第7話 渦中と火中

     7.渦中と火中


 翌朝、学校にいくと教室には机と椅子が準備されていた。

 転校ではないので、大々的な紹介といったセレモニーがないのは有り難い。そして席替えとなり、ボクが窓際の隣の列の、一番後ろ、小見尻は窓際の一番後ろ、というもっとも目立たないポジションを与えられた。

 しかも、谷野も小見尻の前の席で、学校側の配慮がいきとどいていることを感じさせる。学院の女子の大半も、谷野の尽力によって味方となって、男子を近寄らせないシフトが築かれた。

 ただ、大半……という言葉が曲者で、一部には小見尻のことを快く思っていない者もいる、ということだ。

 それはこうした優遇が顕著となれば、尚更だ。そして早くもそうした問題に悩まされることになる。


 谷野がいると、小見尻は谷野に頼ることが多いので、ボクの負担も少なくて済むのだけれど、ボクが一人のとき、話しかけてきた女の子がいた。

 同じ情報システムを専攻するけれど、ボクは話したことがない。

 名前は確か……、遊佐 灯璃――。

「ちょっと、あの子何なの?」

 フレームレスの細身のメガネをかけており、肩にかからないぐらいのストレートな髪と、制服も一切着崩すところがない。学級委員をつとめており、入学早々に立候補した積極性だ。

「何って?」

「あの子がくるからって、席替えするなんて、異常でしょ?」

 ですよねぇ~……と言いたいところではあるけれど、ボクも「色々と事情があって配慮してくれたんだよ」と返すしかない。

「じゃあ、あなたと彼女の関係は?」

「知り合いの子だよ。うちで預かることになって……」

「一緒に暮らしているの?」

「そうだけれど、そこは内緒にして欲しい。あまり騒ぎになっても困るから」

 遊佐に嘘をついても仕方ない。むしろ味方になって欲しい、との思いもあって、正直に話すことにした。

「転校……じゃないのよね?」

「ダブりだよ。色々とあって、やっと通学する気になってくれたんだ。今はそっと見守ってあげて欲しい」

 遊佐はしばらく考えていたが、納得してくれたようだ。

「分かったわ。ただ、学院の風紀を乱すようなことをしないでよね」

 どうやら、一緒に暮らしているという部分を、大きく誤解しているようだった。


 しかし谷野がいないと、ボクの傍を離れなくなるため、誤解を与えるには十分かもしれない。

 トイレに行きたいとき、谷野がいないとボクの袖を引っ張ってくる。

 彼女を女子トイレに連れていき、その前で待っていないといけないのだ。

 完全に変態である。

 そして、そんなボクのところに、女の子が近づいてきた。

「あ、あの……」-

 クラスがちがうので、名前までは知らない。小柄でお下げ、中学生と言われたって全く疑うことはないだろう。むしろ小学生といっても通用しそうなほどで、幼い印象をうける。

 随分と小さい子がいる……と、入学式のときに気になったぐらいで、話すのは今回が初めてである。

「今の女の子、彼女さんですか?」

「え? ちがう、ちがう」

「そ、そうですか……」

 そういうと、少し赤い顔をして去っていく。名前すら知らないけれど、この後しばらく彼女に悩まされることになる。


 しかし美少女隠蔽作戦が機能し、男子からの接触がない。もっとも、女子の完全スクラムに、手を拱いているのかもしれないし、ダブりという話が広まり、年上ということも遠慮を招くのかもしれない。

