本格的に敵対すると割と面倒くさい。
そんなこんなでようやく陛下の待つ部屋の前まで来た。
「武器をこちらへ」
言われた通り、案内役の騎士に【星斬り】を渡す。もしかしてこの騎士も部屋に入るのだろうか。
コンコン
「近衛騎士団副団長の【カルロス・バージル】です。アルテ様をお連れしました」
この騎士は近衛騎士団の副団長だったのか。しかも貴族出身らしい。バージルってどこかで聞いたことがあるような気がする。確かランパード公爵家と親交のある子爵家だっけか。
すると中から威厳のある声で
「入れ」
「失礼します」
俺は対面のソファまで歩き、そこで一礼。さすがに皇帝陛下に対して無礼を働くわけには行かない。自己紹介も簡潔に
「お招きに預かった【アルテ・フォン・アインズベルク】です」
「やっとここに来てくれたかカインの倅よ。余がカナン大帝国の皇帝、ルイス十三世だ。お前の父親の親友でもある。まぁ座ってくれ」
「失礼します」
皇帝感がヤバいな。覇気と威厳も十分。頭の回転も速そうだし、上に立つものとしてのオーラがある。さすがはこの帝国を統べるだけはあるな。
この部屋には俺と陛下以外に、カルロスと女性騎士がいる。二人とも陛下の後ろに立っているのだが、女性騎士の方が俺を品定めするようにジロジロと見てくる。
「後ろの騎士が気になるか?」
「ええ。こちらに鋭い視線を送ってくるもので」
「レオーネ。自己紹介せよ」
「はっ。近衛騎士団団長を務めている【レオーネ】だ。以後宜しく頼む」
「こちらこそよろしく」
やっぱり近衛騎士団長だったか。身長が高く、真っ赤な髪を伸ばした女性だ。顔は整っているが、何とも言えない迫力がある。前世でいうライオンのような豪快さも兼ね備えており、視線だけで人を殺せそうな感じ。簡単に説明すると、とっても強そうである。近衛騎士団の団長なのも納得だ。
すると陛下が
「よし、では早速本題に移ろうか、カインの倅よ。いや『閃光』と呼ばせてもらおう。ここは一応私的な場だから変に堅くならなくてもよいぞ」
「わかりました」
「まずはこれを渡しておく」
「件の魔法陣の写しですね。ありがとうございます」
陛下は懐から二つの写しを出して俺に渡してくれた。
「この転移の魔法陣は一方通行ではなく、帰ることもできる。また転移は一名ずつという縛りがあるものの、何回でも利用できる。実際に何回も実験で試しているから安全性は高いと保証しよう」
「なるほど。俺には相棒の従魔がいるのですが、そいつも利用できますかね?」
「例の『深淵馬』だな。話はエドによく聞いている。一応魔力を持つ生き物であれば利用できるらしいから安心してくれ」
そういえばエドワードをエクスに乗せて送った時「父上に早く自慢したいからもう行くね!」とか言って走って帝城に入って行ったのを思い出した。本当に自慢したのかアイツ。
「そうですか、わかりました」
「話はもう二つある。一つは褒美についてだ」
「褒美ですか?」
「ああ。まずは三年前のヴァンパイアベア討伐に対してのものだ。もしあの時討伐できていなければ、間違いなく帝国中に被害が拡大していたからな」
「ありましたねそんなこと」
「普通Sランクモンスターの討伐は『そんなこと』ではないのだがな...まぁ次に移ろう。次は『帝蟲の巣』の鎮静化に対する褒美だ。あの調査を経てSランクに格上げされたのは今となっては懐かしい」
「これ、その時のカマキリから作ったやつです」
俺は外套を少しずらし、真っ白な皮鎧を見せる。ちなみにこれらを繋ぎ合わせる時に使ったのは、エクスの鬣である。ナイスエクス。あとドワーフのおっちゃんもナイス。
「ほほう。報告では確かSランクのカイザーマンティスだったな。透き通るような美しい白色だ。防御力が非常に優れていそうだが、それに対して柔軟性も高く、軽そうだな」
「さすがは陛下、お目が高いです。これよく伸びるし軽いので着ていて楽なんです」
もっと良く見せてくれと言われたので、傍によって実際に触らせたら、とても羨ましがられた。さっきも説明したが、これにはエクスの鬣が使われているから誰に頼まれても絶対にやらん。家族は別だが。
「最後は今回の連邦潜入作戦の褒美だな。戦争に関する情報を集めただけでなく、飛竜部隊の壊滅、海軍基地と戦艦の破壊、何人にも及ぶ覚醒者の暗殺。そしてSSランク冒険者【マックス】と【剣仙ローガン】を倒したのだ。これで余が褒美を与えなかったら、逆に悪評が流れてしまう」
「褒美はなんでもいいですか?」
「よいぞ」
「じゃあ、学園の授業の単位を全部ください。期末試験は毎年ちゃんと受けるので」
「そ、そんなものでよいのか?」
「はい」
「他には何かあるか?さすがに褒美がこの程度だと本当に悪評が流れてしまうのだが」
しばらく考えこむ。お金には困ってないし、欲しいものは基本的に自分で手に入れられる。名声も十分すぎるほどある。まぁそもそも名声に興味はないけど。
その時、昨日の事件のことを思い出した。
「昔から帝国内で変なのに絡まれることが多いのですが、それをどうにかできませんかね?なんか抽象的ですみません」
「ふむ。確かに『閃光』と名が知れている以上、面倒ごとに巻き込まれるのは世の常だな」
しかし、陛下にも具体的な案は思い浮かばないようで時間だけが過ぎていく。
そこでレオーネが
「陛下、私にいい案がございます」
「申してみよ」
「最上級紋章を与えてみてはいかがですか?」
そこで陛下が目をクワッと見開いて
「名案だ!『閃光』には最上級紋章の【龍紋】を授けることにしよう。それでいいな?」
ここで俺が、やっぱりいらないです、とか言ったら雰囲気がぶち壊しになるので、【龍紋】が何かは知らないがありがたく貰っておくことにしよう。勲章とは何か違うのか?まぁいいか。
「はい。ありがたく」
「よし。ではすぐに手配しろ」
「はっ」
カルロスが返事をし、隣の部屋に控えていた文官に指示を出して、再びこの部屋に戻ってきた。
「では二つ目の話に移るぞ」
「はい」
「実はさっきゲルガー公爵が訪ねてきてな。昨日学園で息子が『閃光』に暴力を振るわれたから罰を与えろと具申してきたのだ。だから昨日何があったのか教えて欲しい」
俺は陛下なら本当のことを言っても大丈夫だと直感したので、昨日の事件の真実を詳しく伝えた。
「...というわけなんです。でも後悔はしてません」
「はっはっはっは!!!『閃光』は大胆だな!!!」
それがなぜかかなりウケたようで、陛下は膝をバシバシ叩きながら爆笑している。後ろの二人もプルプル震えながら笑いを我慢しているようだ。
それから少し経ち、落ち着いたようで
「その件については不問にしておく。それは帝国貴族として絶対にしてはいけない発言だ。勇気を出してアインズベルクに喧嘩を売ったことだけは褒めよう」
「ありがとうございます」
そして陛下は急に真剣な顔で質問してきた。
「それでもし本当にゲルガー公爵軍が攻めてきたらどうする?」
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