第5話 ミッション

     5.ミッション


 小見尻を学校に通わせる、大作戦――。

 まず誠忠節工科学院に確認すると、何とまだ在籍がみとめられていた。留年する者も多く、この辺りは寛容らしい。

 次に制服だけれど、これは母親のお古を利用した。

 およそ二十年と少し、制服を保管していたことも驚きだけど、それを小見尻に着せて喜ぶ母親の姿に、樟脳臭さ以上に、懊悩する。

 もっとも、ボクが学院に入学する条件をだしたように、学院愛の強さが為せる業といえそうだ。

 次に、彼女をどう通わせるか? が問題となる。

 小学生のころ、中学生のときだって、彼女を学校に通わせようとしたはずだ。それでも引きこもりをつづけた。

 そんな彼女を説得しないといけない。


 相変わらず会話はできないが、意見をかわす方法を編みだした。

 何のことはない、彼女はGSSをプレイするとき、チャットでは会話できていた。もっとも、狙撃手なので盛んに会話するわけではなかったが、特にリーダーとはふつうに話をしていた。

 なので、DFに誘ってチャットすることにしたのだ。

 同じ部屋で、小見尻はボクの学習机にパソコンの設備をととのえ、椅子にすわってヘッドギアをはめる。ボクはその後ろで、卓袱台にノートパソコンを設置して、顔も合わせず、声も出さずに会話する……という誰にも理解不能なコミュニケーションがはじまった。

 GSSもDFも、基本はFPS(ファースト・パーソナル・シューティング)で、ボクには彼女のキャラ、リアードが。彼女にはボクのキャラ、エクシードがモニタには映っている。

「男の人が怖い?」

「…………」

 ちなみに、この『……』は、チャットの返事が遅いとシステム上、勝手に表示するものだ。

「話を変えよう。勉強は好き?」

「好き」

「学校で勉強はしたくない?」

「…………」

「どうやって勉強していたの?」

「本、ネット、通信教育」

 通信教育といったって、通信制の高校に通っているわけではなく、ただTVを見るだけだろう。

 それでも勉強をしたい、という意欲は感じられた。


「どうして学院を受験したの?」

「中学の先生が、試験は別室でいいって」

 引きこもりといっても、小見尻は絶対に部屋からでない、誰とも会いたくない、というタイプではない。

 むしろ男の人が怖い、外にでる用事がないと出ない、という事情によって安全地帯に籠るのだ。

「人と話をするのが嫌?」

「Yes」

「チャットでは話せるよね?」

「相手がいない

 男、女、それも曖昧

 怖くない」

 七五調のようなフシまわしで、そう返してきた。

 でも、彼女の本音が透けてみえるようで、やっと彼女とまともに会話できる……と感じていた。


 隣をみると、すぐそこには椅子にすわる小見尻の、ジャージ姿で安定感のよさそうな、お尻があった。卑猥な気持ちを抱きそうになるけれど、ボクも慌てて目を逸らせて回避する。

 それは出会いが神社に現れた妖怪で、よく聞くと人間力最弱の女の子……と最初にインプットされたことが大きい。美少女に変身した今でも、要保護対象という印象に変わりない。

 でも、ボクに対して警戒心を抱かないように、みんなともこういう関係が築ければ学校にも通えるはずだ。

「やるべきことはハッキリした

 後はボクと、谷野がサポートする

 それで学校に通えるはずだ」

 ボクのチャットに、小見尻も椅子を回してふり返り、ヘッドギアを外すと不安そうな表情をみせる。ボクはそんな小見尻に『大丈夫』とばかりに笑顔でサムアップをしてみせた。


 翌朝、すっかり生活が夜型の小見尻を叩き起こし、藍紗さんと協力して学校へ行く準備を整えさせた。

 寝起きの小見尻は、お人形と同じで無防備であり、ボクの構想を実現するのも簡単だ。まず藍紗さんが髪を梳いて、顔にかかるようセットした。次にフレームの分厚いメガネと、男性用のマスクをつける。

 美少女隠蔽大作戦――。

 学校にも事情を話し、メガネとマスクをつけて登校、学院生活をおくることを赦してもらった。美少女であることがバレたら大騒ぎになるのが確実で、また引きこもりに逆もどりだ。

