第26話:【ルゼの森】にて

翌朝、宿屋の食堂で朝食をとろうと一階のテーブルに座ってメニューを見ていると、冒険者の一行が隣のテーブルに座って


「なぁそういえば昨日の事件聞いたか?」


「ああ、昨日は夜遅くまで酒場で飲んでたからな」


「何それ?私知らないんだけど」


そこで俺は


「雑談中にすまない。全員分の朝食を奢るから、その話詳しく聞かせてもらえないか?」


するとリーダーらしき大男が


「あん?お前何もんだ?ここらでは見ねぇ顔だが」


「俺はCランク冒険者の【ユート】というものだ」


「冒険者だったのか!?しかもあんちゃん大分若ぇのに大したもんだな!」


次に隣の剣士らしき女が


「私たちはBランク冒険者パーティ【天狼】よ。ちなみに私はリーダーの【アリエット】。よろしくね」


こっちがリーダーだった。


「俺ぁディランだぜ!」


「俺はセオドアだ。よろしく」


「丁寧に感謝する。俺からもよろしく頼む」


Bランクパーティ天狼は剣士のアリエット、タンクのディラン、魔法師のセオドアという典型的でバランスの取れたいいパーティのようだ。


「後輩に奢らせるのも何だからなぁ。同業の誼で教えてやるよ!」


「ありがとな」


「実は昨日、領主様の屋敷が襲われたらしい」


「それは本当か?」


「本当だとも。死傷者は出なかったらしいんだが、侵入者がかなりの手練れだったもんで発見が遅れたって話だ」


そこでセオドアが


「俺も昨日の夜外出していたんだが、軍の奴らが忙しなく動き回ってたのはそういうことだったのか」


「私は寝ていたから初耳ね。最近噂で大帝国との戦争が近いって聞いたから、帝国側のスパイでも潜り込んだんじゃない?」


アリエットが核心を突くような発言をしたが、ディランが


「それは無ぇな。俺ぁ伯爵様の屋敷を見たことがあるが、どんな手練れでもあの護りは突破できん」


ここで呆れたようにセオドアが


「それが突破されたから騒ぎになったんだろうが...」


「「確かに」」


「言われてみればそうだな!」


とここで俺はずっと気になっていたことを切り出す


「襲われたのは屋敷だけだったのか?」


「俺ぁそう聞いたぜ」


「そうか。わざわざ教えてくれてありがとな」


「いいってことよ!」


俺は連邦側の冒険者に対して悪いイメージを勝手に押し付けていたが、なかなかいい奴らじゃないか。これだと亜人を一方的に毛嫌いしている連邦の強硬派と同じになってしまうので、俺もそうならないように気を付けなければな。


そして諜報部の情報は出回っていないようだ。まぁ、伯爵軍の重要機関の一つが全滅したなんて他国に知られたくないだろうし。やったのは俺だけど。


「さっきアリエットが大帝国との戦争が近いという噂を聞いたと言っていたが、それも本当なのか?」


「最近、うちの強硬派が穏健派を飲み込んだじゃない?」


「そうだな」


「そのせいで今まで息を潜めていた亜人嫌いの組織達が急に活発になり始めたのよ。くだらない話よね」


「ん?アリエットは戦争反対派なのか?」


「当たり前じゃない。知り合いから聞いた話だと、カナン大帝国では人間も亜人も関係なく普通に暮らしてるらしいし、戦争なんて一つもいいことなんてないわよ」


「俺もそう思うぜ!」


「俺もだな。くだらん」


連邦側の穏健派というのは現実もわかっているし、損得もきちんとしている奴らの集まりなんだろう。


「じゃあなんでこんなに戦争ムードになってるんだろうな」


「たぶんだけど、うちの貴族達は小さい頃から亜人を蔑む教育を徹底されているからじゃないかしら」


「なるほどな。だから色々な組織の上層部が強硬派で固められているわけか」


「そうよ。中にはまともな人たちもいるようだけどね」


アリエットのおかげで、なぜ連邦側の組織の上層部に亜人嫌いが多いのかという謎が解けた。さっきから思っていたが、アリエットは頭の回転が速くてかなり話しやすい。そりゃリーダーに抜擢されるわけだ。貴族の事情にも精通しているから、もしかしたら元々貴族の子女なのかもしれない。


