第8話 戦場の狙撃手

     8.戦場の狙撃手


 小見尻がGSSというゲームで、プロとして所属するシア・ウルフは、個人が立ち上げたチームだ。

 リーダーのボッシュがメンバーをスカウトし、チームをまとめている。

 GSSは一般人も遊べるFPSではあるけれど、プロリーグがあって、対戦形式で勝敗を争っている。戦場が複数あって、その一つで互いが戦う。チーム数は三十六、一チーム十五名を上限とするけれど、特に決まりはなく、これは兼業で参加する者もおり、人数をそろえるのが難しいためでもあった。

 戦場、兵数、敵チームの特性、それによって戦略、戦術を変えて戦うのがGSSの醍醐味だ。

 FPSなので、基本的な視点はキャラ目線である。

 しかし運営は様々な視点で戦場を観察することができ、それを配信し、広告収入や有料視聴によって稼いでいる。それが各チームへ配分され、プレイヤーの報酬となるのだ。

 チームの中にはスポンサーがつき、手厚いサポートをうけるところもある。勿論、プレイヤーもその方が高い報酬をうけとれるので、そうしたチームが強豪として注目されるのは必然だ。

 小見尻のキャラネーム、リアードは超有名であって、他チームからのスカウト、勧誘をうけることが日常であるらしい。ただ、小見尻は個人運営のシア・ウルフを出たことがない。

「何で移籍しないの?」

「知らない人とは嫌」

 チャットで会話するので短文だけれど、小見尻らしい回答だ。

 でも、個人運営のチームに属す……そんな小見尻の一貫した態度も、人気を集める要因のはずだった。


 今日はシア・ウルフの対戦日である。

 ボクの部屋ではヘッドギアをつけ、スタンバイ状態の小見尻と、ボクの隣には名木宮もいた。

 毎日顔をだす、と宣言したことと、プレイを見たいそうだ。

 実際にプレイする小見尻の後ろで、ノートパソコンで配信をみるのは中々に背徳感もあるし、名木宮が近い……。15.6インチの画面でみるため、自然と距離も近くなる。ボクにとってはオムツを替える、まではいかないけれど、ずっと妹みたいに過ごしてきたので、特に卑猥な気持ちを抱くわけではないけれど、中学生の名木宮から何だかいい匂いもする。

 ちら、ちら……と名木宮はボクのことを上目遣いしてくるけれど、そんな中で盛大な曲が流れ、配信がはじまった。


「さぁ、みんな! 二次リーグも佳境に入ってきて、今日は注目の一戦だ。準決勝進出を懸けた殲戮のリアード有する、シア・ウルフの登場だぁッ‼」

 司会はVtuberのよゆりん。実況もこなすなど、多彩な才能をもっており、アナウンサー出身? とも噂されるけれど、本体のプロフィールや姿は一切、非公表とされている。

 シア・ウルフは今回、九人。みんなが注目するのは、最後にエントリーする狙撃手のリアードだ。

「対戦相手はイーグル・タロン! 安定した力を発揮する古豪ですが、最近ウィル‐メットを脱退したドレイドが加入し、前回の戦いではサブジュゲイトを達成しましたからね」

 司会の説明に、名木宮が「サブジュゲイト?」と尋ねてくる。

「征服、という意味だよ。GSSでは完全制覇、つまり相手をすべて倒しきったことを意味する」

 イーグル・タロンもリーダーのジュードが個人的に集めた、私営チームであるが、優勝も狙えるチームだ。今回は十三人がエントリーするが、狙撃手はおらず、野戦を中心とする。

「今回、B2という戦場はブッシュ地帯、森の中ですよね?」

 よゆりんがふると、隣にいる解説の軍事アナリスト、タカポンが応じた。

「B2は見通しの悪いブッシュ地帯の中でも、特に地形的な凹凸が少ない湿地帯という位置づけです。シア・ウルフが得意とする都市型戦場とは真逆……むしろ、狙撃がつかいにくい戦場です。

 一方、暦戦の勇であるドレイドは混戦、野戦に定評があり、また前回でも分かったことはイーグル・タロンの戦術に、ドレイドがよくマッチしている、ということ。またリーダーのジュードと、ドレイドの二枚看板となり、それだけで大きな戦力アップとなったのです」

 タカポンは迷彩服をきた起き上がり小法師のキャラで、尾高 雲丸と本人が明らかとなっているけれど、ここではキャラを演じるのが決まりだ。軍事アナリストも本人の肩書き、そのままだ。


「しかし、こんな優劣がはっきりとした戦場を択ぶなんて、運営さんも意地が悪いですねぇ……」

 タカポンが隣をみると、絵画のキャンバスの顔をもつ、簡易的なキャラがいる。

「あ、戦場は完全自動選択ッス。運営はノータッチッスよ」

 やる気のなさそうにぼそっと応じるけれど、運営のシステム担当、との肩書をもつのがヘルえずだ。

 ちなみに中継はディレイ。つまり数分の遅れがある。

 配信ではそれこそ配置、俯瞰した映像を流し、戦術を解説、分析していたりするのだ。生配信だけどディレイ、というのはそういった事情であって、こうして実況がまだ対戦前に、双方の情勢分析をしている間に、すでに戦いの火ぶたは切って落とされていた。


