7月29日

ある女性が探しているという、男の居所が分かった。

私は、男がいるというホテルにその女性と共に行った。古いが高級なホテルで、廊下には手触りの良い赤い絨毯が敷かれ、アイボリーカラーの柱には細かく彫刻が施されており、壁には蝋燭が点々と灯っていた。

その男の部屋の前に着く。何故か部屋のドアの上部に黒くカビが生えていて、どう見てもその部屋だけ異質だ。鍵はかかっていない。

女は扉を開け部屋の奥へ進んでいく。壁のあちこちが黒ずんでいて、私は思わず「カビ臭い」と漏らす。女はずっと黙っている。

短い廊下の突き当たりの右側から、暖色の明かりが漏れている。その狭い部屋には、ダブルサイズの低いベッドと、人一人入れるほどの大きな爬虫類用のケージが一つ、鳥小屋のようなものが一つ並んでいる。ベッドの向かいの机には、小さなテレビデオが置いてあり、その左側にある段ボールの中には、乾燥した女性の太腿が二本入れてあった。大きな生ハムの塊を削ったように、その太腿にも抉った跡があった。

テレビデオには、私たちの真後ろにあるベッドで女性が悲鳴をあげている様子が一瞬だけ映った。

女は、何も言わぬまま爬虫類のケージやベッドをまじまじと観察している。私は、そろそろ危ない気がすると思い、脱いだ靴下とカバンを掴み、

「先に行くからね。もうやめた方がいいよ」

と言い、そそくさと出ていった。

部屋のドアを開けると、丁度エレベーターから部屋の主が出て来たところだった。男は黄緑のTシャツに丸眼鏡をかけた細身で、私を見るなり顔色を変えこちらに走ってきた。私は咄嗟に柱に身を隠し、陰から様子を見たが、彼は私を追うより部屋の中が気になるようで真っ直ぐに部屋に戻った。彼女は死ぬだろうな、と思いながら、急いでエレベーターに乗り、その場から逃げた。途中、脱いだ靴下をレストランで履き直す。

ロビーに行くと人のざわめきがあり、少し安心するも油断はできない。追いかけてくるかもしれないと走って天神駅を目指す。

しかし、住んでいた頃と大きく変わりどうやっても駅に辿り着けない。

ホテルに戻り、ロータリーでお喋りをしていた女性スタッフ達に声を掛けた。

「天神駅に行きたいのですが、駅はあのビルの中ですか?」

「どのビルですか?」

「あの目の前のビルです。茶色いレンガの」

「何を言ってるんですか?」

私は、一番目立つレンガでできたビルを指差しながら言った。キョトンとしている彼女を見て、同僚の女性はまたか、という顔をした。

「それより、駅は隣のビルですよ。隣のビルは、ポイント制なんです。何でもポイントで買うんです。私は、いつも朝に五万ポイント分の朝食を買って、それを食べて…」

私は、もういいです、ありがとうございます、と、全く分からない話を遮ってまた駅を探した。

競艇場に着いて、男の人に駅を聞いた。

「駅はね、あんまり詳しくないんだけど、煙突を目指すといいよ。煙突だよ」

指差された方を見ると、煙突はなく電波塔があった。

「煙突、ありませんけど……。どれですか?」

「俺もよく分かんないんだよね」

おじさんは、笑いながらどこかへ行った。

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