第4話 整理……静観?

     4.整理……静観?


 小見尻が家にきて、翌日の朝を迎えた。ボクは小見尻を叩き起こし、寝ぼけ眼でいる彼女に、手袋をはめて朝食をつくっていること、彼女の分のお昼を準備したことを見せつけた。

 男に警戒心があり、男のつくる料理が不安……というなら、ボクは手を一切ふれていない、と示す必要があったのだ。

 ぽかんとボクの所作をみていた彼女が、理解してくれたかは別にして、ボクは彼女をのこして学校へとやってきた。

 すぐに谷野に声をかける。

「男性恐怖症なんだろ、彼女?」

「その通りッスよ」

 当然っしょ! という表情を浮かべる谷野に、殺意すら覚える……。

「人類の半数が怖いって、社会生活を営むのは絶望的だろ……」

 ボクの家をでて、次の住居を決める上でも、まともに話もできないことを危惧していた。

 つまりそれは、ずっとボクの家に居座る、ということ。

「どうして谷野は、小見尻と知り合いなんだ?」

「近所なんスよ。私のお姉ちゃんと同級なんスけど、お姉ちゃんじゃなく、私と話をするようになって……」

 それは彼女にとって、年下の方が話しやすいことと、谷野 風鈴がおねだり上手のコミュ・モンスターだからだ。

「度々、困ったことがあると連絡が来たッスけど、今回はかなりヤバイとヘルプが飛んできたッス」

 それをボクに投げるなんて、とんでもない奴だ……。改めてそう思った。


「先輩は元気ッスか?」

「元気だよ。ボクの方が寝不足だ」

「夜中まで……何を⁈」

「怪しまれることはしていない。ボクの部屋に彼女のパソコンを置いたから、夜中にゲームをする間、ボクも起きていただけだよ。ボクは明け方に寝落ちし、朝起きたら彼女も別の部屋で寝ていた」

「へぇ~……」

 怪しげにボクをみる目がさらに怪しく、細くなったけれど、会話すら一切なかったのであって、ボクは後ろでただ静観するばかりだった。

「男の人と一緒の部屋にいるってだけで、進歩ッスよ」

「そんなことないだろ? 彼女はずっとヘッドギアをして、周りに誰がいるか分からないんだから」

 ヘッドギアは没入タイプで、半透明で周りを見られるタイプではない。

「先輩が、板暮さんを世話してくれる相手、とでも思ったんスかね」

「猫じゃあるまいし……。谷野は彼女のアパート、分かるんだよな?」

「分かるッスけど、どうするんスか?」

「家賃滞納で追いだされたんだろ? 荷物もそのままだろうし……。とりあえずその辺りを整理しようと思ってね。トラブルをもちこまない……が母親との約束だし、次のアパートをさがすにしても、前を家賃滞納でおいだされたとなったら、体裁が悪いだろ?」

 信用問題にもなるし、穏便に済ませる必要があった。何しろ落語の『掛け取り』でもあるまいし、取り立てにきた大家を狂歌でごまかすわけにもいかない。ここはボクの掛け合いが必要だった。


 放課後、嫌がる谷野を伴って家にもどる。ボク一人だと未だに会話が成立せず、話をする上で通訳が必要だからだ。

「アパートの家賃を払いに行こう」

「…………△●☆×□!」

 何やら焦っている小見尻に「貯金はいくらあるの? 家賃を払えるぐりの蓄えはあるか?」

「ん~ッ! ん~ッ‼」

 腕をバタバタとふる小見尻を、谷野が通訳してくれた。

「怖い大家と会いたくない、と言っていますよ。ほぼパニックです」

「大家とはボクが話をするよ。お金があるのなら、すっきりした方がいい。それに荷物だって残っているだろ?」

 そう言われて、やっと小見尻も落ち着いた。というより諦めた。それでも時おり、逃げだそうとするので、谷野に手綱……もとい、腰縄をつけて小見尻をアパートまで連行する。

 大家は高齢のおじいちゃんで、事情を話すと、あっさりと退去を了承してくれた。こんな大家を「怖い」とする小見尻の最弱ぶりに呆れつつ、部屋へ入って荷物を整理することとなった。

 ゴミ屋敷を想像していたけれど、意外とすっきりしてモノがない印象だ。

「ゴミは分別して、カラスの啼く前にはだしていたそうっスよ」

 自慢げに、胸を逸らせる小見尻だけれど、夜中にゴミをだすのはよろしくない……と、正論で責めるのは止めておいた。

 少し気になったのは、母親の匂いがまったくしないことだ。家出をして十年ぐらい経つとしても、小見尻は淋しくないのだろうか……?