「小見尻さんの方が不利?」

 名木宮はこうしたゲームを、あまりみたことがない。

「GSSは多彩な戦場があるけれど、狙撃による遠隔射撃を得意とするシア・ウルフの戦い方だと、樹木とブッシュで見通しの悪い、こうした戦場は苦手だ。相手だってメンバーには狙撃手がいるはずだけれど、今回エントリーしていないのは、そのためだよ」

「じゃあ、今回リアードは活躍できない?」

「どうだろう? これは個人戦じゃなく、チーム戦。互いの戦術次第さ。それを見るのも面白いんだよ」

 対戦は十六分、二ラウンド。途中で三分のインターバルが入る。前半、後半ともに戦場のどこに配置されるか、まったくランダムだ。そのため、前後半で作戦を変えることが多い。

 敵を一人倒すと100ptが入り、創を負わすとそれに応じて得点が入った。ちなみにサブジュゲイト、つまり敵を全滅させるとボーナスも入った。単純な勝敗より、ポイントを重視するのもこのリーグの特徴であり、消極的なプレイを防ぐ意味でも効果があった。

 しかし……。名木宮が心配するように、このブッシュ地帯で狙撃手リアードがどう戦うか? ボクも興味があった。


 配信でも戦闘がはじまった。

「おや? シア・ウルフは隊を二つに別けましたね」

 歩兵を四、四で別けて、距離をとって前進をはじめた。勿論、リアードだけ別行動をする。

「ブッシュ地帯では待ち伏せを警戒するのが、一般的です。しかしイーグル・タロンに狙撃手がおらず、セントリー(歩哨)のみ。どうしてもポイントが欲しいシア・ウルフが監視の目を増やしつつ、前進するのは理にかなった行動です。ただ、これだと狙撃手は難しいでしょうね……」

 タカポンはそう解説する。実際、チラ見すると小見尻はほとんど動かず、チームのすぐ後方をすすみ、チームが敵と遭遇したとき、それを狙撃できるよう体勢を整えている。

「一方でイーグル・タロンは……鶴翼ですか?」

「焦る必要のないイーグル・タロンは人数が多いこともあって、分散、配置することで敵兵を待ち伏せする形ですね。これも指揮官クラスが二人となって、指揮命令系統が楽になったことも大きいのでしょう」

「両陣営が接近します。どうやらドレイドのいる位置に、シア・ウルフのリーダー、ボッシュがバッティングしそうです……。あっと、待ち伏せ成功! シア・ウルフのミカロフが被弾‼」

 このゲームは死ぬと、そこに死体が放置され、ラウンドが終わるまで晒される。人数の少ないシア・ウルフが、さらに人数を減らされ、緒戦から苦戦を強いられることになった。


「待ち伏せだ!

 一旦、後退する」

 ボッシュも敵兵の配置が分からず、またどこから狙撃されたかも不明なまま、ブッシュに隠れて後退する。

 三分おきに、リーダーには戦場を上から俯瞰した、敵味方をふくめた配置図が送られてくる。それを一旦確認しようとしていた。

 しかしその状況をみて、ボッシュも愕然とする。ドレイドがただ一騎でブッシュに待ち伏せし、ミカロフを狙撃したのだ。しかもすでに移動し、そこに残ってはいないだろう。

「くそ! 分散配置した、

 セントリーによる狙撃だ

 周辺警戒を怠らず、

 もう一度前進!」

 どうしても勝利の欲しいシア・ウルフは、むしろ分散配置された敵兵を、各個撃破するため前進する。

 ただ、イーグル・タロンにもこの配置図は送られている。それをみて、敵も陣形を変えるのだ。

 しかも、シア・ウルフは二手に別れたが、イーグル・タロンがほこる双頭体制の、恰好の餌食となった。ジュード率いる本隊と、ドレイド率いる別働隊が、異なる戦術をとってくる。ボッシュ一人が指示をだすシア・ウルフはそれに混乱する中、前半が終了した。


「前半で三名が倒されるなんて、全然弱いじゃん」

 名木宮は傍観者なので、辛辣にそういった。

 しかしリアード、小見尻はじっと動かず、一発も撃っていない。狙撃手には不利な戦場といえど、隊に合流するでもなく、離れた位置からみているだけで、一切の関与をしないのは意外だった。

「このゲームで一発逆転ってあるの?」

「あるよ。リーダーを倒せば、ポイントは倍だ。それに、運営から配置図をうけとれるのはリーダーだけ。戦いの途中でも交代は可能だけれど、それはリーダーが生きている間で、死んだから交替、とはならない。つまりリーダーを倒せば、相手はこちらの状況が分からず、一方で、こちらからは丸見えだ。一気に優勢となって、逆転することが可能……」

 そう語りつつ、それは難しいことも悟っている。どのチームもそれが分かっているから、リーダーは最重要に警護するのだ。

 ボクは小見尻の背中をみつめる。配信ではディレイなので、後半開始までもう少し時間があるけれど、恐らく実戦はもうすぐ始まる……。そのとき、小見尻が凄まじい勢いでキーボードを叩きはじめ、まるで狂ったようにゲーミングパソコンを操りだしたのだった。


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