第2話 引きこもりの正体
2.引きこもりの正体
誠忠節工科学院――。
理系の専科であり、研究、開発、製造といった工学を学ぶ。ボクは元々文系タイプで、理系科目は得意でない。受験に失敗したのもそのためだった。一年浪人し、同級生に知り合いはおらず、最初の自己紹介で浪人したことを告げると、同級生に「板暮さん」と、敬称つきで呼ばれる始末だ。
ただ、ここは落第することも多く、同世代も多少雑じるそうだ。そのうちの一人に声をかけられた。
「落第ばかりじゃなく、学校に来ない奴も多いんだよ」
オナ中で、同級生だった半原が、そう説明してくれた。オナ中といっても知り合いではなかったし、またクラスも異なるが、わざわざオナ中の同級生として声をかけてくれたのだ。
「ここはレベルも高く、卒業すれば大学と同じレベルとなる。だから、六年かけてもいいんだ」
ここは高専の位置づけで、五年をかけて卒業する。一年ぐらい遅れても、大学卒業を待って就職するより、有利であることも間違いない。
「ここは変人も多い。確固とした意志をもち、一般の高校じゃなく、ここを択ぶわけだからな。年上とか気にせず、自由にふるまえばいいさ」
最後は自分に言い聞かせるように、半原はそういった。
ここは男女比でいうと、七三ぐらい。理系なので、どうしても男子の方が多いけれど、それなりに女子もいるのは環境、経営、バイオといった、女子が好む分野も扱うからだ。
ボクは情報システムを専攻する。
いずれ自分でもゲームをプロデュースしたい! そのときプログラミングを知っておくと……、単純にそう考えたからだ。
小中でも基本は学んだけれど、ボクは浪人しているときに独学し、一通りはできるようになった。それは卒業するまでが条件なので、先にそれを学んでおこうと思っただけだ。
でも、大いに役立っている……といっていい。出された課題が難しいと、女の子がボクに尋ねてくるのだから。別に、ボクも悪い気はしないけれど、これもそんな話が発端だった。
「課題のプログラム、ちゃんとチェックしてあげたんだから、そのまま出したら合格だったろ?」
「嫌ぁ~。それだけじゃ面白くないと思って、自分の味をだしたくて、あれから書き換えちゃったんスよね」
そういって頭を掻くのは、谷野 風鈴――。同級生で年上のボクにも気安く、こうして話をするようになった。
レシピをみて料理をしても、絶対にオリジナル性を求めて、紫色のぐつぐつとしたものをつくるタイプだ。
「それで、課題は自分で直すんスけど、緊急の用事があって。板暮さんにそっちの用事をお願いしたくて……」
「何で? ボクには関係ないだろ……」
「他に頼む人、いないんスよ。緊急なんス。お願いしますよぉ~」
おねだり上手……。腕をすりすりされ、ボクも渋々承諾したけれど、これがケチのつきはじめだった。
「小見尻っていう先輩に会って、話を聞いてきて欲しいッス。何か困っていることがあるみたいで……」
谷野の先輩なので、相手は女の子だろう。待ち合わせ場所が偶々、ボクの家の近くの神社だったことも受け入れた理由だ。
木々にかこまれた、小さなお社が一つあるだけで、定番の『ちかんに注意』の看板も立つ。
こんなところで、女子と待ち合わせ……。ちょっとドキドキするシチュエーションだけれど、約束の時間はとっくに過ぎていて、別の意味でドキドキしていた。すっぽかされた?
