第33話:連邦首長【サイラス】
SSランク冒険者【マックス】と激闘を繰り広げた後、俺は宿屋に帰らず諜報部の合同基地に訪れていた。行きはマックスのペースに合わせていたが、帰りは自分のペースで走ったので二時間程で首都に到着した。音と光がここまで届いていたらしく、調査のために派遣された軍隊とすれ違った。大体千人はいたと思う。ご苦労さんである。
諜報部合同基地にて
「アルテ様、本日もご足労いただきありがとうございます」
「おう、マルコもお疲れ」
「先ほどの広域魔法はアルテ様の仕業ですね?」
「ああ。≪重力≫持ちのSSランク冒険者を始末してきた」
「さすがです。まだ強硬派の会議まで大分余裕があるのに」
「あまり驚いてないんだな」
「誰よりも信頼していますので」
「そうか」
その後、マルコが書類の束を持ってきたので目を通し、ここ最近の情報を全て頭に入れた。俺はカーターやリングストンを襲撃し、海軍基地も一つ壊滅させている。その際に覚醒者を十人以上始末しているので、連邦は今かなり焦っているようだ。
「焦っている割には頑なに戦争をやめようとしないな。どんだけ亜人が嫌いなんだよ」
「まだ我々が掴めてない情報があるのかもしれませんね」
「他に戦争を左右するような切り札があるってことか?」
「そうです。今回SSランク冒険者を一人失いましたが、もしこれで諦めないようであれば他に特別な戦力を抱えているのは確実だと考えられます」
「だよなぁ。強硬派がただの馬鹿集団なら穏健派を飲み込めるわけないし」
「本当に面倒くさい連中ですね」
「まったくだ」
「急に話が変わりますが、アルテ様はあと三週間どう過ごされますか?」
「さっきの戦闘で俺が連邦に侵入していることに気付かれたかもしれないから、当分は動かないつもりだ」
「確かにそれが最善ですな。では連邦の動きが変わり次第、宿屋に諜報員を送りますね」
「助かる。諜報部はこれからが一番忙しくなるだろうから頑張ってくれ。何かあったら手を貸す」
「ありがとうございます。アルテ様もお気をつけて」
「ああ」
他の諜報員とも情報のやり取りをした後、宿屋に真っすぐ帰った。
俺の予想だと、連邦はまだ何か隠し玉を持っていることは確定である。奴らは平気で非人道的な研究をしそうなので、危険な魔法薬を開発しているかもしれないし、命と引き換えに作動させる魔導具なんかを製造しているのかもしれない。考え始めたらキリがないな。
数日後、俺は心配になったので再び諜報部に籠って資料を読み漁った。
「やはり他に強力な覚醒者を抱えているとしか思えん」
先日俺の宿屋に訪れた諜報部の使いから、連邦の強硬派が戦争を中止しないと決定した話を聞いた。
この世界の戦争は量より質を重視するので、連邦は≪重力≫持ち以外に強力な戦力を抱えているという結論に至った俺は現在資料部屋に籠っているわけだ。
「完全に秘匿されていたらマズいな」
覚醒者は核兵器と同じで他国への抑止力としての効力が大きい。そのため大々的に発表する国が多いのだが、もちろん全員を表舞台に上げるわけではない。
「これで全員か。戦争を覆す力を持つような覚醒者はいなかったな」
するとそこへマルコがやってきた
「アルテ様!今よろしいでしょうか!?」
「丁度終わったところだ」
「約二週間後に予定されていた連邦最高評議会が延期になりました!」
「最悪だ...」
「次の開催は少なくとも一年半以上先になるようです」
「さすがに警戒されているな」
首都周辺で俺が三回も襲撃事件を起こしている上に、何日か前に最大戦力のSSランク冒険者が消失してしまったのだ。こんな時に首都のド真ん中で会議をする勇気は無かったのだろう。
「まぁ当たり前といえば当たり前なんだけどな。例の会議が一年半以上先になるのなら、そろそろ帝国に帰るか」
「了解しました。私は暫くここに残るので、何かありましたら書簡を届けてくださいね」
「おう。今回はマルコに世話になった。ありがとな」
「こちらこそです。帰りも馬車を手配しておきますね」
「わかった。では」
「ええ。お気をつけて」
今回の仕事は一応成功だが、何か心残りのまま終わりを迎えた。このまま連邦に滞在しても俺ができることはないので、大人しく馬車に揺られて帰ることにした。
===========================================
同刻、アルメリア連邦の首都にある城の一室で首長【サイラス・フレーゲル】は帝国に対する不満を漏らしていた。
「チッ。やってくれたな帝国め」
「野蛮で薄汚い亜人を抱えている分際で我らの邪魔ばかりしてきて鬱陶しいですな」
「ここから見えた広域魔法は恐らく『閃光』の魔法だろう。どうせカーターから始まった三つの襲撃事件も全て奴の仕業だ」
「奴には飛竜部隊と一つの海軍基地を潰されてしまいましたが、我らの本当の作戦には気づいていないようです」
「くっくっく、その通りだ。今回潰された戦力は我々にとってほんの一部でしかない。もちろんSSランク冒険者も含めてな」
