たにし長者
むかしむかし、あるところに子どものいないお百姓さんの夫婦が住んでいました。
二人は毎日のように村はずれの神様へとお参りし、子どもが授かるよう祈っておりました。
「どうか子どもを授けてください。どんな小さな子でもかまいません。タニシのような子どもだってかまいません」
すると、まもなく赤ちゃんを授かったのです。しかし生まれてきたのは人ではなくタニシでした。
「タニシのような子どもだとは言ったが、本当にタニシの子じゃないか」
「でもあなた、神様からの授かりものですよ」
「そうだな」
二人はタニシを大切に育てました。大切に育てて、育てて、育てて……ですが何年経ってもタニシは大きくなりません。それでも二人はタニシを大切にし続けました。
そんなある日のこと。お父さんが収穫したお米を俵に詰めて馬に乗せているときのことでした。
「お父さん、お父さん」
どこからか呼ぶ声が聞こえます。お父さんはきょろきょろと辺りを見回してみましたが、誰も見当たりません。
「お父さん、ぼくだよ。ここにいるよ」
お父さんが目をこらしてよく見ると、俵の上にちょこんとタニシが座っているじゃないですか。
「このお米、庄屋様のところへお運びするんでしょ? ぼくが運んであげるよ」
「お、お、お母さんや! うちの子がしゃべったぞ!」
お母さんも慌ててやってきて、タニシに話しかけます。神様の授けてくださった子どもだから、タニシだけどしゃべることができるのだろう。二人は嬉しくなりました。ただ、しゃべることができてもタニシはタニシ。馬の手綱を引くことなどできそうもありません。
「でもお前、どうやって庄屋様のところへ運ぶっていうんだい?」
「ぼくを馬の耳もとに近づけておくれよ」
お父さんがタニシを馬の耳もとへ近づけると、タニシは馬の耳もとで何かをささやきます。すると馬はおとなしくそれに従いました。これならば庄屋様のところへお使いもできるだろうと、二人はタニシと馬とを見送ったのでした。
一方、庄屋様のお屋敷では。
「ありゃ! 馬が一人で米俵背負ってきたぞ!」
使用人たちが騒ぐのを聞きつけた庄屋様は屋敷の奥から出てきました。
「これこれお前たち、何事だ? 騒がしいぞ!」
するとタニシは、馬の耳からひょいと飛び出て、近づいてきた庄屋様の手のひらにぴょんと飛び乗りました。
「庄屋様、お父さんのお使いでお米を持ってまいりました」
「なんとタニシがしゃべるとは! ……しかも、小さいのに賢く感心な心がけだ……」
庄屋様は使用人にタニシの親である夫婦を呼んでくるよう申し付けました。夫婦は何事かと急いでかけつけてきます。
「庄屋様、うちの子に何かいたらないところでもございましたか」
「いやいやその逆だ。見た目は小さいというのに中身はなんとも立派な子ではないか」
庄屋様がたずねるまま、二人はタニシの子を授かった経緯を話しました。
「なんとありがたいお話だろうか。よし、おまえさんのとこのタニシ、私の娘の婿になってはくれないか。私たちも神様のご利益にあやかりたいものでな」
庄屋様の娘もタニシを一目見てすっかり気に入り、話はとんとん拍子に進みました。そしてタニシと庄屋様の娘は晴れて夫婦になったのです。
それから数日が経ちました。
庄屋様の娘と婿のタニシは連れだって村はずれの神様のところへお参りへと出かけました。
ところがその途中、大きな鳥が突然襲い掛かってきました。庄屋様の娘の肩に乗っていたタニシはあっという間にくわえられて空へと連れてゆかれます。
しかしタニシの殻の中から何かがひゅっと飛び出すと、くちばしをつたって鳥の頭のほうへ移動します。そして鳥の耳もとで何かをささやきました。
なんと鳥は言う事を聞き、庄屋様の娘のすぐ目の前へと舞い降りたのです。
「足りそう?」
庄屋様の娘はくわえられているタニシに話しかけました。
「たぶん」
タニシは鳥にくわえられたまま大空へと舞い上がると、村人たちのところへ飛んでゆきます。
村人に近づくと、タニシの殻の中から何かがひゅっと飛び出て、村人の頭にぺたりと飛びつきます。その後その何かは素早く耳もとへと移動したあと、もぞりもぞりと耳の中へ入ってゆくのです。
耳の中にそれが入った村人は黒目が白く濁り、そして白目の部分にはうっすらと巻き貝の模様のようなものが浮かぶのです。
「……そこから先は……よく覚えてません」
少年は部屋の片隅でガタガタと震えながらそう答えました。城下町近くの宿場町、その番所に先ほど駆け込んできた少年はまだ肩で息をしています。
「タニシに、貝の目に、村人全員が……にわかには信じられぬがな。それにお前はどうして一人だけ助かったのだ?」
役人が問いただすと、少年は小さく「かくれんぼ」と答えました。
「かくれんぼをしていて、おいらは田んぼの収穫した稲ワラの中に隠れていたんだ……そうしたら庄屋様の娘さまが歩いていらして……鳥が襲ってきて……そして……おいらは鳥や人の姿が見えなくなるまでずっと隠れていて、暗くなってからこっそり抜け出して、ずっと走ってきたんです」
「ううむ。とりあえずお前の村に行き、検分してみぬことにはな」
部屋の外へ出ようとした役人に向かって「危ないです」と言おうとした少年は、耳の奥がゴソリとかゆくなりました。
「お役人さま、お待ちください」
「なんだ? まだ何かあるのか?」
「はい……おいら……なんだか熱があるようで……」
役人はすっと手をかざして少年の額にあてたその瞬間、少年は耳の奥に鋭い痛みを覚えました。そしてそのまま気を失ったのです。
少年が熱さに目を覚ますと、大きな炎の音がします。誰も居ない番所からおそるおそる外へ出ると辺りのあちらこちらが燃えていました。それだけではありません。地面には多くの人が倒れています……死んでいる、いや、刀傷からすると殺されたようです。
まるで地獄のようだと少年は思いました。
「違います! わたくしは貝の目などではございませぬ!」
少し離れたところから若い女の声が聞こえました。少年は咄嗟に番所へと戻り、柱の陰からこっそり覗いてみます。
町娘が一人、役人たちに命乞いをしているところでした。
しかし役人の一人は一刀のもとに娘を切り殺してしまいます。すると町娘の耳から何かがひゅっと出てきました。役人はすかさずそれを踏み潰し、さらに油をかけて焼き払っております。よく見れば役人たちは皆、耳を布で覆っているようです。少年も慌てて近くの死体から着物を剥ぎ取り、布を細く引きちぎると自分の耳を固く覆いました。
いつの間にか、番所にも火が移ってきたようです。少年は番所の裏戸から外へ出ると、とにかく逃げ出しました。
その少年こそ実は幼き日の自分だと、とある蘭学者が日記にしたためておりました。
<終>
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