第32話:SSランク冒険者【マックス】

 あの日から俺は毎日首都レクセンブルクの冒険者ギルド本部の近くに潜伏し、SSランク冒険者で≪重力≫持ちの覚醒者【マックス】が再び現れるのを待っていた。ちなみに潜伏していたのはギルドと大通りを挟んだ向かい側にある大図書館である。


「帝都の大図書館には置いてない本が沢山あって意外と楽しい」


俺は色々な本を読みながら常に光探知を起動させ、マックスが来るのを待っていた。奴の魔力は覚えたので、探知範囲に入れば一瞬で気づくことができる。


「奴は連邦の英雄らしいが、絶対に始末しよう」


何度かギルド本部にも赴いて現地の冒険者からマックスについての情報を集めた。連邦の英雄といわれるだけあって、奴についての話を聞かせてくれと頼んだら皆嬉々として語ってくれたのだ。マックスが魔物の氾濫を一人で鎮めたことやSランクの魔物をソロで倒したことを自分の武勇伝のように教えてくれた。

 その上マックスは相当愛国心が強いらしく、連邦を守るために戦争は毎回参加するらしい。


「今回はお前らが攻めてきてるんだけどな」


前回の小競り合いは十五年ほど前だったのでさすがにマックスは参加していなかったらしいが、三年後の総力戦には必ず参加するだろう。

 普通なら三年という長い時間をかけて作戦を練ってから奴を襲撃する。SSランク冒険者とは本来そういうものなのだ。しかし俺はさっさと帝国に帰りたいのでアイツが現れた日に暗殺すると決めている。


「SSランク冒険者が急に消えたら大騒ぎになるだろうな」


もしかしたら三週間後に開かれる強硬派の会議の日時が変更されるかもしれない。早まる分にはいいのだが、延期だけは勘弁してほしい。


あと今更なのだが、カナン大帝国で今年開かれるはずだった帝龍祭も戦争が終わるまで延期になるとマルコが言っていた。当たり前のことだが少し残念だ。



それから二日後、ようやく探知に反応があった。


「やっと来たか」


俺は大図書館を出てから光学迷彩を起動し、魔力を抑えて隠密状態になった。そのままギルド本部に入ってから三階に上がり、隅でマックスの様子を窺う。

奴は高ランク冒険者専用の受付で依頼を受けて、その後二階へ降りて行った。俺はさっき受付嬢が持っていた依頼書を確認するため受付の中に侵入し、引き出しの中から取り出してそれを確認した。


「Sランクモンスター【ウロボロス】の討伐か、好都合だな」


ウロボロスとの戦闘中に奴を暗殺して、依頼を失敗したことにさせよう。SSランク冒険者がSランクモンスターに負けることは基本的に無いので怪しまれるかもしれないが、それが一番効率が良い。


急いで一階に下ると、マックスは冒険者の集団に囲まれて談笑していた。そしてその集団の中には俺の知り合いである【天狼】の三名も混ざっていた。半刻ほど経ち、マックスは解放されて冒険者ギルド本部を出た。


俺も後を追い、前から来た天狼とすれ違う。


「いやぁ遂に憧れのマックスさんと喋っちまったぜ!ユートに自慢してやろ!」


「知り合いがマックスさんと立ち話をしていたから、思わず突撃しちゃったけど結果オーライね」


「案外気さくで良い人だった」


これが終わればもう首都の冒険者ギルドを訪れるつもりはないので、天狼とは会えるかはわからない。

天狼の皆に申し訳なさを感じながらギルドを出て追跡を開始する。


マックスは呑気に大通りを歩きながら首都の大門を潜り抜けた。有名人なので沢山の人に声を掛けられていたが、笑顔で返事していた。奴が他の冒険者から慕われている理由がわかる。


首都を出たマックスは物凄い速さで駆け、依頼のあった村へ向かった。俺も一キロの距離を保ちながら同じ速さで追いかける。その村の近くにニーズヘッグと呼ばれるBランクの大型蛇モンスターの生息地がある。そこの個体が進化し、ウロボロスになったと考えられる。まだどこも襲われていないので、生息地から出て「ながれの魔物」になる前に討伐するのがマックスの人生最後の仕事である。


「最近は暗殺者みたいなことしかしてないな俺」


ハァと溜息をしながら走り続ける。二時間ほど走った後、マックスは休憩をするようなので俺も休憩する。


「俺もしかしてアイツにバレてないか?」


なんとなく何者かに魔力を探られている気がする。固有魔法≪重力≫なら魔力はほぼ無限だろうし、探知も得意だろう。僅かな光があれば俺が探知できるように、僅かでもそれに重力が掛かっていれば探知できるだろう。


「この距離で魔法を飛ばしても絶対に避けられるし、暫くは今まで通りこの距離を保ったまま追走するか」


現在マックスは座りながらサンドイッチを食べており、俺は遠くの木の上から拡大鏡で見ていた。


「あ~、本人は気づいてないフリをしているが、完全に気づかれてるな」


たまに横目でチラッとこちらを確認している。だが俺が何者かは未だにバレてはいないと思うので、やることは結局変わらない。

その後、さらに三時間ほど走り続けてようやく目的地に到達した。マックスは最寄りの村に寄って依頼の確認をした後、すぐにニーズヘッグの生息地に向かった。


予定通りマックスがウロボロスと戦い始め、辺りに戦闘音が響き渡る。


「俺の『光鎧』と同じように重力の魔力を纏っている。情報通りだ」


ウロボロスが十八番の〈水〉魔法を撃つが重力で地面に落ち、マックスまで届かない。奴はウロボロス自体にも重力をかなりかけているようで、一方的にタコ殴りしている。ウロボロスを中心としてクレーターが出来上がるほど強い重力がかかっている。