「もしかしたら帝国はすでに勝った気でいるかもしれませんね」
「はっはっは!三年後が楽しみだ!連邦が勝利した暁には亜人共を皆殺しにしようではないか!」
「奴らがどんな顔で命乞いするのか想像しただけでゾクゾクしますねぇ」
「あと三年は忙しくなるぞ。お前も仕事で手を抜くなよ」
「はっ、了解しました。では私はこれで」
サイラスの話し相手をしていた部下の男は、その言葉を最後にどこかへ転移した。
「最近は帝国のせいでストレスが溜まってしょうがない。さっさと屋敷へ帰って以前攫ってきた亜人を拷問するか。今日も精々良い声で鳴いてくれよ?」
連邦の首長であるサイラスは昔から大の亜人嫌いであった。その結果、亜人を拷問してストレスを発散することが日課になっていた。本人は趣味程度にしか思っていないが、すでに何人か潰してしまっていることを考慮すると、かなり残虐的である。
屋敷へ向かう馬車の中でサイラスは厭らしい笑みを浮かべながら呟く
「帝国なんて属国にする必要もない。徹底的に滅ぼしてやる。くくく...」
==========================================
さっき俺はブリーク伯爵領領都【カーター】に到着し、宿屋で昼食をとっていた。
アルメリア連邦は強硬派が腐っているだけで、食文化のレベルはカナンと同じくらい高い。でも少し味付けが違うので、そろそろ故郷の飯が恋しくなってきた。あとは大渓谷を通るだけなので、もう少しの辛抱である。
「皆元気にしてるかな」
俺は家族や友人、知人の顔を思い浮かべる。気が付けば連邦に来てからすでに三か月ほど経っているのか。こちらでも親しい知人ができたのは不幸中の幸いだな。
「あ、【天狼】に別れの挨拶するの忘れてた」
その頃首都レクセンブルク冒険者ギルド本部の酒場にて
「ここ一か月ユートが見当たらねぇ!」
「確かに、あの日から会ってないわね」
「マックスさんが消失した日か」
「そうよ」
本部の高ランク冒険者パーティも事件の調査に駆り出されていたので、天狼も事件が起こった場所に訪れていたのである。
「そういえば山が根元から綺麗に削り取られていたな!」
「ええ。まるで何かに貫かれたかのようだったわね」
「最近大陸で謳われている『閃光』の仕業ではないかと噂されていたぞ」
「えっ!?あれ人間がやったのか?」
「あれが魔法なら間違いなく禁忌級ね」
「マックスさんは本当に死んでしまったのかもしれんな」
「それが事実なら俺は『閃光』を許さねぇ!!!」
「ユートは無事だろうか」
「無事だといいわねぇ...」
アリエットはユートと打ち上げをした日の夜、吟遊詩人が「閃光」について詩っていたのを思い出した。
「かの冒険者は『終焉の魔術師』と呼ばれ、その逆鱗に触れるべからず。さもなくば天に住まう神々が怒り、忽ち世界は終焉を迎えるだろう。だっけ」
「ん?なんだそれ?」
「この前、吟遊詩人が『閃光』について詩ってたのを思い出したの」
「俺が初めてそれを聞いたときは誇張かと思ったが、真実なのかもしれん」
「なぜか今ユートが思い浮かんだぞ!」
「実は私も」
「俺も」
「ま、そんなわけねぇか!」
「まさか...ね」
「まさかな」
次、Cランク冒険者ユートが天狼と出会えるのはいつになるのだろうか。それは誰にもわからない。
「ハックション!誰か俺の噂をしているのか?」
===========================================
それから約一週間後
「お帰りなさい!アルテ兄様!」
「お帰りなさいませ、アルテ様」
「ブルルル」
「ああ、皆ただいま」
親父と母ちゃんは軍の建物にいるようなので、夕食で再会した。
レイが風呂で出ていった後、今回の報告をした。
「そうか、結局≪転移≫持ちは始末し損ねたか」
「でも対の魔法陣を見つけたし飛竜部隊も全滅させたんでしょ?しかもSSランク冒険者も一人倒したんだから別にいいじゃないの」
「どうやらアル自身、一皮むけたみたいだしな」
「わかるのか?」
「当たり前だ」
「実は【剣仙ローガン】と戦ったんだ」
「なるほど、大体わかった」
「そうか」
暫くその詳細を話し
「本題はここからなんだが、連邦はまだ強力な戦力を隠していると思う」
「だろうな。じゃなきゃ戦争なんてとっくに諦めてる」
「どうせまだ覚醒者を隠しているんじゃない?」
「俺もそう考えたけど、完全に秘匿されているみたいで情報がまったく掴めないんだ」
「さすがにそれは帝国に任せて暫く休みなさいな」
「アルは頑張りすぎだぞ。一週間は休んだ方がいい」
「じゃあエクスとゴロゴロするわ」
あと一年は帝国にいる予定なので、今はゆっくりしようと思う。
その後、外で夜空を見上げながら
「普通の貴族子女なら今年中に相手を見つけて婚姻を結ぶんだよな」
「ブルルル」
「少しは興味を持ってくれよ...」
戦争も恋愛も長い戦いになりそうである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます