第20話:野外演習
二週間後の朝
「アル様、起きてください。今日は野外演習の依頼の日ですよ」
「知らん」
「そんな我儘言ってると、今日の夕食抜きにしますよ」
「くっ、この鬼畜ジジイめ」
「はっはっは。心地の良い朝ですな」
ケイルは妻も子もいないので、アルのことを本当の孫のように思ってたりするのだ。実際、アルテのことを「アル」と呼ぶのは侯爵家の家族たちとケイルだけである。
朝食を食べ終え、窓から外を見るとエクスが裏庭で湧水を飲んでいた。エクスは〈水〉魔法が使えるが、冷たい天然の湧水をガブ飲みするのも、これまた乙らしい。
「エクス、飯は食ったか?」
エクスはこちらを見て
「ブルル」
「今日は例の依頼の日だぞ。準備はできてるか?」
「ブルルル」
「そうか。じゃあ俺もすぐ準備するから少し待っててくれ」
俺は窓から顔を引っ込め、まずは白カマキリ防具を着る。次に【星斬り】を腰にセットし、その上から外套を着る。最後に冒険セットの入ったバッグを外套の中に入れて自室を出る。
廊下では使用人たちがせっせと働いているが、すれ違う時は頭を下げてくれるので、手を挙げて無言で返事をする。
屋敷の玄関を出るとそこでエクスとケイルが待ってくれていたので、エクスに跨り
「行ってくる」
「ブルル」
「行ってらっしゃいませ」
沢山の視線を受けながら大通りを進む。一応門番に冒険者タグを見せてから帝都の門を潜ってからしばらく進み
「エクスいいぞ」
「ブルルル」
俺とエクスは有り余った魔力を垂れ流しにする。普段都市の中では俺もエクスも周りを威圧しないようにして過ごしている。俺は覚醒者なので普通の人族よりは圧倒的に魔力が多いし、エクスなんて龍とタメを張れるくらい多い。
そして俺たちは二人で数多の死線を潜りながら、ほぼ毎日戦いに明け暮れる日々を過ごしてきたのだ。そのため俺たちの身体から目に見えない覇気が自然と流れる。この覇気は生物の本能を刺激するので、本気を出せば物理的な圧力を伴い、低ランクモンスターくらいなら手足が動かなくなり、息も詰まるだろう。
今まであまり触れてこなかったが、アルテは【閃光】の冒険者として大陸中に謳われる存在なのだ。高ランク冒険者とは冒険者の中でもほんの一握りしかいない。そのSランクに史上最速でソロで駆け上がった、猛者の中の猛者がアルテなのだ。普段はボーっとしているが。
アルテはメリハリをつけるタイプなので、この冒険者の恰好をしているときは格好も相まって普段とは別人のような覇気を放っている。その戦闘を見た冒険者が、【閃光】という異名を付け、エクスと共に大陸中に広まったのである。
「ふぅ、やはりいいな冒険者は。都市の外なら何も気にしなくてもいいし」
「ブルルル」
「それに今日は依頼なんだ。気を引き締めていくぞ」
「ブルル」
するとエクスは目にもとまらぬ速さで【カイルの森】に向けて駆け始めた。
風を切って進むこの快感がこの二人は好きなのだ。
すると遠くの方に数百人の集団が見えた
「そろそろだな」
「ブルル」
目的地に到着し沢山の視線が刺さるが、気にせずに周りを見渡す
「お、【宵月】だ。いこうエクス」
「ブルル」
宵月の面々はすでにこちらに気づいているようだ。まぁ俺たちは目立つしな。
「皆久しぶりだな」
「おう、久しぶり」
「久しぶりねぇ」
「おひさ」
「っていうかアルテお前、その覇気というか圧を解けよ...」
「学生の子達が可哀そうだしねぇ」
「あの男の子息してない」
そこへアグノラが走ってきて
「そこの冒険者!ア、アルテだよな!?」
「おう」
俺は鼻の高さまである外套の襟を少しずらし、顔を見せてから返事をする
「ちょっと、その覇気?のようなものを隠してくれないか?」
「あ、やべ」
こうして俺とエクスは普段の一般人モードになったのである。到着した場所の近くにいた冒険者が話しかけて教えてくれればよかったのにな。
「そういえば、エクスお前Sランクモンスターじゃん」
「ブルル」
「お前もだろうが...」
ジャックが思わずツッコむ。そして考えてみてほしい。一般人、それも学生の前にSランクのヴァンパイアベアやカイザーマンティスが急に現れたら阿鼻叫喚するだろう。今回は遠くから徐々に近づいたのでまだマシだったが。
暫くすると学生たちは正気に戻り
「そりゃ『閃光』って大陸で謳われるわ...」
「俺は息ができなかったぞ」
「自慢じゃないが、俺は少しチビッた」
「あれってアインズベルクだよね?」
「入学して早々あの『閃光』に陰口叩いた馬鹿な奴らがいたらしいぞ」
「あ、あれが伝説の『深淵馬』か...」
「なんか少し可愛いわね///」
エクスは控えめに言って巨大なので、その背に跨りながら学生と冒険者たちを眺めると、たまたまSS-1のクラスの連中がいる場所を発見したので
「少し行ってみるか」
「ブルル」
学生たちの視線を釘付けにしたままエクスに乗って近づくと
いつもの四人が近寄ってきて、挨拶も無しで開口一番
「あんた!いつもと全然別人じゃないの!」
「『閃光』ってすごいのねぇ」
「遠くからでもピリピリ覇気を感じたぞ!」
「エクスだけじゃなくてアルテもすごいんだね!」
「そうだな」
少し談笑してるとリリーが
「エ、エクスに触ってもいいかしら?」
「ブルルル」
「いいってさ」
「じゃあ私も」
「俺も!」
「僕もまたナデちゃお~」
とマスコットキャラクター張りに撫でまわされていた。それもそのはず、そもそも生きている魔物なんて普通はノンリスクで触れないのだ。エクスのような伝説の魔物に触れれば、人生で忘れられない思い出になるのは確定である。普段は裏庭でゴロゴロ昼寝をしているのだが。
ちなみに、エクスが触ってもいいと許可しているのは、俺と親交のある四人組だからであって他の人に触られると普通にキレる。エクスは人族には基本関心がないのだ。
それを見てSS-1のクラスの奴らも
「いいなぁ」
「なんで俺陰口叩いちゃったんだろう」
「最初は怖かったけど、ああやって見ると可愛いわねあの子」
「アインズベルクは学園にいる時と別人じゃないか」
「私も従魔欲しくなってきたわ...」
「俺も冒険者目指してみようかな」
と言っているが、シャーロット以外誰も覚えていないのである。
エクスがナデ繰り回された後、アルテが
「なぁ、いつまで待ってるんだ?これ」
「あと半刻は待たされると思うわ」
「だってよ、エクス。それまでどうする?」
「ブルルル」
「そうか」
と俺たちは冒険者たちがいるゾーンへ戻り、エクスがどしんと腰を下ろす。そのまま横になって昼寝を始めたので俺もエクスの腹に背を預けて外套のフードを被り、足と手を組んで昼寝を始める。
「「「「「えぇ」」」」」
そこへ宵月が来て
「お前ら似た者同士だな」
「うふふ、そっくりねぇ」
「私も昼寝したい」
そのままグッスリと昼寝を続け半刻ほどたった頃、俺はパッと目を覚ます。エクスも起きているようだ。冒険者にとって腹時計はかなり重要なのである。
ちょうど代表の教師が説明を始めた。俺は学園長とギルド本部の受付嬢に詳しく聞いたので、宵月のやつらと世間話をしていた。そして次々と十人一組+冒険者一人で森に入っていく。
なぜか最後俺とエクスが残りアグノラが
「アルテが引率するのはこの組だ」
俺の担当はH-1になり、十人の生徒がよろしくお願いしますと言って頭を下げてきた。
「おう」
なんだ、割と腰の低くていい奴らじゃないか。(ビビってるだけ)
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カイルの森に入ってすぐに光探知を起動すると、俺を中心とした半径数キロメートルの中のことが、手に取るようにわかる。
「この方角にあと一キロ歩いたところにゴブリンが三匹いるから、向かうぞ」
「ブルル」
学生たちは頭にハテナを浮かべながらそちらへ歩き始めた。ゴブリンは動き続けるので、俺が先頭で進み、一番後ろにエクスがいる。ちなみに俺とエクスは極限まで魔力を搾り、隠密状態である。
「あれだ。まだこっちには気づいていないから作戦通りに動けよ」
生徒たちはコクコクと頷く。もう少し近づき合図を出す。
まず七人の学生が二、二、三に分かれて一体ずつ攻撃魔法を放つ。相手が怯んだら、残りの三人が突撃して斬った。
「よし、上手くいったな。魔法も剣も見事だったぞ」
「な、エクス」
「ブルル」
生徒たちは初めて魔物を仕留めたときのショックと成功した嬉しさが相まって、複雑な顔をしていた。
「そのうち慣れるから安心しろ」
そう声をかけて、次の魔物を討伐しに行く。
何度か同じことを繰り返し学生たちも慣れてきたころ、リーダー的存在の女子生徒が
「『閃光』が戦ってるところが見てみたい」
と言い出したので
「いいぞ」
とゴブリンが五匹いるところまで歩き戦闘を開始する。俺が魔法を飛ばしても参考にならないので、星斬りを使う。
しかし今星斬りを抜くと、膨大な魔力が溢れ出しバレてしまうので、まずは気配を隠したまま近くの木の陰まで近づく。
魔物は前に三匹、後ろに二匹いるので気づかれないうちにまず後ろの二匹を仕留めたい。
身体中に神経を巡らせて目を細め、相手との距離を把握する。
足にグッと力を込めて一気に数十メートルの距離を跳ぶ。今の俺なら光速思考や「光鎧」、光学迷彩なんていらない。
星斬りに手をかけ、居合斬りを放ち後ろの二匹の首を斬る。あまりに凄まじい太刀筋だったようで、まだ首は落ちていない。
前の三匹もまだ気づいてないので、一太刀で三匹が仕留められる位置まで移動する。
そして歴戦の剣術家よりも美しい一閃を放ち、星斬りを鞘に納める
キンッ
ポトリ
という鞘の音がすると同時に五匹の首が落ちた。
それを一瞥してから皆の元まで戻り
「ま、こんな感じだ」
すると何人かの生徒が
「あの~何も見えなかったんですけど」
「お、俺も」
「気づいたら首が五個落ちたんですけど」
というのでまた同じことをできるだけゆっくり行って見せてから、帰路についた
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