 荷物をすべて家にもっていくことはできないので、トランクルームを借りて、そこに入れておくことにする。 

 そこで荷物をまとめていると、意外なものを発見した。

「入学証……? えッ⁉」

 ボクが大きな声をだしたので、小見尻はビクッとするが、それ以上に驚いたのはボクの方だ。

「誠忠節工科学院の、生徒なの?」

「そういえば、先輩は頭がよかったんで、どこかの高校を受験したって話は聞いていたッスよ」

 一度も中学に通学していないけれど、先生が色々と動いてくれ、特別に個室で受験させてくれたそうだ。

 学院も勿論、一度も通学していないそうだ。

「……え? ということは今、何年生?」

「退学になっていなければ、一年のままだそうっス」

「同級生ッ⁈」

 部屋の片隅で、怯えた表情を浮かべる小見尻を、改めて見つめてしまった。


 しかし、小見尻を外に連れだして、改めて思った。

 小柄な谷野の腕にすがりつく、ジャージ姿の怪しい女の子……というばかりでない好奇な目を向けられる。

 それは母親が髪を切って、美少女へと仕上がったのだから、当然だ。

 家をでる前、私服はジャージしかないのでそのままにしたけれど、髪だけは谷野に梳いてもらった。

 それだけで美少女が完成なのだ。ジャージで、谷野の後ろに隠れてさえいなければ街中が騒ぎだすレベルだろう。

 恐らく、彼女がお尻をさわられた……というのも、男の子からすれば、可愛い子をついからかってみた……のだ。でも小見尻にとって、それは最悪のコミュニケーションであって、人間不信、男性恐怖症を悪化させて、引きこもりとなった。そんな事情がうかがえた。

 彼女にとっての不幸は。そのことで母親が失踪したことだろう。

 怖くて聞けていないけれど、彼女だって淋しさもあるはずで、そんな中で一人暮らしを十年もつづけた……。


「学校に通おう」

「……ん? 何を言っているッスか?」

「小見尻さん、学校に通うんだ」

「ん~ッ⁉ ……〇×▼□‼」

「ほら、先輩も混乱して、何を言っているか不明になっているじゃないッスか」

「このままだと、ずっと一人だよ。今はいきなりお尻を……触ってくる奴もいるかもしれないけれど、それは痴漢として犯罪だから、警察に訴えれば何とかしてもらえるから。

 今はうちで預かるけれど、うちだっていつまでも……。その前に自立できるようになっておかないと、マズイだろ? 誠忠節工科学院に籍をおくのなら、ボクと一緒に学校にも通える。ボクがサポートするから、学校生活を通して、社会性を身につけさせる」

 ボクが喋っている途中から、頬をふくらませた小見尻に、タコ殴りにされているけれど、それをいなしつつ「今回も、家賃を払えないことで、色々と厄介なことになった。一人で生きられることが〝穏やかな日常〟をとりもどす、第一歩だよ。契約しただろ? それをボクは果たす」

 真っ赤になってボクをタコ殴りにしていた小見尻は、頬を膨らませていて、呼吸をしていなかったのか、やがて「ぜぇ、ぜえ……」とヒザに手を置いて、呼吸を整えている。こんな彼女を、少しは真人間にもどさないと、ずっとボクの家の居候でいかねない……そんな不安もあった。

 そう、ボクはこれからプロゲーマーで最強の、それなのに人間性が最弱の美少女、小見尻をマネージメントする……というミッションが、使命の一つとして加わったのだった。


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