 ボクは元々、浪人して入学しており、男の友達もいないため、ボクをとっかかりにして彼女に近づこう、とする不逞の輩もおらず、その分も影響する。

「大丈夫みたいね」

 梶ヶ森先生がそう声をかけてくる。

「初日、無事に過ぎてくれればいいですけれどね。授業中、小見尻を当てないのは、先生の差し金ですか?」

「差し金って悪い意味よ。それとなく先生方には声をかけておいた。元々、小見尻さんを受け入れるのは学院側の方針だから、彼女にとって必要なことはするつもりだったのよ」

「そこまでしてくれるのは、やっぱり彼女の能力に期待して?」

「それもあるけど、あんまり退学が多いと、ちょっとね……。彼女の場合、ハイリスクを分かって入学を決めたけれど、大化けする可能性に賭けた、というところもあってね」

「大化け?」

「彼女、入学試験のときに一緒に提出してもらったプログラムが、凄かったのよ」

「プログラム?」

「ゲームを自分一人でつくった、といってね。それがたった一人でつくった、とは思えないレベルで、先生方も驚かされたわけ。引きこもりで、家でずっとそんなことをしていた……という話だったけれど、学院に在籍しつつ、メーカーと協力して新しいソフトを……なんて構想もあったらしい」

 ここは高専の位置づけで、企業と連携した研究、商品開発なども活発だった。

「もっとも、初めから不登校になったから、計画は頓挫したけどね。あなたが引っ張りだしてくれて、軌道に乗ったら色々と動きだすはずよ」

 ゲーマーで、プログラムも書けて……まさに、ボクが目指していた方向性そのものじゃないか……。

 学園側としても、小見尻に期待することがよく-分かったけれど、ボクはレベルの違いを痛感させられるだけだった。


 困ったことに、休み時間になると、あの小柄なお下げの少女が、ボクたちを遠目に観察するようになった。

 隠れているつもりなのか、見つかると慌てて知らぬふりを決めこむし、近づこうとすると走って逃げる。

 つかず離れず、ボクらの周りをうろちょろするのだ。

 そしてもう一つの困りごとも発生していた。

「あなたが小見尻様の傍らにいるなんて、納得いかない!」

 そういって迫るのは、萩生田 美愛――。谷野がつくった見守り隊とは別の一派が現れたのだ。

「小見尻……様?」

「見目麗しい小見尻様をお守りし、彼女に集ってくる蛆虫……ゴホン! 男どもを排除する、私たちは親衛隊です」

 どうやら彼女たちが、完全スクラムを組んで、男性の接近を阻んでくれていたようなのだ。

 谷野がつくった、小見尻を守ろうとする組織が、穏健派の見守り隊と、行動派の親衛隊に、いつの間にか別れていた。ボクには見分けもつかないし、また余計なトラブルを生みそうでもあった。


「基本的に、彼女は男性恐怖症だけど、なぜかボクだけは平気……というか、保護者と思っているようだ」

「何でアナタが?」

「それは彼女に聞いてくれ。でも、ボクを排除すると困るのは彼女だ」

 萩生田もそう言われてしまうと口惜しいが、反論できないようだ。

「恋愛感情はないのよね?」

 そこ、重要? とも思ったけれど「ないよ」と、ぶっきら棒に応えておく。

「分かった。一先ず様子をみます。でも、彼女が嫌がる素振りをみせたら……否、彼女の純潔をあなたが穢そうとしたら、我々はすぐにでもあなたを排除し、世界からも抹殺するから」

 純潔……? 谷野は一体、何を吹きこんだのだ? 確かに、凄まじいレベルの美少女だとは思うけれど、学院中の女子が、こうして小見尻に何らかの関わりをもとうとするとは思えない。恐らく谷野が勧誘につかった文言、鼻薬がこうしたグループ化を生んだはずだ。

 教室にもどると、戸惑いながらも嬉しそうに、女の子たちのグループにいる小見尻をみて、ボクもため息をつく。

 本当はひっそりと、周囲と関わらず過ごさせようと思ったのに、登校初日にして、騒動の渦中にいる……。そう教えるべきか? ただ、みんながボクを介して小見尻に接触しようとするように、火中の栗を拾っているのはボクかもしれない。

 今はただ、小見尻問題に火がつかず、彼女が安心して学校に通いつづけられるよう祈るばかりだった。

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