女子と付き合った経験がゼロで、告白もしていないのに、待ち合わせ場所に相手が来ない……という経験値だけが一つ上がった。
傷心で自転車にまたがろうとしたとき、藪の中から何かが飛びだしてきて、ボクに突進して、腕にすがりついてきた。
妖怪ッ⁉ 髪はクセっ毛をそのまま伸ばし、腰をこすほどの長さもあるので、顔はほとんど見えない。テーブルクロスのような花柄ワンピはぱんぱんに膨れ、はち切れんばかりとなっており、しかも背中には大きな風呂敷を背負い、手にはコミケでもらったような紙袋を二つも抱える。
その妖怪は、ボクの手にすがりつくと、蚊の幼虫である孑孑が啼くほどの声でこうつぶやいた。
「ト、トイレ……」
仕方なく、彼女を自転車の後ろにのせて自宅へと招き、トイレを貸した。
どうやら彼女が『小見尻』らしい。代理は伝えていたはずだけれど、神社でずっと隠れ、ボクの様子をうかがっていたそうだ。でも、生理現象が我慢しきれなくなってでてきたらしい。
今は借りてきたネコ? むしろ、でる場所を間違えて立場のない妖怪? のように大人しくダイニングにすわり、頭を項垂れて、じっとする。話しかけても頷いたり、首を横にふるばかりで会話も成り立っていない。
「嫌~、板暮さんの家、学校に近いんスね」
そういって現れたのは、谷野だ。ボクが小見尻とのコミュニケーションで、二進も三進もいかずに呼びだしたのである。
小見尻は谷野の登場に「風ちゃん、風ちゃん」とすり寄って、小声で会話するようになった。
「先輩、家を追いだされちゃったんですって」
谷野の通訳で、会話がはじまった。
「家出?」
「先輩のこと、少し説明しておくと、小学生のときに男子からお尻をさわられ、それがトラウマで不登校、引きこもりになったッス。その男子がお金持ちのボンボンで、多額の慰謝料を払ったんスけど、母親がその大金をもってとんずら。母子家庭だったので、そのまま一人暮らしになったッス。そのアパートを家賃滞納で追いだされたんスよ」
「小学生のころの話だろ? アパートに一人暮らしで引きこもりって……よく生きていられたな?」
「水光熱費は母親の口座から落ちていたみたいッスね。ただ、古いアパートなんで、家賃は現金払いが基本。それを誰にも会いたくないから放っておいたら、家に乗りこまれたらしいッス。外から鈎を開けられないよう、カギ穴を糊づけしておいたのに、それを突破され、それで怖くなって逃げだしたって……」
引きこもっていて、カギをかけることがないから糊づけって……。その徹底ぶりが恐ろしくすらあった。
「食事はどうしていたの?」
「宅配ッスよ。先輩、自分でも稼いでいるッスから」
料理だけでなく、買い物も配送でき、生活に困っていなかったそうだ。
「稼いでいるって、引きこもりで?」
「先輩、プロゲーマーなんスよ」
ボクも驚いた。憧れの職業……でも、それがこの引きこもり少女だったからだ。
「じゃあ、お金はあるわけだ。しばらくは谷野の家にあずかる形でいいのか?」
「うちはムリっスよ。1LDKに六人暮らしッスから。それに先輩も、そんなガチャガチャした家だといたたまれないッスよね」
「じゃあ、家賃を払ってアパートにもどる?」
「それはムリでしょうね。うちも先輩のアパートの大家を知っているッスけど、頑固な人ッスから」
そればかりでなく、一度でも滞納した相手に、継続して貸すとは思えない。
「じゃあ、新しいアパートを……」
谷野が「先輩」と呼ぶので、高校生か、大学生? 年齢不詳だけれど、身元保証人もいない、引きこもりの彼女に部屋を貸してくれるところがあるとは、とても思えなかった。
「板暮さん、しばらく先輩をあずかってもらえません?」
「何でうちが……。確かに兄が海外留学して、部屋は余っているけれど……」
そのとき、小見尻が焦った様子で、谷野に耳打ちする。
「ネット環境を貸してもらいたいって」
ボクもプロゲーマーのテクを見たい……という欲望にかられ、同意した。
彼女は背中の風呂敷から巨大なサーバー、キーボード、マウスをとりだした。長い髪をしばって、邪魔にならないようにすると、ヘッドギアを装着した。
ボクがプロゲーマーをめざすので、インターネットは光だ。彼女はヘッドギアでモニタをみているが、許可を得て家のテレビにもつないだ。ボクがプロの技を見たいと思ったからだ。
ボクも驚いたのは、彼女が立ち上げたのがDFの上位ゲーム、ガン・スウォード・サガ(通称GSS)――。
ボクも狙う、プのいるゲームだ。
そして、彼女のキャラクターネームは……。
「リアード⁉」
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