 自転車の後ろに乗せて、学院へと向かう。二人乗りは褒められないけれど、バスで通学させるのは、まだ不安だった。

 教師がつかう通用門には、若い女性教師が一人、立っていた。

「二年前、最優秀の成績で入学試験をパスして以来、一度も顔をみせなかった伝説の引きこもりの登場ね」

 梶ヶ森という物理の女性教師は、小見尻をみて「勉強ができるマジメちゃん……て感じね」と、感想を漏らす。

 そう思ってくれれば、上々である。


 今日は梶ヶ森が案内してもらって、学院を歩くだけだ。ボクも付き添いで、一緒にいる。

「三月に連絡したとき、通学の意思はあったから、籍はそのままにしたけれど、所属するクラスは決めずにおいた。一応、希望もあったし、アナタと一緒にするけれど、それでいいわね」

「むしろ、その方が有難いです。何かあったとき、ボクが対応できるので……」

「ふぅ……。まるで保護者ね」

「今はそんな感じです。懐かれていますしね」

 ネトゲの師匠と弟子としての契約をむすんだ、とはいえない。

「ここは研究でも開発でも、成果をだせば評価される。でも出席はちゃんとしてもらわないと、こちらも庇い切れないからね。これはそのための妥協、彼女への期待の表れ、と思ってね」

 勉強ばかりでなく、人とはちがう感性をもつ小見尻に、学院側のよせる期待も大のようだ。もっとも、ボクの背中にしがみついて、片時も離れようとしない小見尻には手を焼く……。ボクという存在は、学院側としても有難いのだろう。少なくとも通うようになるからだ。

 それにしても、梶ヶ森と会ったら男のボクより、彼女に乗り換えるかと思っていたけれど、小見尻はボクの背中にしがみついたままだ。それは初見……ばかりでなく、たとえ女性でも梶ヶ森がもつ鋭さ、厳しさに小見尻がビビッていることも要因のようだった。


 休み時間に、ボクらをみつけ、谷野が走り寄ってきた。

「とりあえず明日から、通えそうッスか?」

 未だに谷野とボクでは、優先順位は谷野らしく、しがみつく相手を谷野に乗り換えてから、小見尻は首を横にふる。

「後、何が足りない?」

 ボクが尋ねても、小見尻は激しく首を横にふるばかりだ。

「本人も分かっていないみたいッスね。でも、そこは任せて欲しいッス!」

 谷野は自信ありげに、高くもない胸を叩いてみせた。

 昼休み、ボクらが小部屋でお昼をとっていると、そこにいきなり大量の女子生徒が雪崩れこんできた。

 小見尻も慌ててボクの後ろに隠れるけれど、そんな小見尻を囲んで、女の子たちは「可愛い~❤」

 ボクとしては、人生でこんなに女の子に囲まれることは、これっきりだ……が、鼻の下を伸ばしているわけにはいかない。小見尻は怯えて、震えるばかりとなっているからだ。

「よッス~‼」

 後から現れた谷野に、ボクも驚いて「谷野! これはどういう……?」

「先輩見守り隊を結成したッスよ。この写真をみせたら、みんな積極的に参加してくれたッス」

 いつの間に撮った? そこにはジャージ姿の美少女……、つまり小見尻がボクの家で寛ぐ姿があった。


「見守り隊って、何をするの?」

「は何もしないッスよ。見守るだけッス。でも、先輩が危険を感じるときは私たちがサポートするッス」

 小見尻も敵意がない……と理解して、やっと安心できたようだ。ただ手に篭める力は弱まったものの、引き攣った笑みは変わらず、これで周りが女の子でなければ逃げだすはずだ。

「これが谷野の秘策か?」

「秘策ってほどじゃないッスけど、情緒不安定で、怪しい動きをする先輩のことが、噂にならないはずないじゃないッスか。隠すのは難しい、なら味方を増やしておくに限るッス」

 なるほど、その発想はなかった……。美少女を隠蔽することばかり考えていたが、この特定の相手の背中を、渡り歩くように移動する小見尻のことが、評判にならないはずがなかった。

 この女性ばかりで構成された見守り隊は、小見尻も警戒することなく、接することができるかもしれない。でも、未だにボクの背中にしがみついて、離れようとしない小見尻は、女の子たちに囲まれて、せっかく現れた谷野に移ることもできず、ボクにくっついたまま。

 こうなると、ボクとの悪い噂についても警戒しておいた方がよさそうだ。 ボクはこの美少女だけれど、超めんどくさい小見尻のことは保護者であって、そういう気はない。ただ、小見尻はどうしてボクに気を赦して、こうして背中にしがみついてくるのだろう?

 男とみられていない? 最初の出会いがトイレを所望する……という恥のかき捨てだったから、もう怖いものがない? いずれにしろ一線を超えるハードルは高く、噂だけで終わりそうだった。

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