第31話:オークジェネラル
オークジェネラルはなぜか今更出てきた。オークジェネラルは三メートルほどの身長で、横幅も結構ある。その丸太よりも太い腕で錆びた大剣を引きずりながら建物からノソノソと出てきた。
一見そんなに強そうには見えないが、実は魔法も剣術も器用に扱う厄介なモンスターだ。Bランクは他に地竜やワイバーンがいると説明すれば、そのレベルの高さも想像できるだろう。
「油断しちゃだめよ」
ジェネラルはある程度こちらに近づいた後、グッと少し屈んで地を蹴り物凄い速さで突進してきた。俺とアリエットは回避できたが、ディランとセオドアは回避できなかった。
「セオドア!俺の後ろに隠れろ!」
セオドアは咄嗟にディランの後ろに避難したが
「ガァァァ!!!」
という雄叫びと共にジェネラルが大剣を振り上げ、そのまま二人を押し潰すように振り下ろした。突進の勢いが乗ったその攻撃で二人は潰れたかのように思われたが
「うぉぉぉ!!!」
ディランが大きな盾でギリギリ受け止めた。よく見れば地面が陥没している。そのレベルの攻撃を見事受けきったのだ。暫く拮抗していたが、セオドアがジェネラルの顔に向かって〈火〉の中級魔法を飛ばし、怯んだところでディランが剣を弾き飛ばした。
中級魔法では傷一つ付かなかったが、目くらましにはなった。俺とアリエットはその隙を見逃ずに
ザシュッ
ザシュッ
俺は左足の足首を、アリエットは右手首を狙って斬り裂いた。
「グォォォ!」
しかし、ジェネラルが厄介な所はここからなのである。奴は痛みで雄叫びを上げた後、怒った顔でこちらを睨んできた。そして
シュゥゥゥゥ
という音と共に傷が再生した。
そう。オークジェネラルが厄介なのは高度な治癒魔法を使うところなのだ。
再び突進してきて、それをディランが受け止めてセオドアが魔法で怯ませ、俺とアリエットが斬るという攻撃を何セットか繰り返し、ジェネラルには疲労が見え始めた。
そこでやつは
「ガァァァァァァァァァァァァ!!!!」
という今までとは何か違う咆哮を上げた。それは森の木々が揺れるほどのもの。
「なんだ?」
俺は一瞬だけ光探知を起動する。するとここを中心とした半径一キロほどの距離から魔物が集まってきていることに気づいた。
「おい!ここに向かって魔物が沢山集まってきている!少しずつ後退して森から脱出するぞ!」
三人は焦った様子で
「わ、わかったわ!」
「おう!」
「わかった」
しかしそれを許すほどジェネラルは甘くなかった。アイツは俺たちの進行方向を塞ぐような立ち回りで時間稼ぎをし始めた。俺は天狼の皆を死なせたくはない。でももうすぐジェネラルの配下と思われる魔物共が波のように押し寄せてくる。どうしようか。
俺は光速思考を起動し、ほぼ停止した時間の中で落ち着いて考える。
≪光≫の攻撃魔法を使ったら正体がバレる可能性がある。そのため俺が使えるのは身体強化と【星斬り】のみ。俺が一人でジェネラルを相手して、集まってくる雑魚を天狼に任せればいいか。
「俺が一人でジェネラルを抑えるから、雑魚は頼んだぞ!」
「おい!正気か?」
俺はその言葉を無視し、単騎でジェネラルに突っ込む。こいつは俺と一対一なら余裕だと思ったのか、ニヤリといやらしい笑みを浮かべ早速攻撃を仕掛けてきた。
「さあ、久しぶりにあれをやるぞ星斬り」
【ローガン】との戦いで進化した「柔の剣」を使う時が来た。
今の俺なら全てを受け流せる。それが何であっても。
こいつの太刀筋は大雑把で極めて単調。生まれつき力が強いせいで、技を磨いて来なかったのだろう。俺を力だけでどうにかしたいなら、最低でもSランクは必要である。この隙だらけの連続攻撃にどのタイミングでカウンターを仕掛けようか考える。後ろで戦っている天狼がもう少しですべての魔物を倒し終えそうなので、俺もそろそろ終わらせようか。
ジェネラルは焦る。目の前の若い人間のオス一匹をさっさと始末して、あっちの人間のメスを持って帰ろうと思っていたのに何故か自分が追い詰められている。どんなに力を込めて剣を振っても、当たった瞬間魔法のように受け流される。少し焦ってきた。急がないと後ろの人間共が加勢してしまう。
上からの振り下ろしで目の前のオスを仕留めようと思い、力いっぱい大剣を振り下ろす。しかしそれも簡単に横に受け流され、自分の剣が地面にのめり込んでしまった。その瞬間、視界が反転した。
ポトリ
「ふぅ、終わったな」
後ろをチラリと見ると、天狼の奴らもオークやゴブリンなどの魔物を丁度倒し終えたところだった。
「そっちも終わったみたいだな。おつかれ」
「おつかれじゃねぇよ!一人で突っ込みやがって!心配しただろうが!」
「でもああするしかなかっただろ」
「そうだけどよ...」
「ユートありがとうね、助かったわ」
「ありがとな。マジで死ぬかと思った...」
「気にするな」
なんやかんやで三人とも命拾いしたので安心しているようだ。
「あなたどうやって倒したのよ」
「あいつが大剣を振り下ろした時に回避したら、たまたま地面に刺さったんだ」
「その隙に首を落としたわけね」
「前屈みになって体勢も崩れていたしな、あのデブ」
