第3章【アルメリア連邦編】

第25話:作戦開始

「じゃあ行ってくる」


「アルなら心配ないと思うがが、何かあったらすぐに帰って来るんだぞ」


「気を付けてねぇ」


「すぐに帰ってきてね!」


「ブルル」


「油断だけはなさってはいけませんよ、アル様」


「おう」


今朝、俺はバルクッドを出発し馬車に乗っている。この馬車はアインズベルク侯爵家の息のかかった商会の馬車だ。共に乗車している御者と商人たちは実は侯爵軍の騎士と魔法師だったりする。見事に変装しているのでバレないだろう。


 そして俺はその商会お抱えの冒険者のフリをしている。大帝国側の冒険者は連邦を毛嫌いしており、逆もまた然りなので、大渓谷の護衛の依頼を出しても誰も受けないらしい。


そのため大渓谷を経由して取引する商会は、基本的に専属の護衛又は冒険者を雇っているのだ。最初俺は怪しまれないように護衛の依頼を受けようと思ったが、そうすると冒険者タグを偽装している理由をバルクッドのギルド長メリルに説明しなければいけなかった。


しかし、大渓谷を通ってくる商会は専属の護衛がいるというのが主流になっているおかげで、俺は連邦の都市にもすんなりと入れるのである。


逆に考えれば、バルクッドにも連邦側のスパイが入り放題である。でもこれはしょうがない。



というわけで現在、大渓谷の道半ばで馬車に揺られているわけだが


まず俺が気を付けなければいけないことは、『閃光』だとバレないことだ。俺は一応有名人なので、間違っても宿屋で問題を起こしたりしてはいけない(前科あり)


もしバレれば間違いなく連邦の覚醒者が派遣され、俺が追われる側になってしまう。最悪の場合、SSランク冒険者が出張ってくるかもしれない。


「俺が追われる側になったら本末転倒だな」


あと三日ほどで最初の都市であるブリーク伯爵領の領都【カーター】に着く。ここは連邦側のバルクッド的な立ち位置なので、もし戦争が起これば最前線になる。だからうちと同じで、大量の国家機密並みの資料があるはずなのだ。


「まずはそれを入手することから始めるか」


狙いはブリーク伯爵邸の書斎と伯爵軍諜報部の建物だ。これは今回の作戦からすると前菜に過ぎないのでチャチャっと終わらせよう。


今回の本命は飛竜部隊の壊滅と覚醒者の始末だ。この短期間でどれほど連邦の戦力を削れるかが勝負なので最初の都市で足踏みなんてしていられない。


「余裕があったら、ついでに連邦海軍の戦艦を潰すのもアリだな」


カナン大帝国の人口は五億人で、アルメリア連邦の人口は十億人である。最近まで強硬派と穏健派で小競り合いをしていたとはいえ、数だけ見れば戦力は二倍程度だと考えられる。


「今思えば、飛竜部隊が完全な形で攻めてきてたら割とヤバかったんじゃないか?」


俺もエクスという従魔がいる身として、従魔が傷つけられたり殺されたりした時の痛みは理解できるが、今回ばかりは仕方がない


「やっぱり飛竜部隊には全滅してもらうしかないな...まぁとりあえずは伯爵領での仕事に集中するか」



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 三日後、ブリーク伯爵領の領都【カーター】にて


「身分証を見せろ」


俺は偽装の冒険者タグを衛兵に渡し


「Cランク冒険者【ユート】か。よし通ってい良いぞ」


オーウェンに偽装の名前を何にするか聞かれたとき、前世の名前であるユートと答えたのだ。


カーターに入って暫く進むと


「アルテ様、ここら辺で」


「ああ、世話になったな。帰りは自分でどうにかするから、数日経ったら引き返してくれ」


「了解しました。御武運を」


「おう」


大渓谷を通るには一週間ほどかかるので、その間ずっとお世話になっていたのだ。やはりうちの軍の者は優秀である。

 


「とりあえず情報収集がてら腹ごしらえでもするか」


と近くの大衆食堂へ入り、テーブルに座る。そしてメニューを開くと知らない名前の料理が結構あったので、店員に


「この羽兎定食ってやつを一つ」


「かしこまりました!」


数分後に出てきて


「兎のスープに柔らかいパン、それにサラダまで付いてくるのか。値段の割に豪華だな」


味も美味い。羽兎は連邦の固有種なので見たことはないが、口に入れると程よい弾力で旨味がジュワっと溢れ出す。出汁としても優秀なようなので、まるでスープのために産まれてきたような兎である。

 パンも大きくて柔らかいし、サラダも新鮮で特にこのオレンジ色のドレッシングが絶品である。


「馳走になった」


「はーい、またのご来店をお持ちしております~」


料金を払い食堂の外に出て呟く


「料理のレベルは帝国と同じくらいだな」



ちなみに羽兎はピンチになると二つの大きな耳を羽のように動かし、飛んで逃げるので羽兎という名前になったらしい。



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 その夜、宿屋の個室の中で身支度を整えていた。いつもの外套の見た目はありふれたものなので着ていてもまずバレないだろう。