「そろそろだな」


ウロボロスが死んでしまったらマックスを殺した犯人がいなくなるので、攻撃を開始するなら今がベストだ。


俺は光速思考と光探知でマックスの座標をロックオンする。


【光の矢、百重展開】


百本の殺戮の矢が標的に向かう。


しかしマックスはこちらに振り返り、右手を前に出して魔法を構築した。


【ブラックホール】


すべての光の矢が禍々しい漆黒の球に吸い込まれた。

俺はそれを確認した後、五十メートルほどの距離まで接近し、そこで立ち止まり口を開く。



「お前、転生者だろ」


「そっちこそね。」


「さすがにブラックホールは無いわ。名前で転生者って直ぐにバレるだろ」


「あはは!そうだね」



二人は少し沈黙しながら睨み合い



「で、やるのか?」


「どちらでも」



俺は笑みを浮かべて【星斬り】を抜刀し「光鎧」を起動する。ああ、俺はこの時を待っていた。自分の全力をぶつけられる相手をずっと欲していた。マックスも同じことを考えていたようで、例の身体強化を再起動した。


まずはマックスが地を蹴り、音速を超える速度で突進してきた。

繰り出されるのは普通のパンチ。だがそのパワーは計り知れない。


俺は星斬りの腹でそれを受け流す。その風圧だけで俺の後ろの木々が地面ごと吹き飛び、森に数十メートルの穴が開く。


マックスはニヤリとし、そのまま破壊の拳を連続で放つ。時にはフェイントと蹴りも混ぜて翻弄してくる。これほど速くて重い一撃を連続で受けるのは初めてだ。ぶっちゃけローガンとは比べものにならない。


なんという強敵。なんという幸運。これほど楽しい戦いは初めてかもしれない。


血が沸騰し、アドレナリンがマグマのように噴き出す。


次に俺が攻撃に転じ、「攻めの剣」で斬り込む。格闘術と剣術の間合いは全然違うので、近距離戦はこちらに軍配が上がる。

ここで星斬りが猛威を振るい、マックスに少しずつ傷が増えていく。


「くっ!」


苦しそうな顔をしながらマックスは一度後退する。


「ハァハァ、なかなかやるね。剣術もヤバいし剣自体のスペックも相当高い」


「自慢の剣だからな」


「最近大陸中で話題の『閃光』って君の事でしょ?」


「さぁな」


気が付けば戦いの余波で周りは焦土と化しており、ウロボロスも逃げたようだ。


「じゃあこれはどうかな?【ギガグラビティ】」


「!?」


身体が急激に重くなった。「光鎧」を起動していても動きの速度がかなり落ちている。


「今君には普段の二十倍の重力が掛かっているからね。まともに動けているだけでも凄いと思うよ!」


「ずいぶん嬉しそうな顔をしているな」


「やっぱり僕が最強なんだって再確認できたからね!あははっ!!」


性格悪いな。こいつは普段猫を被っているのか。俺が一番嫌いなタイプだ。

俺はこの性悪男に目掛けて星斬りを振り、斬撃を放つ。


【三日月】


「うわっ、危ないなぁ。斬撃も飛ばせるんだね、アニメみたい!」


間一髪で避けられた


「ちっ」


「じゃあ次はこっちの番だね!次の一撃で終わらせてあげるよ!」


俺は光速思考を起動し、魔力を練る。


【ロンギヌスの槍、百重展開】


【ブラックホール】


百の閃光は圧倒的な闇に吸い込まれる。また闇はそれを吸い込んだ後、こちらに飛んできた。


「ほら!早くどうにかしないと飲み込まれて死んじゃうよ!」


歯を食いしばりながら重い体を動かし、居合斬りの姿勢を取る。光速思考を起動したまま、五感と集中力を高める。すると静かな魔力が溢れ出し、星斬りと一体化する。



【次元斬り】



次元ごとブラックホールを斬った。


「だよね!君ならそれができると信じてたよ!」


すると、半分に割れたブラックホールの間から、マックスが拳を構えて飛び出してきた。


この戦いはなんて楽しいのだろう。自慢の魔法も全て無力化され、剣もほとんど使えない上に回避もできない。今までで一番追い詰められている状況でなぜか俺は歓喜していた。


「死ねぇぇぇ!!!!!」


だが顔面に拳が当たる瞬間、世界が停止する。


「解放」


同時に俺の身体から圧倒的な【閃光】の魔力の奔流が溢れ出す。瞬く間に【閃光鎧】を展開し、その拳を回避する。今の俺に追いつける者は世界に存在しない。


光の速さで【閃光】の魔力を練る。


そして時間が止まった世界の中でマックスにゆっくりと右手を向けて呟く




【天叢雲剣(アマノムラクモノツルギ)】




刹那、右手から巨大な閃光が放たれ、大陸の一部が世界から消えた。




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「マックスを近くの山ごと消してしまったか。ウロボロスのせいにできるかな」


【天叢雲剣】は【天照】の範囲を狭めて威力を高くしたものだ。天照は範囲が広すぎて危険なので上から下にしか撃てないが天叢雲剣は横に撃てるのである。


その結果、剣の形をした巨大な閃光は激しい轟音と共に地上を駆け抜け、雲まで聳えていた山を根元から削り、地平線の彼方へ消えていった。


「俺に『解放』させるなんてやるじゃないか」



予定通り仕事が終わったので、ここに人が来る前に首都へ帰る。



「久しぶりに楽しかったぞマックス」










「お前猫被るタイプだから嫌いだけど」





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