「長くなったが、そろそろ食べ終わるし解散するか。とてもいい情報が聞けた。ありがとな」


「また今度会ったら、一緒に依頼を受けましょうね」


「また今度な!」


「頑張れよ、青年」


「おう、じゃあな」


といって俺は宿屋を出て、別の宿屋に向かう




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コンコン


「何者だ?」


「Cランク冒険者のユートだ」


「「「!?」」」


すぐにドアが開き、中に入る


「すみません。アルテ様とは知らずに」


「いいんだ。それで昨日の事件の話は聞いたか?」


「屋敷が襲撃されたことまでは聞きました。しかし、うちの諜報部でもそれ以上は掴み切れませんでした」


「そうか。昨日俺は伯爵邸の書斎に忍び込んで重要書類を盗んだ後、スラムの地下にある伯爵軍諜報部の基地にも奇襲をかけて資料を奪った」


「なんと...」


「ちなみに諜報部の奇襲は時間勝負だったから、全員始末した」


「スラムの地下に隠していたのが裏目に出ましたね」


「そういうことだな。でも盗んだ資料は俺のマジックバッグに入れ、全ての仕事が終わった後に持って帰る予定だったが」


「国家機密級の重要書類だったので、一応我々にも渡しておこうというわけですか」


「理解が早くて助かる」


「すぐに引き返さず、ここに留まっていたのが功を奏しましたね」


「本当にな。それで書類の確認は写しを取りながらしてくれ」


「わかりました。では我々が持って帰る分と、ここで活動する侯爵軍諜報部の分を写しますね」


「頼んだ。でも本物はお前たちが持って帰れ。それで俺と諜報部が写したものを持って行く方がいい」


「そうですね。連邦上層部の判子やサインまでは完璧に写せませんから」


「そうだ。本物を持って帰った方が、証拠として帝都に提出しやすいからな」



一時間後、全て写し終わったので商人に偽装した騎士の一人が、侯爵軍諜報部の基地まで持って行った。

そして残った何人かと俺は今後の予定を考えていた。


「ではチェスター男爵領の外れにある【リングストン】までは迂回するより【ルゼの森】を突っ切った方が早いんだな」


「そうです。地図を見ていただければわかりますように、ここから結構離れていますので迂回する道で行くと、かなりの時間がかかります。その上沢山の人の目に留まってしまいます」


「借りた馬に乗るとしても、一人で長距離を爆走していたら目立ちそうだな」


「ええ。普通この距離なら馬車に乗って移動しますし、昨日の事件でここら一帯はピリピリしていますので」


「じゃあ選択肢は一つだな」


「情報ではあちらに何人か覚醒者がいるので、気を付けてくださいね」


「ああ」


「御武運を祈ります」




その夜、俺はいつもの装備でカーターの城壁の上に乗っていた。


「結局二日しか滞在しなかったな。今のところ順調に仕事が進んでいて何よりだ」


といって飛び降り、着地してからルゼの森に入った


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「ここを抜けるのには最低でも四日は掛かるのか」


気配を消し、巨木の隙間をすり抜けながら走る。


「連邦も面倒くさいことを考えやがって」


そう。普通飛竜部隊結成のような重要な軍務は、連邦の首都や高位貴族の領都で行うものだが、あえてバレないように辺境にある男爵領の都市で行っていたのだ。

そのため大帝国の諜報部も発見が遅れてしまい、帝都に襲撃を受けるほどの事態に陥ったのだ。


「連邦にもかなり頭の切れる奴がいるんだろうな」


そんなことを呟きながら丸一日走り続け、気がつけば日が沈んでいた。


「今日はこのくらいにしておくか。ここなら野宿もしやすそうだし」


俺は小さい頃に魔物大全典という著書を齧り付くように読んでいたので、大陸の魔物なら大体知っているし、生息地も知っている。この著書を執筆したのは、大陸中を渡り歩いた某魔物研究家の偉人である。


「あの本を読んでから世界中を旅するのが夢になったんだっけ...懐かしいな」


まだあの著書の内容は鮮明に覚えている。たしかこの森に生息する最高ランクの魔物は大土猩々である。簡単に言えば土魔法で攻撃してくる気性の荒い巨大雑食ゴリラだ。


「あのゴリラは単体でCランクだが、基本群れで生活するから実質Bランクの脅威度なんだよな」


マジックバッグから取り出したサンドイッチを食べながら、ゴリラの情報を整理し、その日はそのまま巨木の枝の上で寝た。ちなみにマジックバッグには「状態保存」が付与されているので、毎回新鮮な料理が食べられるのである。



次の日


「おっ、あれが最近俺の中で話題になっている巨大ゴリラの群れか」


なんて余所見しながら進んでいると、前方二キロほど先に見覚えのある魔力の痕跡を探知した。俺は慎重に進み、その反応がある洞窟の中に入る


「これは...まさか転移の魔法陣か?」


おそらく帝都の襲撃で使用されたであろう魔法陣を発見した。しかし


「ん?少し文字の羅列や大きさが違うな」


俺の予想だと、この転移の魔法陣はカナン側と対になっているのだが


「なるほど、いくら対になっているとは言え両方の形が同じとは限らないもんな」


これは盲点だった。そりゃ分析が進まないわけだ。ダンジョンは一つの転移魔法陣しかなく、転移先のダンジョンの入り口には魔法陣は存在しない。だが、今回の襲撃で使用された魔法陣は連邦側にも対の魔法陣が存在するという俺の予想は当たった。


「実際にこれを描いた≪転移≫の魔法師じゃないと詳しいことはわからんが、一応カナン側でもこれを軍事利用できる目途が立ったな」


そう言いながら魔法陣を写し、その場から姿を消す


「あっちの魔法陣を消した時にこれも効力を失っているだろうからな。無理に消したら俺がここに訪れたのがバレそうだしそのままにしておこう」





その後






「もし利用できるまで研究が進んだら、実家と帝都にある別邸を転移で移動できるようにしよう。絶対に」



対の魔法陣を発見するという棚ボタに恵まれた俺はルンルンで森を進むのだった。


実際これはワイバーン部隊を全て転移させるほどの効力を持つのだから、分析の後の研究次第で、転移の魔法師無しでもヒト一人が転移できるくらいの魔法陣を完成させられるかもしれない。





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