第3話 彼女がいる理由

     3.彼女がいる理由


 ボクの両親は共働きである。二人とも誠忠節工科学院の卒業生であり、開発や研究職にすすんだ。

 実験や研究が佳境に入ると、家を空けることも多くて、どちらかといえば仕事優先の人たちだけど、そんな両親を説得しないと、小見尻をこの家においておくことさえできない。

 ボクは小見尻と契約をした。プロゲーマーをめざす上で、彼女とお近づきになるのはメリット以外の何者でもない。

 彼女はボクに〝穏やかな日常〟を求めてきた。部屋代をふくめて支払う代わりに、日常をとりもどしたい……と。それは母親が突然蒸発し、一人となった彼女の自然な欲求に思えた。

 しかし、その欲求を通す上でも、まずは両親を説得しないと……。あれこれと悩むうち、母親が帰宅した。

 ばりばりのキャリアウーマン……という見た目は、彼女にとって仕事をする上で武器になる、という計算でしている。

 そんな母親は、意外とあっさり了承した。

「いいの、藍紗さん?」

 ちなみに母親は、子供に自分の下の名前で、かつ敬称付きで呼ばせる人だ。

「事情を聞けば同情する点はあるし、長居するのは問題だけど、次に暮らすところがみつかるまで居ればいいわ」

 母親が同意すれば、ほぼOKだ。これで小見尻をうちで預かることになり、谷野も帰っていった。


 寝泊まりするのは、ベッドのある兄の部屋。ただし、海外の大学に留学する兄から部屋に入ってもいいが、弄ったら殺す、と厳命された。そこで彼女のパソコンはボクの部屋におく。

 着替えは紙袋に入れてもってきているし、花柄ワンピの下は、ジャージの重ね着をしていた。だからぱつんぱつんで、服がはち切れんばかりだったのだ。基本は家からでず、ジャージで過ごす前提らしい。だから外出用の花柄ワンピをその上に羽織ったというわけだ。

「恰好もだけど、その髪がうざったいわね」

 藍紗さんが、小見尻のくせっ毛で、腰を超すほどの長さがあり、一度も梳ったことがなさそうな髪をもち上げる。

「一人で床屋に行けない……。一度自分で切ったら、変になったから、そのままにした……」

 小見尻はボクとは話をしないけれど、藍紗さんとは小声だけれど、ふつうに話ができるようだ。

「じゃあ、何年ぐらい伸ばしているの?」

「十年……ぐらい?」

 どうやら小学生のころから、梳りもせず、伸ばし放題だったらしい。まさに一歩間違えると妖怪……だ。

「じゃあ、私が切っていい?」

 母親は息子二人で、娘が欲しかったらしくノリノリだ。小見尻も同意し、髪を切ることとなった。元々手先が器用で、実験をさせても優秀らしく、大胆にハサミを入れていく。

「できた!」

 髪を洗って、ドライヤーも当てて、櫛も入れた。化粧なんてせずとも、大化けしたことは明らかであった。さっきまでそこにいた妖怪は姿を消し、アイドルをなぎ倒すほどの美少女が降臨した。


 小見尻 悧亜――。

 彼女と契約したのは、伝説級のプロゲーマーだからでも、美少女を期待したからでもない。

 彼女が時間を気にして立ち上げたゲーム、GSSは対人戦だ。個人プレイもできるけれど、チームを組んで戦闘するのが一般的で、プロリーグもあり、それと別に大会もあった。

 この日はチームで集まり、練習するらしい。GSSはAIを相手にした模擬戦も充実しており、かつそのAIが強いことでも知られていた。

「遅いぞ、リアード」

 筋骨隆々のコマンド―がそういって出迎える。

 彼女が所属するのは〝シア・ウルフ〟――。リーダーはボッシュという腕力型のプレイヤーだ。

 シア・ウルフはリーグでも中堅ぐらいの強さだ。メーカーがスポンサーになっているチームもある中で、中々頑張っている方で、ボッシュによるリーダーシップの賜とされていた。