 それに今回は極限まで魔力を抑えた後、光学迷彩まで起動する上に夜に行動するので、絶対に成功する自信がある。


宿屋を出てから狭い道に入り、近くの物陰で


「ここら辺でいいか」


光学迷彩を起動。さらに赤外線カメラの応用で視界も十分。

そのまま薄暗い道を足音を立てずに進む。ある時は民家の屋根に上り、またある時は小川を飛び越え、その後


「ここがブリーク伯爵邸か。うちほどではないが十分大きいな」


まずは光探知を使って衛兵がいない場所を発見し、大きな塀を飛び越えて


「侵入完了」


しかし屋敷内に忍び込む方法がないので、茂みの裏で一時間ほど息を潜める。

すると、裏の門から小さい魔力が二つ屋敷の方に進むのを察知し、急いで向かう。


「ハァハァ、やっぱり庭が広すぎるのも考えものよね」


「文句言わないの、私たちはブリーク伯爵家にお世話になってるんだから」


やはり住み込みのメイドだったか。今は冬なので、暖炉のために裏庭の奥にある薪を取ってきたのだろう。俺は後をつけて、二人が扉を開けて入るのと同時に侵入する。


流石に一階に書斎はないと思うので、二階と三階を調べることにする。途中何度も使用人や衛兵とすれ違うが無事書斎と思われる場所のドア前まで来た。


耳をつけて中の音を聞くが、まったく音がしない。魔力の反応もないので、人はいないだろう。もちろん鍵が掛かっているので【星斬り】の剣先をドアと扉の先に差し込み、断ち切る。


すぐに中に入りドアを閉める


「ふぅ、やっと侵入できたな。急いで重要書類をマジックバッグに詰めて逃げるか」


屋敷の魔力を探知している感じ、まだまだ書斎には人が来なさそうなので怪しそうな部分を全て調べる。すると


「ん?ここの魔力が大分淀んでいるな」


本棚の右端をすぐさま調べると、本を退かした奥に大きめの金庫が隠されていた。


「やっぱり本当に重要なのは隠すよな」


そして再び【星斬り】に手をかけ金庫の上の部分を断ち切る。蓋のように上の部分を外し、中の物をマジックバッグに入れるが、手が止まる。


「この宝石はもしかして、GPS的なやつか...?よく見たらこっちの手紙もそうじゃないか」


中に追跡用の魔法が掛けられた宝石や手紙がいくつか出てきたので、それ以外を入れて窓から跳び、着地する。


「まるで怪盗だな」


一人でフッと笑いながら伯爵軍諜報部を目指す。



数時間後



「伯爵軍の建物を大体調べたが、諜報部の建物が全く見つからん」


少しマズい状況になってきた。今頃、伯爵邸では大騒ぎになっており、その報告が諜報部に入れば警備が強化されて、暫く侵入できなくなってしまう。


「ん?その報告する奴を追跡すればいいんじゃないか?」


俺は急いで伯爵邸に向かうと案の定騒ぎになっているので、少し待機する。すると数十分後、伯爵軍の建物ではなく逆方向に向かう魔力を屋敷の裏庭から探知した。


そいつを追跡すると、カーターの外れにあるスラム街へと入っていく。そこで俺もスラムの一キロほど先に大きめの魔力がいくつか群れているのを発見し


「なるほど、伯爵も考えたもんだな。でも」


「光の矢」


俺は一瞬で追跡していた衛兵の頭を光の矢で貫き


「残念、もう少しだったな。ではこの死体を隠してさっさと諜報部の資料を頂くとするか」


すぐに到着し中を伺うと、特に焦ったりはしてなさそうなので、まだ情報は伝わっていない。


「諜報部をスラムの地下に隠したのが裏目に出たな」


情報のやりとりに時間がかかるというデメリットがここで大きく効果を発揮した。さっきの衛兵がここに到着していれば話は別だったが、俺が侵入する時間は十分にあると言える。



「さぁ、お仕事の時間だ」



伯爵邸の場合は、騒ぎが起きたら近くに併設してある伯爵軍の建物から騎士や魔法師が押し寄せてしまうので乱暴はできなかったが


「まぁ、スラムに作った自分たちを恨め」


そう、時間をかけて侵入するより、まず全員殺してしまった方が早いのである。



そして数十分後、資料を集め終わりホクホク顔になったアルテは、のんびり歩いて宿屋へ帰宅するのであった。



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 宿屋へ帰宅後、今日回収した資料を洗いざらい調べると


「『三年後、大帝国に総攻撃を仕掛ける為、カーターの軍備を強化せよ』ねえ」


金庫から出てきた最重要書類に国家機密レベルの書類が混ざっており、その中にカナンに総力戦を仕掛けることを示唆させる命令書を発見した。


「そりゃ追跡用の魔導具も入れとくわな」


俺も侯爵邸の書斎で似たようなものを沢山見てきたため、そのおかげですぐに気づけたのだ。



次は諜報部で回収した資料だが、そこには帝国側の戦力について沢山書いてあった。もちろん、俺についてもだ。


「俺はまだわかるんだが、エクスについても隅々まで書かれているな...」


また帝国側の覚醒者の情報も色々と書かれているが


「なんでか知らないが連邦側の覚醒者についても少し載ってるな」


恐らく大渓谷の立地や環境、バルクッドの戦力を考慮して、連邦側の陸軍に混ぜる覚醒者を議論して決めていたのだろう。



そして最後の資料には、連邦側が勝った後の処理について書かれていた。


「なになに?連邦が勝利した際には、予定通りカナンを属国とすると。それでカナン大帝国に住む亜人の扱いについては.......」


とても声に出して読める内容ではなかった。


「よし、とりあえずこれを考えた連邦の上層部とやらは皆殺し決定だな。内容を見るに、かなりの覚醒者もそれに賛成してそうだし。」


そのままベットにダイブし、仰向けになって呟く










「ふぅ。この世界に転生してから初めてキレたわ」








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