「デブって...」
「今回は完全に運が悪かったな」
「そうね」
その後、ジェネラルを含めた魔物の亡骸から素材を剥ぎ取りマジックバッグに詰めて帰路についた。かなりの値段になるのは確定なので、三人はホクホク顔で歩いていた。現金な奴らである。
首都に帰り、依頼達成の手続きを済ませるためにギルド本部へ向かった。時刻はすでに夕方だが、相変わらず冒険者で溢れかえっていた。手続きを済ませ、俺たちは天狼行きつけの酒場で打ち上げをすることになったので階段を下り一階へ行くと、何やらザワザワとしていた。
「ん?何があったんだ?」
「ユート、今あそこでSランクパーティと雑談している人がいるでしょ?彼が連邦を代表するSSランク冒険者【マックス】よ」
「ふーん。アイツが≪重力≫持ちのSSランク冒険者なのか」
魔力は覚えたからな。せいぜい残り少ない人生を楽しんでくれ。
そんなことを考えていると、一瞬遠くにいるアイツと目が合った気がした。
「気のせいだろうな」
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首都の某酒場にて
「カンパーイ!!!」
「「「乾杯」」」
「今日はユートのおかげで生き残れたんだ!さあ飲め飲めぇ!」
「おう」
「っていうか、なんでユートはまだCランクなのよ」
「俺も同じことを考えてた」
「今日は相手との相性が良かったから倒せただけだぞ。俺は魔法が苦手だから、ワイバーンとかが相手だと何もできないからな」
「今まで誰もパーティに入れてくれなかったの?」
「そうだな。魔法が戦闘で使えないっていうのはそのくらいマイナスなんだと思う」
「じゃあうちのパーティに入りなさい。歓迎するわよ?」
「そうだぞ!」
「俺もユートは気に入っている」
「ありがたい話だが遠慮しておくよ。一人の方が気楽なんだ」
「残念ね。でもいつでも歓迎するわ」
「ちぇっ。ユートとまた冒険者できると思ったのになぁ」
「いつでも待ってるからな」
「おう、ありがとな。天狼は全員いい奴らだ。本当に」
「うへへへ」
「ディラン顔キモいぞ」
「キモいって言うなよ!」
しばらく談笑した後、俺は早めに切り上げてその足で諜報部に報告へ行った。
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俺が抜けた後も天狼は打ち上げを続けていた
「ねぇ。ユートって本当に何者なのかしら。私戦闘中心配で少しユートの様子を窺っていたけど、あれは只者じゃないわよ」
「ユートが魔法が苦手っていうのも正直怪しい」
「俺たちに隠しごとするなんて水臭ぇよな!」
「ていうかSSランク冒険者に憧れているとか言ってた割に、マックスを見た時の反応が悪かったわ」
「普通に殺意の籠った目で見ていたな」
「ライバル視してるんじゃねぇか?」
「確かにまだ若いもんね」
「それもそうだな。ユートは大人っぽいし身長も高いから忘れていた」
「何歳なんだろうな?今度聞いてみようぜ!」
三人とも酒を飲んでいるので徐々にヒートアップしてきた。
「私の姉って連邦軍で働いているじゃない?前酔った勢いでベラベラ語っていたのだけれど、カーターの襲撃事件の後、すぐにチェスター男爵領でも襲撃事件が起こったらしいわよ」
「どうせ帝国のスパイがやったんだろ。まだ捕まっていないことを考えると、相当優秀で腕がたつな」
「そういえば、カーターの襲撃事件があった翌朝にユートと会ったんだよな!その話を聞かせてくれって」
「まさかユートがスパイだったりね」
「それはないだろう」
「ユートはいい奴だからな!絶対ないぞ!」
「でも連邦で英雄的ポジションのSSランク冒険者にあんな目を向けないわよ普通」
「若気の至りってやつだ」
「そうだぞ!ユートは俺の弟子みたいなもんだからな!」
「「それはない(わ)」」
「え?」
解散後、夜中の大通りにて
「ちょっと飲みすぎたわ...」
先ほどの会話中に思い出したけど、ユートはこの前SSランク冒険者の情報を執拗に聞きたがっていたわね。いくら憧れているからって、覚醒者の戦闘スタイルを聞いたところで一体何になるのかしら。覚醒者は属性魔法が使えないことで有名だから、一般人が戦闘スタイルを真似することなんてできないのに。
「ユートも属性魔法が苦手なのよね。実は覚醒者だったり...そんなわけないわ。何言ってるのかしら私」
考えれば考えるほどユートは謎に包まれている。
「ん?夜中なのに人だかりができているわ。ああ、吟遊詩人が詩っているのね。酔い覚ましに少し寄って行こうかしら」
〈かの冒険者は【閃光】と呼ばれ、迅雷を纏う黒馬に跨る。さらにその魔法は全てを滅し、その剣は星を斬る。又かの冒険者は【終焉の魔術師】と呼ばれ、その逆鱗に触れるべからず。さもなくば天に住まう神々が怒り、忽ち世界は終焉を迎えるだろう〉
「【閃光】ね...」
なぜだかわからないが、アリエットの頭の中にユートの横顔が思い浮かんだのであった。
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