「作戦はメールしておいた通り。今日は戦場C5,敵戦闘員のレベルは80だ」

 チームは十五人まで参加できるが、今回は七人で挑むようだ。

 リーグ戦や大会でも一ラウンド十六分の、二ラウンド制をとるのが一般的だ。模擬戦は一ラウンド、十六分の間にどれだけ敵を倒すか、となる。

 全員が白を基調とする迷彩色でヘルメットを被るけれど、リアードだけがキャップを被る。それが狙撃手のサインであり、彼女だけが長長距離ライフルをもち、装備もちがった。


 戦場C5は、戦地の荒廃した都市をモチーフとする。高いビルは窓が割れ、砲撃によって壁が崩れていて、それが道路の上で障害物となっている。身をかくす場所が多く、物陰からの狙撃に警戒しつつ、チームはツーマンセルですすむ。でもリアードはちがった。

 ボクはリアードの目線で見ているので、その凄さがよく分かる。

 ビルからビルへと飛び移り、単独で戦場を疾駆する。それで味方の位置と、敵の位置を予測し、狙撃ポイントを替えていくのだ。

 本隊がAIの部隊とバッティングする。

 両方が物陰に隠れつつ、銃撃戦となった。武器はライフル、マシンガン、手榴弾といったところで、AI側は十人以上の編成であり、またレベル80の戦闘員はほとんど有能な指揮官に指揮された、精鋭豚緒としてふるまうので、近づくことすら厄介な相手だ。

 そんな中で、リアードはビルの上から、確実に一人を仕留めていく。

 しかも一撃必中――。さらに一撃離脱を旨とする。狙撃ポイントを敵から割りだされると、そこに対戦車用のグレネード弾を撃ちこまれるのだ。狙撃手の優劣が、戦場を左右するといっていい。だからこそ、リアードは常に動きまわって、敵を攪乱するのだ。


 さらにリアードは、遠くにいる敵の狙撃手もみつけだすと、それを的確に排撃していく。

 凄まじい……。

 さっきまでダイニングテーブルで、もじもじと会話すらできなかった、これが同じ女の子か? と疑うほどだ。

 彼女は先読みの能力が凄い……。味方と敵、その双方が何を考え、次にどう動くかを読んで、先回りする。それがAIの上をいくので、彼女は次々と敵を撃ち殺すことができるのだ。

 リアードの目線でずっと眺めているからこそ、その凄さが分かる。留まることなく常に動きつづけ、戦況からベストをみつけだす能力……。

 だから、ボクは彼女と契約した。彼女のその凄技を学ぶことができれば、これほど有益なことはない、と。

 彼女の〝穏やかな日常〟――という望みを叶え、ボクがプロゲーマーとしての能力を身につけられる。これほどウィン・ウィンナ関係はあろうか? そのときは、そう考えていた。


 ちなみに、我が家で料理担当はボクだ。共働きで両親が家をあけることも多く、母親は手先こそ器用だけれど、ずぼらなところもあって、自分がやりたくないと一切しない。

 父親は不器用で、その性質をひきついだ兄も、料理はできない。そこでボクがするしかなかった。

 高校受験で浪人したり、プロゲーマーを目指すといったり、わがままを容認されたのは、この家事のお陰だと思っている。生活力の高さといったレベルは、かなり高いはずだからだ。

 夕飯の食卓には母親とボク、それに小見尻がつく。でも小見尻は中々手をつけようとしない。

「どうしたの、嫌い?」

 時間がなかったのでカレーにしたけれど……。小見尻は首を横にふる。

「大丈夫かなって……?」

「何が?」

 小見尻はちら、ちらっとボクをみる。

「まさか、ボクがつくったから不安なの?」

 小見尻は怯えつつも、首をこくんと縦にふった。

 典型的な男性恐怖症……。確かに、最初に男の子からお尻をさわられ、引きこもりの不登校になった、というので、そのトラウマもあって、男性のつくる料理も食べられない……?

 あれだけガンガン、敵兵を撃ち抜いていた少女が、男のつくったカレーを食べるかどうか、逡巡する。空腹との戦い以上に、男がつくった料理……のイメージが邪魔をする。これは大変な相手を居候させた……と改めて思い知らされていた。

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